前回ちょこっと触れたバロテッリの「ミラニスタ宣言事件」。スクープした記者(『イル・ジョルナーレ』のインテル番クラウディオ・デ・カルリ)と以前から親交があったので、後日その真相について話してもらったのがこのインタビューです。初出は『footballisa』の「スクープの裏側」というページでした。スクープ記事そのものはこちら

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――2009年11月、当時インテルでプレーしていたマリオ・バロテッリ(現ミラン)が、チャリティで養護施設を訪れた時、子供たちに自分はミラニスタだと告白して、大きな話題と論争を呼びました。それをスクープしたのが『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のようなスポーツ紙ではなく一般紙、しかもベルルスコーニ傘下の『イル・ジョルナーレ』だったことも話題でした。あのスクープにはどういう経緯があったのでしょうか?

「簡単に言うと、バロテッリが心身障害児たちが入っている養護施設を訪問した時、その場にいた唯一の記者が私だったということだ。その少し前から、バロテッリの姉でジャーナリストでもあるクリスティーナとコンタクトを取るようになっていて、彼女が施設訪問の話を教えてくれたんだ。インテル番の私がバロテッリについて書いていたことに好感を持ってくれたらしい。

訪問自体は純粋にプライベートな行動で、スター選手がよくやるように、そういう活動をしているという宣伝のために記者を集めて大名行列をするというような類いのことではまったくなかった。実際、当日教えられた場所に行ってみたら、そこに来たのは私ひとりでね。施設の門のところでクリスティーナが待っていて、少ししたらバロテッリが自慢の車でやってきた。アウディだったかフェラーリだったか、とにかく注文生産の高級スポーツカーで、派手な排気音をウォンウォン言わせながらね。

でも、世間が信じているような強面のバッドボーイらしい振る舞いはそこまでだった。その日のマリオは、一般的なイメージとはまったく違う、普通のセンシブルな若者でね。まったくの自然体で子供たちに接していた。そこにいたのは、施設の関係者を除けばマリオとクリスティーナと私の3人だけ。私はそういう状況だということがわかってから、邪魔になるような振る舞いは一切止めようと決めて、質問は一切せず、メモ帳も鞄にしまって、ただ録音機だけを回しながら観察者に徹することにした」
 
――そうやって自然体で施設の子供たちと触れ合う中で、問題のコメントが飛び出したというわけですね。

「そういうことだね。そこにいたのは発達障害やダウン症の子供たちだったけれど、マリオはまったく普通にしていた。職員に、こういう子たちに囲まれて違和感はないか、と訊かれた時にも『違和感?この俺が?ちょっと普通と違うってことに対してかい?』と答えていたよ。回りと違う存在であるというのがどういうことか、身をもって知っているからね。子供たちは無邪気なもので、普通なら誰もが遠慮して言わないようなことも平気で訊ねる。『ほらマリオ、あれがサン・シーロだよ。君もあそこでプレーしたことあるの』とかね。

『どこのチームのサポーターなの』というのも、そんな質問のひとつだった。それに対してマリオは何でもないように『ミランだよ。知らなかった?』と答えたんだ。それを聞いた子供たちは一斉に声を上げたね。『ええーっ』とか『マジかよ』とか。

その中にひとりインテリスタがいて、その子がこう言ったんだ。『ああそれでか。なんでインテルで君がいじめられてるのかやっとわかったよ』。そこでまた笑い声が上がった。その次の日には、それを報じた私の記事を見て世間が大騒ぎすることになるんだけど、この日施設の中にはそんな空気は全然なくてね。すべては軽く無邪気でほほえましい笑い話で終わった。バロテッリはまた、車のエンジンをウォンウォン言わせながら帰っていったしね」

――「養護施設を訪問したバロテッリが、自分はミラニスタだと言った」というニュースがどんな反響を引き起こすかは、その時点で容易に想像がついたと思います。しかもそれはプライベートな訪問だった。スクープ記事を書くことに躊躇はありませんでしたか?

「まったくなかった。というのも、私の振る舞いには何の落ち度もなかったからね。私はひとりのプロフェッショナルとして、相手に対しても彼が置かれた状況に対してもリスペクトを持って振る舞った。クリスティーナの招待を受けて訪問に立ち合い、何の質問もせずメモ帳すら持たず、ひとりの傍観者としてその場を見届けた。そして書いた記事も、そのバロテッリの施設訪問を何の誇張も主観も付け加えず、ただ客観的に描写しただけのものだ。もちろんその記事は派手な見出しをつけられて、翌日のスポーツ面どころか『イル・ジョルナーレ』の1面トップに載ることになったわけだけれど、私はプロとして自分の仕事を誠実に果たしただけだったからね。それ以上でもそれ以下でもない」

――そして案の定、予想通りの大騒ぎになった。

「なにしろ、ミランのオーナーであるベルルスコーニ傘下の新聞が、わざわざ1面トップで報じたわけだからね。しかも、普段はインテルに強くて広報にも強いコネがある『ガゼッタ・デッロ・スポルト』や『コリエーレ・デッラ・セーラ』を含めて他は1紙もついてこない完全なスクープだった。翌日はバロテッリのミラニスタ宣言は是か非か、という大論争になって、私のところにもTV局や他紙からたくさん電話がかかってきた」

――インテルの番記者として、仕事がやりにくくなるということはありませんでしたか?

「その週末の試合に向けた前日会見では、当時チームを率いていたモウリーニョにもこの件に対する質問が殺到した。彼が不快感を露にしてそれに受け答えしていたのを覚えている。でも会見の後私がいつものように『ジョゼ』と声をかけたら、彼はすごく厳しい顔で振り向いた後、私にこう言った。『ノー、ノー。お前の責任じゃない。お前は自分の仕事をしただけだ。何の問題もない』。

ああいう情報が表に出たことに対して、広報責任者はモウリーニョから厳しく責められたらしいけれど、それは彼が状況を把握していなかったから、自分の仕事をちゃんとやっていなかったからだ。私は新聞記者としてやるべき仕事をしただけだからね。それを責められる筋合いはまったくない。ジョゼはそれをちゃんとわかっていたよ。

以前、インテルの監督を解任されたばかりのミルチェア・ルチェスクを彼が住んでいたマンションの駐車場でつかまえて、ありとあらゆる内幕話を聞き出してそれを書いた時には、モラッティ会長から『申し訳ないけれど1週間くらいアッピアーノに(インテルの練習場がある村の名前)来ないようにしてもらえませんか?』と言われて、実際に門の前で足止めを喰らったこともある。その時は仕方がないから、そういう扱いを受けたという記事を書いたけどね。この時はそれもなかった」

――インテルの中でバロテッリの立場が悪くなったことについて、呵責はありませんでしたか?

「それは彼の問題だからね。彼はそこに私がいることを知っていたし、でもそんなことは関係なくまったくの自然体で子供たちと接して、素直に本当のことを言った。マリオはそういう、ナイーブというよりはイノセントな人間なんだ。でももちろん、そういう振る舞いがどんな影響を引き起こすかもよくわかっている。そんなことは気にしないというのが彼の姿勢だ。一方私は。その場にたまたま立ち会う機会を得たジャーナリストとして、見たことをありのままに書いた。何の色もつけずにね。くりかえしになるけれど、それが私の仕事なんだ」

――バロテッリとの関係は、スクープの前後で変わりましたか?

「いや、何も変わっていない。その前も後も、直接話をする機会はまったくないという意味でね。今やインテルのようなビッグクラブでは、我々番記者が選手と直接接する機会は試合後のミックスゾーンくらいだ。選手も監督もマスコミとの接触は広報部門が厳重に管理していて、練習場でも昔のように一緒にコーヒーを飲みながら立ち話をすることなど不可能になった。もう10年くらい前からずっとそうだ。

だから私は、バロテッリと二言三言以上言葉を交わしたことは一度もないんだ。クリスティーナとは、その後も普通にやり取りをしていたけれど、バロテッリがマンチェスター・シティに移籍してからは音信不通になって、今は付き合いがない。バロテッリは今はミランの選手で、私は今もインテル番だから、そこでも接点はない。同じミラノにいても別世界に住んでいるようなものだね。

もしかすると、こちらから接点を探してアプローチすれば、つながりはつけられるのかもしれない。でもそれをやるべきかどうかはわからない。私は選手の友達になりたいわけじゃない。インテルを観察してインテルについての記事を書く。それが私の仕事であってそれ以上でもそれ以下でもないと思うんだ」

――あなたがベルルスコーニの新聞である『イル・ジョルナーレ』の記者であり、しかし同時にインテリスタであるということは、インテルの人々も他紙のインテル番も、そして読者も知っているわけですよね。それはあなたの仕事にどんな影響を及ぼしているのでしょう?

「少なくともいい影響はないね。この仕事をしている記者がどのクラブのサポーターかを明らかにするのは、頭のいいやり方ではない。でも私はそれを隠すのは欺瞞でしかないと思うんだ。サッカーが好きでこの仕事をしている者なら誰でもどこかのクラブのサポーターだ。北イタリアで仕事をしているなら、ほぼ間違いなくユヴェンティーノかミラニスタかインテリスタのどれかだよね。

でも我々は中立的な記者として仕事をしているんだから、それを明らかにするのは正しくないという考え方もある。プロとしての仕事とひとりのサポーターとしての感情は別だからというわけだ。でももし本当にそうならわざわざ隠す必要はないはずだ。私はそう思っているから隠さない。でもインテリスタだからといって、インテルが嫌がるスクープを握りつぶしたりはしないし、インテルに厳しいことを書くのを躊躇したりもしない。ひとりのプロフェッショナルとして誠実に仕事をするだけだ。

でも同業者の中には、中立という隠れ蓑をかぶって明らかに偏った記事を書いている連中が山ほどいるよ。ミラネッロに通っているミラン番の記者はほとんど全員がミラニスタだ。でもアッピアーノに通っているインテル番に、インテリスタはほとんどいない。私とマリオ・モンティ(『コリエーレ・デッラ・セーラ』の名物番記者)くらいだね。他はみんなミラニスタかユヴェンティーノだ。それは記者会見での質問にも彼らが書く記事のトーンにもにじみ出ている。欺瞞もいいところだと思わない?」□

●プロフィール
クラウディオ・デ・カルリClaudio De Carli
ミラノに本拠を置く日刊紙『イル・ジョルナーレ』の記者。ミランのオーナーであるシルヴィオ・ベルルスコーニの弟パオロが所有する同紙でインテル番を長く務める。生粋のインテリスタでモラッティ会長をはじめ内部とのパイプも太い。□

(2013年7月21日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。