前回ユヴェントスを取り上げた2010年のイタリア育成事情、続いてインテルです。ビッグクラブではローマと並んで一番よくやっていると思います。とはいえ、バルセロナのように自前で育てた選手がトップチームで中核を担うまでにはまだまだ時間と忍耐(あるかどうかわからないけど)が必要です。

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マッシモ・モラッティがオーナーとなってからつい2年前まで、インテルはトップチームのレギュラークラスに下部組織出身のプレーヤーをまったく擁して来なかった。しかし、だからといってインテルが育成に力を入れてこなかったわけではない。

事実、2000年代に入ってからの9年間に、インテルのプリマヴェーラは、スクデット2回、コッパ・イタリア2回、ヴィアレッジョ・トーナメント2回と、充実した成績を残してきている。

インテルの下部組織から巣立って現在セリエAや国外のトップリーグでプレーしている選手も、パスクアーレ(ウディネーゼ・82)、ポテンツァ(カターニア・84)、マルティンス(ウォルフスブルク・84)、メッジョリーニ(85・バーリ)、デッラフィオーレ(パルマ・85)、アンドレオッリ(ローマ・86)、ボヌッチ(バーリ・87)、ビアビアニ(パルマ・89)など決して少なくはない。

07-08シーズンにマリオ・バロテッリ、08-09シーズンにダヴィデ・サントンと、2人のタレントがトップチームにデビューし凖レギュラーとして定着を果たしたことでとみに注目を浴びているが、インテルの下部組織はこの10年間、少しずつ着実に整備され充実度を高めてきた。

大きな転機となったのは、2001年夏にそれまでプリマヴェーラの監督だったジュゼッペ・バレージ(現トップチーム助監督)が育成部門責任者に就任したこと。それ以降、ミラノ市北部にある本拠地「インテレッロ」(正式名称はチェントロ・スポルティーヴォ・ジャチント・ファッケッティ)を舞台に、プリマヴェーラ(U-19)からプルチーニ(U-8)まで全10チーム、200人以上を擁するインテルの下部組織は、各年代でピッチ上の成果を残し、上に挙げたような人材を輩出して来ている。

とはいえ、トップチームの強化戦略は、育成部門の充実とリンクしているわけではない。インテルのようにイタリアはもちろんヨーロッパの頂点を狙う世界トップレベルのクラブにとって、プリマヴェーラを終えたばかりの19-20歳をトップチームに引き上げ、少しずつ使いながら時間をかけて育てて行く余地は少ないからだ。その意味でバロテッリとサントンは幸福な例外であり、彼らのような選手が次々と生まれてくることはあり得ない。

したがって、トップチームの強化はあくまで、実績のある即戦力を他のクラブから獲得するのが基本路線であり、育成はあくまで二次的な位置づけにとどまっている。それは、上で見た育成部門出身の選手たちが、レンタル先から戻ってくるケースはまったく稀であり、ほとんどの場合他のクラブからできあがった選手を獲得するための交換要員として手放されている事実を見てもわかる。ボヌッチのように、22歳でA代表に招集されるほどのポテンシャルを備えた選手ですら、インテルは売却しているのである。

巷間ではパンデフがインテルの下部組織出身のように言われているが、彼の場合、インテルはマケドニアのクラブから18歳で獲得し、1年間プリマヴェーラに置いた後、最初はセリエC1のスペツィア、次にAのアンコーナにレンタルし、その後ラツィオに売却しており、実質的にはフレイなどの例と変わらぬ「青田買い」の一例でしかない。

とはいえ、インテルの育成部門が「交換要員」となりうるセリエAレベルの好選手を輩出する質の高さを備えていることに変わりはない。その最大の強みはオーガニゼーションだ。バレージの後を継いで育成部門のディレクターに就任したピエロ・アウジリオは、スカウト出身でいわば育成部門のスポーツディレクター的な役割を果たして来た人物。

その下では育成コーチ出身のロベルト・サマデン、事務部門の責任者アルベルト・チェライオが技術と運営を分担し、スカウティングはビアビアニなどを発掘したことで知られるピエルルイジ・カジラギ(U-21代表監督とは同姓同名の別人)が統括している。下部組織の運営をひとりのディレクターに委ねてやり繰りしているクラブが少なくない中、これだけ明確な役割分担によるマネジメントを行っているクラブはインテルくらいのものだ。

そして、昨シーズンからモウリーニョが就任したことで、インテルの育成部門はさらなるステップを踏みつつある。今季は、サンプドリアのプリマヴェーラを2シーズン連続でファイナルに導き、この年代の指導者としてはイタリアで最も高い評価を受けてきたフルヴィオ・ペアをプリマヴェーラ監督に迎え、プリマヴェーラの拠点をインテレッロからピネティーナに移動、トップチームとの連携を強めて、より一貫性を持った選手育成を進めようとしている。プリマヴェーラの練習にもモウリーニョのメソッドが導入され、試合で採用するシステムも4-3-3に統一された。

この点では、バルセロナ同様に、インテルのサッカーにひとつの明確なアイデンティティを与え、トップチームから下部組織(少なくともトップに選手を供給する役割を担うプリマヴェーラ)まで同じコンセプトを貫くという、新しいステップに入ったと言える。

とはいえ、この種の取り組みが実質的な成果をもたらすまでには10年単位の時間が必要だ。その意味で変革は始まったばかりだと言える。

当面、トップチームの強化は相変わらず即戦力を外部から獲得するという路線が続いていくだろう。その中で育成部門は、生え抜きがトップチームに定着するケースが徐々に増えてくることを目標に、取り組みを続けて行くことになる。

その意味でインテルは、イタリアの中で最も強く「バルセロナ・モデル」を意識しているクラブだと言えるかもしれない。少なくとも方向性が明確に打ち出されたことは確かである。□

(2010年3月14日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。