冬休みが明けてセリエAが再開しました。試合当日、スタジアムで仕事をしている記者の皆さんはどんな修羅場をかいくぐっているかというお話を。最近はマッチレポートの〆切もあと10分くらい延びてるみたいですが、1分を争う作業であることに変わりはありません。

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これまで何度か、マスコミ関連の話題を不定期で取り上げてきたが、今回は久々にその続き。

以前も書いたことだが、イタリアと日本の新聞を比較したとき、最大の違いはサッカー報道に割かれているスペースの大きさである。特にリーグ戦の翌日、月曜日には、スポーツ紙は20ページ前後、一般紙でも10〜12ページをセリエAの試合報道に割く。『エル・ゴラッソ』の月曜号で、J1の試合報道が合わせて7〜8ページだから、イタリアの一般紙の方がエルゴラより記事量が多いわけだ。

チャンピオンズリーグのようなビッグマッチの場合も同様。イタリア勢絡みの準々決勝、準決勝となれば、一般紙ですら最低でも3ページ、多い時は4ページ、5ページを1試合に費やす。スポーツ紙になると紙面はさらに増える。

問題は、ナイトゲームの場合、試合終了から新聞の〆切まで、原稿を書いている時間がほとんどないことだ。一般的に〆切は23時がメド。20時45分キックオフのチャンピオンズリーグは、試合終了が22時40分前後だから、原稿を書く時間は実質15分しかない。15分ですよ。

もちろん、数ページ分の記事を1人で書くことなど物理的に不可能なので、各紙とも複数の記者を送り込むことになる。先週のCL準決勝、ミラン対バルセロナには、スポーツ紙、一般紙とも5〜6人の記者をサン・シーロに投入していた。

ひとつのビッグマッチをめぐる紙面の構成要素は、スポーツ紙も一般紙もほとんど変わらない。重要度の高い順に並べると、マッチレポート、採点、監督・選手コメント、オピニオン、テーマを絞ったコラム、周辺情報というところだろうか。それぞれの要素について1人(時には2人)を割り当てるという格好である。どれを担当するにしても、試合が終わってから原稿を送るまでは、文字通りの修羅場である。

メインとなるマッチレポートは、各紙ともエース級の中堅・ベテランの担当だ。ボリュームは、日本語にして2000字分くらいという感じだろうか。それなりの量があるので、試合経過を連ねるだけではなく、書き手の個性が出るストーリー仕立てになることも少なくない。

これだけの分量を、試合が終わってから書き始め15分で仕上げることは、いくらなんでも不可能だ。実際に記者席で見ていると、大概の記者は、ハーフタイムに集中してパソコンに向かい、かなりの部分を仕上げてしまう。ハーフタイムにあまり原稿が進まなかった時には、後半は試合を見るよりも書く方に忙しくなっていることも少なくない。

コメント担当の同僚(試合中は書くことがない)を隣に置き、試合経過を口で教えてもらいながら自分はパソコンに向かっている、というのもよく見る光景だ。翌日の新聞でナイトゲームのマッチレポートを読むと、前半の話だけで全体の7、8割が費やされていたりするのだが、それは必然的にそうならざるを得ないものなのだ。

そして、試合が終わったら、頭や最後にまとめ的な文章を入れて全体を仕上げ、10分後かそこらには、記者席の電話回線からモデムで原稿を送ってしまう。この手際の良さには、いつも恐れ入るばかりだ。CL準々決勝のミラン対リヨンのように、土壇場でひっくり返った試合でも、ちゃんと原稿の辻褄が合っているのが凄い。

パソコンがない時代からこの仕事をしている40代、50代の記者は、以前はタイプライターで原稿を書いていた。だから今でも、左右の人さし指だけでばしばしと、めりこむほどにキーを叩く。一人ひとりフォームや癖があって、見ていると結構飽きなかったりする。若手も含め、湯浅健二さんばりの華麗なブラインドタッチで原稿を書いている記者は、まだ目にしたことはない。

採点が好きなのはイタリアの読者も日本の読者も同じ。ビッグマッチになると、マッチレポートとは別に採点専門の記者が送り込まれる。そういう時には、個々の選手にけっこう長いコメントが添えられ、紙面でもかなりのスペースを取ることになる。

記者席で採点担当の記者を見ていると、試合中気がつくたびにメモを取ったり、直接パソコンに打ち込んだりして、試合が終わるまでには余裕で原稿を仕上げていることが多い。一度、特に名を秘す某スポーツ紙某記者のパソコン上で、試合開始前にすでに、両チーム全選手の採点とコメントができ上がっているのを見たこともある。マジで。

しかし、ナイトゲームで一番大変なのは、試合後のコメントを担当する皆さんである。なにしろ試合が終わってから選手がミックスゾーンに出てくるまでには、たっぷり30分はかかる。監督にしても、23時より前に記者会見に姿を現すことはまずない。どう計算しても〆切には間に合わない計算だ。

では彼らはどうしているのか。試合終了後、優先的に監督、選手に近づくことができるTVのインタビューをメモして、凄い勢いで原稿に仕立てて送信するのである。スタジアムのプレスルームには、ほとんどの場合TVがしつらえられている。試合が終わって戻ってきたコメント担当の記者たちは、TVでインタビューが流れるとそこに群がってメモを取っている。ミックスゾーンに行っていたら〆切に間に合わないのだから仕方がない。

時には、スタジアムで見かけなかった記者が翌日の新聞でコメント記事を書いているのを目にすることがあるが、これは、編集部でTVを見てコメント記事を書く方がずっと楽で速いからだ。

これに、オピニオン、コラム、周辺情報などが加わって、翌朝には何ページもの記事になって読者の元に届けられることになる。良く読むと事実誤認や校正ミスも少なくないけれど、間に合っていること自体がどれだけ凄いことか知ってしまうと、とても文句はいえなくなる。□
 
(2006年4月26日/初出:『エル・ゴラッソ』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。