ミラノダービー(2014.11.24)も近いので、ミランを指揮するフィリッポ・インザーギ監督、選手時代のインタビューを2本まとめてアップします。いずれも2003年に今はなき『Sports Year!』誌に掲載されたもの。1本目はこの後CLで優勝することになる02-03シーズン半ば、2本目はその翌シーズンの開幕直前に取材しました。もう11年も経つんですね。

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アタッカンテの人生だって栄光だけで成り立っているわけじゃない(2003年1月)

フィリッポ・インザーギがピッチに立っている間に行う一部始終、全てのプレーは、「ゴール」という唯一にして至上の終着点にダイレクトにつながっている。

オフサイドライン上で敵のディフェンスを揺さぶり、一瞬のタイミングで相手の目を欺きマークから逃れようと試みる。ゴール前の密集に徒手空拳で飛び込んだかと思えば、味方のシュートのこぼれ球をハゲタカのようにかっさらう。

次の瞬間に自分がシュートを放つための、そしてそれ以外の何の役にも立たない動作を、90分の間ひたすら、執拗に、へとへとになるまで繰り返し、ついに触れたボールは、なりふり構わず、やみくもに、何が何でもゴールに押し込む。

これほどまでに割り切った、身も蓋もなく自己中心的なプレースタイルを持つストライカーはいない。しかしセリエA、チャンピオンズ・リーグを合わせて、ここまでで早くも17ゴールという数字が示す通り、これほど頼りになるストライカーもいない。

何が彼をゴールへと駆り立てるのか。ミラネッロにインザーギを訪ねて、その秘密の一端に迫った。

——ピアチェンツァの育成部門で育ちましたよね。子供の頃からずっとアタッカンテ(フォワード)なんですか?他のポジションでプレーしたことは?
「いや、最初からアタッカンテだったよ。小さい頃からゴールを決めるのが大好きで、幸運なことにいつもそれなりの結果を残してた。だから、ぼく自身にとっても周りにとっても、アタッカンテとしてプレーするのが一番自然なことだったんだ」

——その頃からいつもたくさんゴールを決めていた。
「うん。まだほんのチビだった頃からね。おかげで、ずっとアタッカンテとしてプレーを続けて来られたというわけ」

——プリマヴェーラ(18歳以下のユースチーム)時代に、左右両足のテクニックを磨くために毎日壁と練習させられた、という話を読んだことがあります。
「ノー、ノー。それはもっと小さい頃の話だよ。ある監督がそういう練習のメソッドを採り入れていて、それでやらされていたんだ。正確なテクニックを磨く上ではすごく役に立ったと思うよ」

——18歳でセリエBにデビューした後、セリエC1で1年、セリエBで2年、下積みの時代を過ごしましたよね。この経験は、いまの自分を築く上でどんな風に役立ったと思っていますか?
「いろんな意味ですごく有意義な経験だったよ。まだ20歳になったかならないかという若さだったから、C1からひとつずつ段階を踏んでステップアップしていったことは、厳しくてハードなプロサッカーの世界で生きて行く上で、そして何よりもひとりのプレーヤーとして成長して行く上で、自分にとって必要なプロセスだったと思ってる。十分な経験を積んで、一番いいタイミングでセリエAという大舞台に立つことができたのも、そのおかげだったわけだし」

——C1やBでプレーしていた当時から、自分はセリエAでも通用するプレーヤーだと思っていましたか?
「いや、まあ、いつもそうであることを願っていたけどね。毎年ポジティブな結果を積み上げて行くことで、その自信が段々深まっていったということかな。子供の頃は、セリエAでプレーできたらどんなに素晴らしいだろうと思っていたけど、今の自分はそれと比べてもすごく多くのものを手にしているし、すごく大きな結果も残している。自分が思ってもみなかったくらいにね。そのことには心から満足しているよ」

——あなたのプレースタイルは、オフサイドライン上での駆け引きが基盤になっています。ここまで徹底してディフェンスラインの裏を狙い続けるストライカーもなかなかいませんが、このプレースタイルは、自然にできあがったものですか。それとも意識して身につけたものなのでしょうか。
「子供の頃からプレーする中で、徐々に身についていったものだよ。特に強く意識して、というわけではなく、気がついたらこれが自分のスタイルになっていたという感じ。まあ、子供の頃にどんな風にプレーしていたかなんて、憶えちゃいないけどね。でも少なくとも、誰かから教わったものじゃないことは確かだよ。元々自分の中に備わっていたものが、プレーを続ける中で引き出されて、ひとつのスタイルに固まっていったんだと思う。いずれにしても、このプレースタイルでたくさんのゴールを決め続けてきたわけだから、これがぼくの一番の武器であることは間違いないね」

——もうひとつ、あなたのプレースタイルで特徴的なのは、ボールのないところでものすごくたくさん動いていることです。いつもディフェンダーと駆け引きをし、スペースを作り、フリーになってボールを受けるための動きを骨惜しみなく繰り返している。
「うん。それもぼくのプレーの大きな特徴だね。ぼくは、どんどん動き回って、マークを外してボールを受けようと試み続けるのが好きなんだ。そのためにエネルギーを使い過ぎることもよくある。そのせいで、やっとボールをもらってゴールを前にした時には疲れちゃって、ややプレーの正確性を欠いたりもするんだけどね。でも、これまで決めてきたゴールの数から見れば、差し引きの収支は明らかにプラスだから、これでいいと思ってるよ」

——自分が1試合に何回くらい全力でダッシュするか、知っていますか?
「すごく多いよ。70回から80回。自分で数えたわけじゃなくて、スタッフが教えてくれたんだけどね。代表のある試合では、90分で12km以上走ったこともある。これはフォワードとしては異例に多い距離だそうだよ」

——それだけ動いていると、ボールをプレーする回数はむしろ少なくなりますよね。
「そうなんだ。いつも動き続けているから、ボールを持って前を向いた味方が、いつもすぐにぼくを見つけられるわけじゃない。でももっと大事なのは、見つけた時にぼくがマークを外してフリーになっているということだからね」

——キャリアの中で、自分が最も向上したと思うのは、どんなプレーでしょう?
「特にこれというよりも、全部だね。年齢を重ねるにつれて、フィジカル的な能力が少しずつ落ちてくることは避けられないけれど、その分、戦術的な部分やメンタル面を高めることはできる。人間の成長に終わりはないから、ぼくはいつも、少しでも自分の能力を高めたいと思ってサッカーに取り組んでいるよ」

——ところで、あなたは試合を前にすると、かなり神経が昂ぶってナーヴァスになるそうですね。
「まあこれは生まれつきの性格だね。歳を重ねても全然変わらないから(笑)。とにかくいつもできる限りの準備をして試合に備えたいと思っているから、いろいろ神経質になっちゃうんだ」

——試合前日の合宿や遠征では一人部屋だそうですね。昔からずっとそうなんですか?
「うん。試合の前夜はよく眠れなくて何度も起き出すから、ルームメイトがいたら間違いなく迷惑をかけることになる。それに、もともとひとりでいるのが好きなんだ。いい状態で試合に臨むために必要としていることは、人それぞれ違うからね。ぼくの場合はひとりでいることがそれなんだ」

——試合前のロッカールームでは、どんな準備をしますか?
「サッカー選手ならみんなそうだけど、ぼくにも、ピッチに向かう前に必ず行ういくつかの“儀式”があるんだ。スカラマンツィア(おまじない)だね。勝っている間はずっと同じことを繰り返すんだ」

——どんな“儀式”か教えてもらえますか?
「だめだめ(笑)。教えたらスカラマンツィアじゃなくなっちゃう」

——試合中、ゴール前右45度でGKと1対1になるチャンスを得たとします。でもゴール正面にはチームメイトがひとり、フリーで走り込んでいる。シュートしますか、それともパスを出しますか?
「もしその選手が見えていたら、間違いなくパスを出す。それが当然だよ。とはいっても、試合のスピードの中で、必ずいつもそれが見えるわけじゃない。もし見えなければ、当然シュートを打つだろうね。でも、どフリーの味方が見えているのにパスを出さないというのは、ぼくだけでなく誰にとってもあり得ない話だと思うけど」

——インザーギはチームのためにプレーしない、自分自身のためだけにプレーしている、という声を聞くことがよくあります。そういう風に見られて腹が立ちませんか?
「そんなことはないよ。そもそも、言われていること自体が真実じゃないから。試合を観に来てぼくのプレーを見れば、それが何の根拠もないことだというのがよくわかるはずだよ。ピッチの上でのプレーが、一番の答えになっていると思う」

——でも、あなたにとってはゴールを決めることが何よりも大事なことですよね。
「うん。でももちろん、それだけのためにプレーしているわけじゃないよ」

——いいプレーをしたけれど無得点だった試合、出来は悪かったけれどゴールを決めた試合、どちらにより大きな満足を感じますか?
「ぼくにとって一番大事なのは、いいプレーをすることだよ。確かにインザーギという選手はいつも、ゴールという尺度だけで見られ、語られてきた。それは、ぼくがいつもたくさんゴールを決めてきたせいだと思う。みんなぼくには、ゴールを決めることを期待しているからね。でも、ある程度の歳になって、選手としての成熟期を迎えた今、ぼくにとっては、試合の内容、いいプレーをすること、チームメイトとチームの勝利に貢献することがとても大事なんだ。ゴールというのは、その結果としてついてくるものだと思うようにしてる」

——ゴールの数だけで評価されるのは嫌じゃないですか?
「いや。嬉しいよ。ぼくは欧州カップでのイタリア人最多得点記録をはじめ、たくさんの記録をマークしてきた。そういう数字は刺激になるし、更新して行くことに歓びを感じる。アタッカンテである以上、ゴールを決めるのが仕事であることに変わりはないんだし」

——アタッカンテというのは、勇気と度胸がないと務まらない商売ですよね。他人に犠牲を求め、自分は一番美味しいところだけ持って行く。
「美味しいところだけじゃないよ。一番苦いところを無理やり口に突っ込まれることだってある。決定的なゴールを外した日にはどんな目に遭うか……。ははは(と虚しく笑う)。アタッカンテの人生だって、栄光だけで成り立ってるわけじゃないんだよ」

——2トップのパートナーに好みはありますか?大型のセンターフォワードと組むとやりやすいとか、テクニックのあるセカンドトップの方がいいとか。
「いや。特にないよ。今のミランでも、シェフチェンコとはすごくうまく行っているし。去年はぼくが、今年は彼が故障したことで、一緒にプレーする機会はまだ少ないけれど、これからは1試合でも多く一緒にプレーして、チームの勝利に貢献したいと思ってる」

——1トップとしてプレーするのと、2トップの一角と、どっちが好きですか?
「システムは、それが勝利をもたらしてくれるのなら何だって構わない。今のミランに関しては、1トップと2トップのどちらがいいのかわからないね。どちらのシステムでも素晴らしい結果を残しているわけだから」

——ターンオーバーはあまり好きじゃないみたいですが。
「そんなことはないよ。それどころか、ターンオーバーは現代サッカーには不可欠だと思ってる。これだけ試合数が多くて、しかもどの試合もレベルが高いとなると、すべての試合にトップコンディションで臨むことは、絶対に不可能だからね。もちろん、ベンチに送られて嬉しい選手はどこにもいないけど、でもそれは、我慢できないとか頭に来るとか、そういうこととは違う。大事な試合でメンバーから外されてがっかりするということはあるけれど、それを引きずるようなことはないよ」

——実際あなたは、ベンチでむっとした顔はしても、文句は決して言わない。
「文句なんて言うべきじゃないからね。だってここはミランだよ。ぼくの替わりにピッチに立つチームメイトだって、すごく優秀なプレーヤーなんだ。文句を言うことは、彼らに対する敬意を欠くということだよ。ぼくがメンバーから外れる回数は、彼らよりもずっと少ないんだし」
——今シーズンは出足からゴールを決め続けて、ミラン躍進の牽引車になりました。去年のミランと今年のミランを比べて、一番大きく変わった点はどこでしょう?
「偉大なプレーヤーが何人もチームに加わったこと。そして何よりも、ここまで誰も大きな故障をしていないことだね。なにしろ去年は、マルディーニ、シェフチェンコ、ぼくと、主力が何人も故障で戦列を離れて、それが大きな影響をチームに及ぼしたから」

——あなたはセリエAではもちろんですが、それ以上にチャンピオンズ・リーグでたくさんのゴールを決めています。セリエAのサッカーとヨーロッパのサッカーには、何か違いがありますか?
「確かにぼくは、ヨーロッパの舞台ではいつもゴールを決めてきた。それはたぶん、他の国のチームの方が、こちらを自由にさせてくれるからだと思う。イタリアのチームはみんな、こちらにサッカーをさせないためにすごいプレッシャーをかけてくる。アタッカンテにとってセリエAほど厳しいリーグはないと思うよ」

——そろそろチャンピオンズ・リーグの再開も近づいてきますが、抱負を聞かせてください。
「今のミランは、ヨーロッパのどのチームとも対等以上に戦える力を持っていると思う。先に進めば進むほどハードな戦いになると思うけれど、タイトルを勝ち取れたら素晴らしいだろうね。ぼくのゴールでそれに貢献できることを心から願っているよ」

(2003年1月29日/初出:『Sports Year!』)

イタリアではゴールでしか評価されない(2003年9月)

フィリッポ・インザーギはこの8月9日で30歳を迎えた。ミランに移籍して2年目の昨シーズンは、セリエA17得点、チャンピオンズ・リーグは予備予選を含めて12得点、コッパ・イタリア1得点、合計30得点という自己最高スコアを叩き出し、チャンピオンズ・リーグ制覇に決定的な役割を果たした。

「フィジカル面でもメンタル面でも、これだけ充実したシーズンは今までなかった。この歳になって、自分のコンディションもうまく維持できるようになったし、精神的にも落ち着きみたいなものを手に入れた感じがするんだ。それに、ミランというチームでプレーしていることも大きい。これだけ豪華なチームメイトと一緒に戦っていれば、ゴールを決めるチャンスが多くなるのは当然だから。自分自身としても、チームという観点から見ても、これまででベストのシーズンだったと言い切れる」

いまキャリアのピークに立つ希代のゴールハンターは、持ち前の得点感覚に加えてテクニックや駆け引きの巧さにもますます磨きをかけ、円熟の境地に足を踏み入れつつある。

——昨シーズン決めた30ゴールの中で一番心に残っているのはどれでしょう?
「たくさんあるけどね。でもどれが一番重要だったかといえば、シーズン最初の2つのゴールだね。チャンピオンズ・リーグ予備予選のスロヴァン・リベレツ戦。2試合とも本当に苦しんだからね。ホームとアウェーの2試合で1点ずつ決めて、ミランを本大会に進めることができた。その結末はご存知の通りだけど、すべてはあそこから始まったんだ。もしあの2つのゴールがなかったら、と思うと今でもぞっとするよ」

——もうひとつ、本当なら31番目になるはずだったゴールがありましたよね。サン・シーロでのアヤックス戦(CL準々決勝)でロスタイムに決めたあのシュート。
「うん、あれね。あれがまさにシーズンで一番エキサイティングな瞬間だった。あのままだと敗退が決まっていた93分、GKの頭を越えたあのループシュート。最後に押し込んだのはトマソンだからゴールの記録はもちろん彼のものだけど、決めたのは自分だという気持ちは持ってるよ」

——あのシュートには、ピッポ・インザーギというアタッカンテのエッセンスが凝縮されていたような気がするんですが。
「そうだね。アンブロジーニがヘディングであそこにボールを流し、ぼくをマークしていたキブが滑って出遅れて。すごく難しいボールだったけど、ぼくは諦めずに追いかけ、GKの目の前で足を伸ばした。飛び過ぎないように、つま先でのボールタッチを微妙に加減しながらね。確かにあそこにはすべてがあった。一握りの幸運も含めてね。ああいう場面では運も必要なんだ」

——あの場面もそうでしたが、あなたの強みのひとつはゴールへの嗅覚、正しいタイミングで正しいポジションにいる能力だと思います。どうやって磨いたのでしょうか?
「いや、直観的なことだから、他人に教えられるようなものじゃないし、練習して身に付くものでもないよ。持って生まれるかそうじゃないかのどちらか。この感覚は子供の頃からずっとぼくの大きな武器だった。でも、ゴールを決めるためには、それだけじゃ十分じゃない。テクニックや戦術的な動きもすごく大事だし、それは練習で伸ばすことができる。ぼく自身その点ではこの何年かで大きく成長したと思っているよ。マークを外したりスペースを作ったりする動きはすごく重要だし、それを重ねているからこそチャンスを作ることもできる。ぼくは動き過ぎるところもあるんだけど、今までたくさんのゴールを決めてきたわけだし、このままのプレースタイルで行けるところまで行くつもりだよ」

このままのプレースタイル。1試合にほんの何度か、一瞬の隙を突いてマークを外し決定的な位置でボールを受けてシュートを放つ、その瞬間のためだけに、90分間延々と、そして執拗に、オフサイドライン上でDFラインを揺さぶり続ける。ヨーロッパを代表する名DFの1人、オランダ代表のヤープ・スタム(ラツィオ)は「インザーギは世界一卑怯なストライカーだ。相手を欺くことしか考えていない」と嘆くが、ファウルぎりぎりの駆け引きで身体を入れ替え、厳しいマークからするりと逃れるその技は、もはや職人芸の域に達している。

——常に攻撃の終着点であろうと意識してプレーすること、攻撃の組み立てに参加するよりも、仕上げに徹すること。これがあなたのプレースタイルですよね?
「プレースタイルというか、センターフォワードをやっている以上、それは当然だよね。そうであろうと務めなければならないんだから。チームが組み立てた攻撃をシュートで仕上げるのがぼくの仕事だし、ぼくにはその責任がある」

——アタッカンテはエゴイストでなければならない、とよく言われます。
「それは、エゴイストであるべき時にエゴイストでなければならない、ということだよね。どんなアタッカンテだって、ゴール前にどフリーのチームメイトがいればそっちにパスを出すだろうし、何が何でもシュートを打たなければならないということじゃない。もちろん、センターフォワードのDNAには、シュートを打ちたい、ゴールを決めたいという意志が他の選手よりもずっと強くプログラムされているし、多少強引にでもシュートを打つ勇気がなければこの仕事は務まらない。それは確かだよ」

——すごく利他的なアタッカンテ、というのはあり得ると思いますか?
「人それぞれプレースタイルは違うし、セコンダプンタの中には、例えばバッジョやマンチーニみたいに、シュート以上にアシストを得意とするプレーヤーもいる。トッティやルイ・コスタもそう。彼らは、他人にゴールを決めさせるために生まれてきた選手だよね。だから、すごく利他的、というのはあり得ないと思うけど、エゴイズムの程度はいろいろあると思うよ」

——今年サンプドリアに移籍してきた柳沢という日本代表のアタッカンテは、シュートを打つべきところで打たずにパスを出す、と日本で言われて来ました。
「彼がぼくのプレーが好きで参考にしている、というのを新聞で読んだよ。そう言ってもらえるのは嬉しいよね。サンプドリアでも高く評価されているようだし、イタリアで結果を残して成功することを祈っているよ。もし会うことがあればそう伝えてほしいね。アタッカンテにとっては、アシストもゴールと同じように重要だと思うし、その両方ができれば申し分ない。ゴールだけを基準にアタッカンテを評価するのはおかしいと思うんだ。評価の基準は、その選手が担う役割やプレースタイルによって、変わってくるのが当然だしね」

しかし、そう言うインザーギ自身のDNAには、シュートを打ちたい、ゴールを決めたいという意志が誰よりも強くプログラムされている。エゴイストであるべき時にエゴイストにならなかったインザーギを目にすることは、たぶんトトカルチョで13を当てるよりも難しい。しかしその逆ならば、少なくとも数試合に1回は見ることができるだろう。

「残念ながらイタリアでは、ゴールでしか評価されないのが現実なんだ。いいプレーをしてもゴールを決められなければ批判されるし、内容が悪くてもゴールをひとつ決めれば、叩かれることは決してない。幸運なことに、ぼくはその中で結果を出すことができたから、嫌な思いをすることもそんなには多くなかった。今までずっとゴールという基準で計られて十分評価されてきたわけだから、ぼくはそれでもOKだよ。他の基準で見られたら、今と同じ評価が得られるかどうかわからないしね(笑)」

——マスコミの評価はともかく、サポーターからすごく愛されてますよね。
「うん。強力なライバルだったユーヴェでプレーしていたにもかかわらず、最初から大きな期待と愛情でぼくを迎えてくれた。それが今までずっと続いている。だから彼らにはすごく感謝しているし、サン・シーロでプレーするのはいつも喜びなんだ。
たくさんの人から大きな期待をかけられ、大きな責任を担ってプレーするのは嬉しいことだよ。アタッカンテという仕事の魅力のひとつは、まさにそこにあると思う。期待に応えるためにベストをつくして、結果が出た時の喜びはすごく大きいからね。自分の喜びだけでなく、チームやサポーターに喜びを与えることができた充実感というのは、何にも代えられないほど大きい。もちろん、いつもいいことばかりじゃない。アタッカンテだって人間だから、不調の時もあるしミスをすることだってある。そういう時に向けられる矛先が容赦ないのも事実だよ。でもだからこそ、喜びもその分大きいというわけ」

つまるところ、インザーギはゴールを決めるのが心から好きで、そしてヒーローになるのも同じくらい好きなのだ。それ以上でもそれ以下でもない、シンプルそのものの動機。だがインザーギのインザーギたる所以は、ゴールの喜びを得るためならどんな努力も犠牲も厭わないことの方にある。サン・シーロのサポーターからこれほど愛されるのも、ピッチの上では決して手を抜かず、最後の最後までひたすら無駄走りと執拗な駆け引きを繰り返し、ゴールへの執念を見せ続けるからにほかならない。

「ぼくの一番の長所は、この仕事をすごく愛していること、常に熱意を持って取り組んできたことだと思う。これはすごく重要で根本的なことだよ。持って生まれた能力はもちろん重要だけど、ユーヴェ、ミラン、そしてイタリア代表でプレーするという幸福なキャリアをここまで送ってこれたのは、何よりもまずこの仕事に対する愛情と情熱があったからこそだと思ってる。セリエAでプレーするくらいの選手なら、才能はみんなトップレベルなわけだし、そこから先、どこまで行けるかは、プレッシャーとうまくつき合って行けるかどうか、いろいろな誘惑に振り回されずプロとしてやっていくために必要な犠牲を払い、自分を律することができるかどうか、そういうところで決まるものだと思う。ぼくはこの仕事を本当に愛しているから、犠牲を払うという意識すら持ったことがないし、常に自分を高め、ベストコンディションを保って試合に臨むことに全力を傾けてきた。ここまで来ることができたのも、それがあったからだと思っているよ」

——あなたがゴールを決めるために最も重要なことは何ですか?
「ひとつじゃない。たくさんあるよ。でも間違いなく言えるのは、このチームが与えてくれる信頼と、それが自分の中にもたらしてくれる落ち着きだね。これは大きな助けになってる。毎試合毎試合、自分の価値を結果で示さないと周囲から認めてもらえない、という状況だと、追い込まれたような気持ちになって焦ってプレーしなければならないけれど、ここではそんなことはまったくない。いつも落ち着いて、晴れやかな気持ちでプレーすることができるからこそ、力を十分に発揮できるんだ。それはすごく大きなことだよ。まあ、インザーギが2試合ゴールを決めないとそれだけでニュースになってしまうのは、ここミランでもユーヴェでも変わらないんだけど、ミランの方が環境としてより落ち着きを与えてくれることは確かだよ」

インザーギはしばしば「このミランはぼくを生かし力を引き出してくれる素晴らしいチームだ」と言う。

ユヴェントス時代は、いくらゴールを決めても、チームのシンボルたる主役の座は、常にアレッサンドロ・デル・ピエーロのものだった。膝の怪我による長いブランクから復帰後なかなかゴールが決められず苦しんでいたデル・ピエーロがゴール前でフリーになっているのが目に入らず、1対1になったGKの股を抜いてその日3点目のゴールを決めてしまったがゆえに、マスコミから袋叩きにあったことすらある。

しかし、ここでは彼こそがお山の大将、サン・シーロを埋めるミラニスタたちのアイドルだ。アンチェロッティ監督やチームメイトからの信頼も厚い。ひたすらゴールを求める彼のエゴイズムが、チームに最大の利益と幸福をもたらすという、これ以上ないほど幸福な関係が築かれているからだ。

「ミランに来てから2年間、いつもすごくいい環境でプレーして、結果を出すことができた。故障していた時期は辛かったけれど、ピッチに立っている時にはいつも、これまでになく充実した素晴らしい時間を送ることができたよ。ミラネッロの環境は理想的だし、スタッフもチームメイトもみんな、ぼくに大きな信頼を寄せてくれていることが実感できる。30歳になったぼくに、クラブが5年間の契約延長をオファーしてくれたというのも、その表れだと思うんだ。こういう環境だからこそ、ぼくも自分の力を存分に発揮することができる。言いたかったのはそういうことだよ」

——最後に、今年の目標は?
「ミランの一員としてタイトルを勝ち取ることだよ。去年だって、もし何のタイトルも獲れなかったら、30ゴール決めたところで何の意味もなかった。今シーズンもたくさんのタイトルがかかっているから、チームに貢献してひとつでも多く勝ち取りたいと思ってるよ。まずは8月29日のヨーロッパ・スーパーカップ。そして12月にはインターコンチネンタル・カップがある。これは何としても獲りたいタイトルだね。今まで一度も戦ったことがない試合だし、ぼくのファンがたくさんいる日本で開催されるということもあるし。日本からは毎日本当にたくさんのファンレターやメールが届くんだ。ワールドカップの時もすごく歓迎してもらったし。ファンの皆さんにはこの場を借りてお礼をいいたいよ。日本でいいプレーをみせてインターコンチネンタル・カップを勝ち取ることで、応援に応えられれば素晴らしいだろうね」■

(2003年9月3日/初出:『Sports Year!』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。