ミランがタイ資本に10億ユーロで身売りか!というスクープが大きな話題になっている週末のイタリア。8年前に書いた、ミランもインテルもそろそろ世代交代の時期が、という話です。しかしどっちも売り先がアジアというのが時代を感じさせますね。

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前回の当コラムで、「ベルルスコーニ後のミラン」への不安について取り上げたが、この種の問題を抱えているのは、何もミランだけではない。どのクラブも、遅かれ早かれいつかは同じような状況に遭遇することは避けられないからだ。 

イタリアのプロサッカークラブは、“パトロン型”とでも呼ぶべき、前近代的な経営形態を持っている。クラブそのものは通常、株式会社の形態を取っているのだが、ほとんどの場合、事実上ひとりの個人が発行済株式の過半数を握って絶対的な経営権を手にしている。実質的には個人商店とか家族企業と変わらないことになっているのだ。

まあ、イタリアの場合は一般企業もほとんどが家族経営であり、大企業になってもなおパブリックカンパニー度は非常に低いので、その意味ではクラブもまたこの国の一般的な経営形態を採用していると言うことはできる。

同じプロサッカークラブであっても、スペインやドイツのように、クラブが会員制度を基本とする法人格(財団法人や任意団体など)を持っており、会員の中から選挙で選ばれた役員が経営に当たる形を取っている国々とは、その成り立ちからしてはっきりと異なっているわけだ。

ラモン・カルデロンやジョアン・ラポルタ、あるいはフランツ・ベッケンバウアーは、クラブの運営に私財を投じることは原則としてない。しかしイタリアのオーナー会長たちの多くは、毎年毎年、億単位(多ければ10億円単位)の赤字を個人資産で穴埋めしながら、クラブを経営し続けている。そんなことができるのは、彼らが自らの道楽のために、あるいは知名度や名声を獲得して悦に入るために、それだけの大金を費やせるほどの大金持ちだからだ。

しかし問題は、この道楽には非常に金がかかるということである。だから普通は長続きしない。ひとりのオーナーがクラブを持ち続けられるのは、よくて10数年というところ。

現在のセリエAを見ても、20年以上ひとりのオーナーの手中にあるクラブは、ミラン(シルヴィオ・ベルルスコーニ)とウディネーゼ(ジャンパオロ・ポッツォ)のたった2つだけだ。さらに、世代交代を乗り越え、単一のオーナー家の下で何十年も続いているクラブとなると、ごく僅かの例外を除けば皆無に等しい。

そこで、現在のセリエAで幅を利かせているビッグクラブに目をやると、どこもそろそろオーナー家が世代交代の時期にさしかかっていることに気づく。

ミランのベルルスコーニ会長は70歳を迎え、自ら築いた一大帝国フィニンヴェストグループの総本山である投資会社フィニンヴェストは娘のマリーナ(米『フォーブス』誌の「世界で最も影響力のある30人の女性」リストに入っている)に、グループの看板事業である民放局メディアセットは息子のピエルシルヴィオに、それぞれ経営の実権を譲り渡しつつある。

しかし2人とも、グループの金食い虫(赤字は年間数十億円)であるミランには、ほとんど愛着を持っていないようだ。ミランがベルルスコーニ家の中で受け継がれていくのかどうかは、まったくわからない。

60年代に父アンジェロが築いた「グランデ・インテル」の夢よもう一度、と父が愛した“オモチャ”を1995年に買い戻したマッシモ・モラッティは、今年61歳。そのグランデ・インテルのシンボルでもあったファッケッティ会長の死去に伴い、会長職に返り咲くと同時に、2人の息子、アンジェロ・マリオ(今号の「イタリアゴシップ」も参照)とジョヴァンニをインテルの役員に任命し、世代交代のレールを敷き始めた。2人とも、父と共にサン・シーロに必ず姿を現す熱心なインテリスタだが、その経営手腕は未知数だ。とはいえ現会長の手腕も知れたものではあるので、あまり心配はいらないのかもしれないが。

ローマは、80歳の高齢で健康もすぐれないフランコ・センシ会長に代わって、この2年ほどは娘のロゼッラ(35歳)が経営の実権を手にしている。センシ家は、スクデット(00-01シーズン)を勝ち取るための過剰投資がローマにもたらした巨額の負債を穴埋めするため、半分近い資産を失ったと言われており、今後も長くクラブを持ち続ける可能性は低いと見られている。

世代を超えてクラブがひとつのファミリーに受け継がれているという唯一の例外が、1923年以来、アニエッリ家(フィアットグループのオーナー)の所有になるユヴェントスである。ただ、そのユーヴェにしても、第二次大戦直後から2004年まで、60年近い長きにわたって、ジョヴァンニ、ウンベルトのアニエッリ兄弟がトップに座ってきた。実質的な意味での世代交代は、カルチョスキャンダル(2人の死後に起こったのは偶然ではない)を経て、アニエッリ家の後継者ジョン・エルカンとその弟ラポが、オーナーとしての発言力を全面に出し始めたこの夏に始まったばかりなのである。

栄枯盛衰は浮世の習い。それに逆らって親から子へとプロサッカークラブという巨大な道楽を受け継いでいくのは簡単なことではない。それだけは確かである。■

(2006年12月13日/初出:『エル・ゴラッソ』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。