日本の移籍制度については、ぼくもいろいろ思うところがあって、2005年くらいから何度か取り上げてきました。

せっかくなので、それらをここでまとめて蔵出しすることにします。と言ってもとりあえず5本しかありませんが、これを通して読んでいただければ、何が問題かということくらいは整理できるのではないかと。

選手の立場と権利を守るための労働組合的な役割を担う選手協会という点では、イタリアのプロサッカー選手協会(AIC)は1968年創設と世界で最も古く、これまで40年間の活動で非常に多くを勝ち取ってきています。

FIFPRO(世界プロサッカー選手連盟)でもリーダー格。AICのセルジョ・カンパーナ会長は創立時、プロ選手を引退して弁護士としてのキャリアを始めたばかりだったのですが、それ以来40年間、無給の会長職を務め続け、カルチョの世界では誰からも一目置かれているという、スーパーリスペクタブルな老紳士です。ぼくはAICと日本の選手協会の間を取り持つ準備があって、その話を選手協会の要職にある某選手に持ちかけたことがあるのですが、その後反応がないな……orz。

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移籍金や契約期限の問題をめぐって盛んな議論を呼び起こした中田浩二のマルセイユ移籍問題は、鹿島が契約延長を断念し、中田はフリーな立場でマルセイユと契約を交わすという形で決着がついたようだ。

ようだ、というのは、この原稿を書いている時点では、移籍手続の詳細が不明のため。ネット上で得られる情報からすると、鹿島は、マルセイユから正式なオファー(移籍金を伴う)を受けながら、それを蹴って移籍金ゼロで手放すことを選んだように受け取れるが、もしそれが事実だとすれば鹿島の真意ははかりかねる。

鹿島側の評価額と、マルセイユがオファーした金額に開きがありすぎることは確かに事実だった。しかし、鹿島側の評価額は、国際的な移籍市場の“相場”とはまったくリンクしていない日本独自の算出基準、いわば“国内限定の固定相場制”に基づいたものでしかない。日本のドメスティックなルールが通用しない国際移籍においてその適用を求めること自体に、無理があったといわざるを得ない。

さて、上記の点も含めて、今回の“騒動”の根本にあったのは、世界標準のFIFA移籍ルールと、JFAが規定している国内移籍ルールとの不調和(齟齬といってもいい)である。

FIFAルールは、96年のボスマン判決、そして2000年にEUで持ち上がった移籍金制度撤廃論議を経て、それに適合させる形でFIFAが2001年7月に公表し、同年9月から発効したものだ(各国協会はこれと国内移籍ルールとの調和を義務づけてられいる)。

一方、日本の国内移籍ルールは、「Jリーグ規約」(92条および101条から112条)、そしてJFAの「プロサッカー選手に関する契約・登録・移籍について」とも、Jリーグ発足時の93年、つまり“ボスマン以前”に作られたものが土台となっており、その後サッカーの国際舞台で起こった大きな変化(ボスマン判決、移籍金撤廃論議)はほとんど反映されていない。

93年当時、日本からヨーロッパや南米への国際移籍が起こることなど、ほとんど想定外だったことは十分に理解できる。しかし、96年のボスマン判決からはすでに8年、現行のFIFAルール発効からもすでに3年以上が経っている。

その間、中田英寿に始まり、日本代表クラスの国際移籍はいくつもあったし、契約切れによる移籍金ゼロの移籍に関しても、広山という前例があった。客観的に見て、こうした国際的な移籍環境の変化に対し、JFAやJリーグは鈍感に過ぎたという感は否めない。当事者意識が希薄だった、といえばいいだろうか。同じことは、国際移籍を望む選手を抱えたクラブにも当てはまる。

契約が満了した選手は移籍金ゼロで新たなクラブと契約できる、というのは、もはやFIFAによって国際的に認められたスタンダードだ。そうである以上、日本のサッカー界もこのスタンダードに対応する以外に選択肢はない。

国際移籍に関してはもちろん、国内移籍に関しても、契約・移籍に関するシステムとルールを、現行のFIFAルールに順次適合させていくことは急務といえるだろう。

「Jリーグ規約」と「プロサッカー選手に関する契約・登録・移籍について」に定められている契約更新や移籍の手続きは、クラブ側に交渉上非常に有利な立場を保証する内容になっている。

93年当時は当然だったとしても、現時点から見れば、ボスマン判決や移籍金制度撤廃論議の中で選手に認められ、FIFAもそれを追認する形になった「労働の自由」に抵触すると言わざるを得ないものだ。

具体的な検討は紙幅の関係で次回に譲りたいが(次回も続きます)、「専属交渉期間」の設定(12月末まで選手は他クラブとの接触すら禁じられている)、「自由交渉権」に対する制約(一旦所属クラブと“決裂”しなければ他クラブと接触できず、その場合選手は所属クラブとの交渉権を失う)、「移籍金算定基準」の内容(移籍金の高騰を防ぐという本来の趣旨から逸脱して独り歩きしており、国際移籍市場の相場ともかけ離れている)などは、FIFAルールに照らせば見直しを検討せざるを得ないように思われる。

もちろん、痛みを伴わない改革はあり得ない。しかし、だからといって立ち止まっているわけにもいかないだろう。ハードランディングではなくソフトランディングを目指した、前向きな検討と見直しに取り組む時期が来ているのではないだろうか。■

(2005年1月26日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。