日本が優勝した4年前のアジアカップに絡めて、Jリーグが直面する移籍環境の大きな変化について触れたテキスト。それから4年経って、日本代表の「次の世代」がなかなか育ってこない背景には、ここで触れた「移籍金ゼロによる人材流出」が少なからず絡んでいるような気がします。
日本の優勝という最高の結末で幕を閉じたアジアカップ。今大会はヨーロッパでもEUROSPORTが生中継するなど、1年前のアフリカネーションズカップと比べても遜色ない注目を集めており、筆者もTV観戦ながら日本代表の歩みを追うことができた。
ピッチ上の戦いぶりが素晴らしかったことは言うまでもない。しかしそれとは別に印象的だったのは、レギュラー陣のうち新シーズンもJリーグでプレーする「国内組」が、今野、遠藤、前田のたった3人に過ぎなかったこと。
つい半年前の南アフリカW杯では、逆に「海外組」が長谷部、本田、松井の3人しかいなかったことを考えれば、その短い間にどれだけ多くの選手が海外移籍を果たしたかがわかる。この冬の移籍マーケットでは、代表で凖レギュラーの岡崎、非レギュラーの細貝、槙野、さらには代表にも選ばれていない家長、安田もヨーロッパに渡ることになった。
多くの選手が海外のクラブでプレーすることが、日本代表の強化にとってどれだけ大きな意味と価値を持つかは、W杯、そしてとりわけ今回のアジアカップでの戦いぶりを見れば一目瞭然だ。少なくともその観点から見れば、Jリーグからの「人材の海外流出」は喜ぶべき事態だと言うことができる。
しかし、日本のクラブ、そしてJリーグにとってはこれが由々しき状況であることも、また一面の事実である。
問題は、彼らの大部分が「移籍金ゼロ」、すなわち契約満了によるフリートランスファーで所属クラブを去ったことにある。契約期間中の売却できちんと移籍金が発生したのは内田のケースだけ。長友は買い取りオプションつきのレンタルなので、今シーズン末にチェゼーナが獲得を決めれば移籍金(推定180万ユーロ)がFC東京に入るが、それ以外はすべてフリートランスファーだ。移籍時点で23歳以下だった香川のケースではUEFAの定める育成補償金が支払われたが、金額的には36万ユーロ(約4000万円)と選手の市場価値を大きく下回る数字でしかない。
経済的にも戦力的にも何の見返りも得られないまま、チームにとって最も重要な主力選手に「逃げられる」ことが、クラブにとって大きなダメージであることは言うまでもない。トッププレーヤーの海外流出が続けば、中・長期的にはJリーグ全体のレベルが低下に向かうことも避けられないだろう。
ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイといった南米の強国のように、その穴を埋める若きタレントが無尽蔵に育ってくるほど「サッカー的国力」が高ければいいのだろうが、日本がその域に達するまでにはまだまだ時間が必要のはずだ。
こうした問題を避けるために必要なのが、「海外移籍にあたってはその選手の市場価値に見合った移籍金を取る」ことなのは言うまでもない。
移籍金を得られれば、クラブは少なくともそれに見合った金額の選手を国内外から補強して戦力的な帳尻を合わせることができる。もし高い金額で売れたならば、目先の補強だけでなく育成やトレーニング施設への投資によって、長期的な視点に立ったチーム力の強化に取り組むことも可能になる。
そうした形で、Jリーグで育った選手が海外移籍を通じてクラブにカネをもたらし、それを有効に再投資することでJリーグ、そして日本のサッカーがさらに繁栄していくというのが、本来目指すべき理想的な姿だろう。
しかし、現状はそれとはかけ離れたところにある。
この「移籍金ゼロによる人材流出」の背景にあるのが、Jリーグ2010シーズンに施行された「FIFA移籍ルールの完全適用」であることは、読者の皆さんもご案内の通り。日本独自の「30ヶ月ルール」がやっと撤廃され、契約満了によるフリートランスファーが「解禁」されたことで、これを積極的に利用しての海外移籍が相次いでいるというわけだ。というよりも、そこに目をつけたドイツやオランダのクラブ(やその背後にいる代理人)にJクラブがまんまとつけ込まれている、と言った方がいいかもしれない。
実のところこの状況は、「ボスマン判決」(1995年12月)が出た直後のヨーロッパと瓜二つである。EU内の外国人枠撤廃と契約満了後の移籍の自由をもたらしたこの歴史的な判決は、それから数年間、ヨーロッパの移籍市場に大きな混乱と変化をもたらした。
95年のCLを制覇し、翌年も準優勝したオランダのアヤックスなどは、96-97シーズンにMFダーヴィッツ、DFレイツィハー、97-98シーズンにはFWクライフェルト、DFボハルデが相次いで移籍金ゼロでミランに引き抜かれてチームが弱体化、その穴を埋めるためにオーフェルマルス、ファン・デル・サールといった主力の売却を余儀なくされ、黄金時代に幕を引くことになった。複数年契約などの「防衛策」が一般化することで移籍マーケットに新たな秩序が築かれ、移行期の混乱が一段落するまでには、2年ほどの時間が必要だった。
それはおそらく日本でも同じだろう。今後Jリーグのどのクラブにとっても、戦力として期待し計算する選手とは最低でも3年(若い選手は4~5年)の複数年契約を結び、その中で違約金の最低額を定めることが不可欠になるはずだ。
もちろん、全員とそれだけの長期契約を結ぶことは財政的に不可能だろうから、長期契約という形で「投資」すべき選手の絞り込みも必要になる。そこでは、強化サイドの選手評価眼やチーム強化ビジョンがシビアに問われて来るだろう。
契約の更新も、契約最終年ではなく満了の1年前までに行わなければならない。最終年を迎えれば、シーズン終了後のフリートランスファーが事実上確定するため、移籍に関する主導権は完全に選手側に移ってしまうからだ。
もし契約満了1年前までに選手が延長に応じない場合、クラブ側に残された選択肢は2つしかない。ひとつはその時点で売却して移籍金を手に入れること。あと1年で契約切れという状況だと、オファーする側に足下を見られ値切られることは避けられないが、それでも、契約満了を迎えて「タダで逃げられる」よりはずっとましである。もうひとつの選択肢は、観念して1年後の契約切れを受け入れることだ。この場合は、その先を見据えて戦力的な穴埋めに動き出すことが必要になる。
これらはすべて、ヨーロッパではボスマン以来とっくに常識になっていることであり、日本のクラブにとっても、こうした契約延長をめぐるノウハウを獲得して行くことはきわめて緊急度の高い課題だと言える。
ただ、日本の場合特殊なのは、クラブが好条件の複数年契約を提示してもなお、選手(と代理人)がそれを拒否して単年度契約を主張するケースが少なくないところ。大きな故障をしたり深刻な不振に陥ったりした時には、翌年以降の雇用そのものまで失う可能性があるにもかかわらず、そのリスクを敢えて引き受けてまで単年度契約にこだわるのは、それでも海外でプレーしてみたい、オファーが来た時にチャンスを逃したくない、という焦りにも似た気持ちがあるからだろう。
だが、クラブがはいそうですかとそれを受け入れている限り、本来最も大きな利益をもたらすべき主力選手がタダで逃げて行くという事態は今後も続くしかない。
その点から見てもっと特殊なのは、契約期間中でも海外からのオファーは拒まない、という条件を選手から要求され、それを受け入れているクラブも少なくないこと。この背景には、「海外ならば仕方がない」「夢をかなえてやりたい」といったクラブの「親心」もあるようだ。
それはそれで美しい話ではあるが、その結果としてチームの戦力、そして成績が落ちてしまうとすれば本末転倒もいいところ。本来ならば強化責任者やマネジメントの責任が問われて然るべきだと思うのだが……。
いずれにしても、複数年契約を提示したところで選手がそれを受け入れてくれないとなれば、クラブサイドはほとんどお手上げである。選手(と代理人)の立場からすれば、移籍金ゼロでの海外移籍こそが、得られる自己利益を最大化する上でベストの選択肢であることは確かだ。しかしすでに見た通り、この状況が今後も続き、クラブが本来手に入れるべき利益を失い続けることになれば、中・長期的にはJリーグのレベルダウンと衰退につながって行く可能性も小さくはない。
Jリーグ、そして日本サッカー全体の発展と繁栄のためには、海外移籍がクラブに正当な代価をもたらし、それを再投資することでクラブの競争力が国内的にも、そして国際的にも(ACL制覇などの形で)高まって行くというプラスの循環を作り出すことが不可欠だろう。そのためには、複数年契約を前提としつつも海外移籍に関する違約金をリーズナブルな金額に定めるなど、選手もクラブも納得できる形での「落としどころ」を模索し続ける以外にはない。
内田や長友のように、クラブも選手もハッピーになる形で海外移籍を実現するのがベストの解決であるという意見に異論のある向きはないはず。双方がその認識を共有してこの移行期的混乱を乗り切ることが求められている。□
(2011年1月30日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)