2006年のバロンドールが、ワールドカップ・ドイツ大会で優勝したイタリアの主将ファビオ・カンナヴァーロだったことは周知の通り。ところがこの1ヶ月前、イタリア第3のスポーツ紙『トゥットスポルト』が「バロンドールはブッフォン!」というスクープを打って物議を醸すという事件がありました。これはその顛末です。ちなみに、当時のバロンドールはまだ、『フランスフットボール』が主催しておりFIFAワールドプレーヤーと並立していました。

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サッカーファンにとって毎年恒例、この季節のお楽しみのひとつがバロンドール(ヨーロッパ最優秀選手賞)である。

今年で52回目を迎えるこの老舗のタイトルは、ご存じの通り『フランスフットボール』誌(最近日本ではfootballistaと判型が似ていることで話題)が主催し、UEFA加盟52ヶ国から1人ずつ選ばれたジャーナリストの投票によって決定される。

例年、受賞者の名前は発表の10日ほど前にはすでに周知の事実となっているのが通例である。これは、発表の翌日に発売される『フランスフットボール』が、1冊まるごとバロンドール特集号になっており、そこに掲載される受賞者のロングインタビューとフォトセッションを事前に行わなければならないので、その時点で否応なくバレてしまうからだ。

通常、本人と所属クラブに受賞内定の通知が送られるのは、およそ2週間前。噂が漏れ伝わってくるのは、大概の場合その周辺からということになっている。一昨年のシェフチェンコの時も、最初に報じたのはミラノに本社がある『ガゼッタ・デッロ・スポルト』だったし、去年のロナウジーニョはバルセロナの『ムンド・デポルティーヴォ』だった。

今年スクープをものしたのは、イタリアはトリノに本社を置くスポーツ紙『トゥットスポルト』。11月7日付の同紙は「ブッフォン、バロンドールは君だ」という見出しで、今シーズンはセリエBで戦う地元ユヴェントスのGKジャンルイジ・ブッフォンの受賞内定を報じた。もし事実だとすれば、1963年のレフ・ヤシン(ソ連)に次いで43年ぶり史上2人目のGKという快挙になる。

今回のこのスクープ、地元のスポーツ紙が報じたという点では過去2年と共通なのだが、それを除くと例年とはちょっと事情が違う。なにしろ、スクープが出たのが正式発表の20日も前、各国記者による投票の〆切当日という早さだったのだ。これまでは、投票の集計が終わって結果が確定し、本人と所属クラブに受賞が伝えられたところで、そこから漏れ伝わるというパターンだった。しかし今回は正式通知よりもさらに前、正真正銘のスクープなのである。

バロンドールの投票は、52人のジャーナリストがそれぞれ、あらかじめ発表された50人の候補者リストの中から上位5人を選ぶという形が取られている。1位に5点、2位に4点……という具合に点数が与えられ、その総合点によって最終順位が決まる仕組みだ。当然ながら、『フランスフットボール』の編集部内でも、投票の集計に関する情報は厳重な管理下に置かれている。郵送されてきた封筒を開き、中の投票用紙を扱うことができるのはわずか2人(編集長ともうひとり)だけに限られており、その途中経過は編集部内の記者たちにさえ伏せられているのだという。

にもかかわらず、『トゥットスポルト』がこれだけ早くブッフォン受賞のスクープを打つことができた秘密はどこにあるのか。旧知の同紙編集長ジャンカルロ・パドヴァンに電話をしたら、あっさりと種を明かしてくれた。

「うちの記者が、投票した各国の記者をしらみつぶしに当たって聞き出したんだ。52人全員とは言わないが、大半が誰に投票したか教えてくれた。それを独自に集計したら、ブッフォンが1位でほぼ間違いないだろうという結果になったというわけだ。選挙の出口調査をしっかりやっておけば、開票率5%でも当確が打てるだろ。あれと一緒だよ」

まだ最終的な集計結果も出ていないうちにスクープを打たれた『フランス・フットボール』の首脳陣は、さぞ苦虫を噛みつぶしたことだろう。

だがそれはあくまで、本当の集計結果でもブッフォンが1位になっていた場合の話。ロナウジーニョやシェフチェンコは誰が見ても大本命だったが、今年のブッフォンは、このスクープを受けて後追い報道をしたスペインの『AS』が「超意外sorpresa maxima」と報じたくらいで、前評判ではなかなか微妙なところである。もしこのスクープが「ガセ」で、実際にはアンリなり(可能性あり)カンナヴァーロなり(希望はわずか)が1位だったら、『トゥットスポルト』はいい面の皮である。

とはいえ、パドヴァン編集長は自信あり気だ。

「裏づけの材料はいろいろある。まず、否定的な反応はまったくなかった。それに、『フランスフットボール』と同じ会社が出している『レキップ』(フランス唯一のスポーツ全国紙)に付録でついてくる週刊の『レキップ・マガジン』では、12月にブッフォンの特集を掲載する予定で取材をしていたんだが、その掲載が11月の4週目、バロンドールが発表になる数日前に早められた。何か理由がなければ普通はそういうことはやらない」

この号が発売になる頃には、正式な集計も済んで受賞者への内定通知も送られているはずだが……。

(2006年11月10日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。