1月末、Sports Yeah!誌の仕事で、レオナルドにインタビューする機会を得ました。引退からミラン復帰までの顛末、ミラノでの生活、現在のミランについてなど、1時間近くにわたって、話し始めたら止まらないいつもの冗舌さで語ってくれたのですが、紙面の関係でそのすべてを記事にまとめることはできませんでした。

削らざるを得なかった部分の中でも、彼が親友のライー(サンパウロ、PSG、ブラジル代表でのチームメイト。ソクラテスの弟)と4年前に設立した財団「ゴール・デ・レトラ」についての話は、このままオフレコにしてしまうのはとても残念なので、ここに発表することにしました。(07/02/2003)

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――あなたがライーと一緒に始めた財団「ゴール・デ・レトラ」の活動について聞かせてください。

「ブラジルの経済力は世界で10番目だけれど、教育水準は73番目でしかない。社会の基盤である教育が、根本から機能不全に陥っているんだ。社会の中で生きて行くために最低限必要とされる教育を受ける機会さえ得られない子供たちが、ブラジルにはたくさんいる。

それどころか、出生届さえ出されることなく、ひとりの人間としてその存在すら社会に認められていない子供たちだって大勢いるんだ。こういうまったく想像もつかないような現実を、日本の人たちに説明するのはとても難しいよ。実際に日本で、テレビ東京が財団の活動を伝えるための放送時間をとってくれたけれど、どれだけのリアリティを伝えることができたか、はっきりいって自信がない。

ファヴェーラスと呼ばれる大都市郊外の貧民街、社会の最下層で生まれ育ったこういう子供たちは、麻薬の売買を初めとする犯罪の世界に足を踏み入れて、悲惨な人生を送る。すごく悲しいことだけど、彼らの人生はすごく短い。

ファヴェーラスに生まれてもそういう人生を送らない子供たちもいるけれど、それは家族がいて、その愛情に囲まれて育つから。それさえもない孤児や捨て子、親から愛されることのない子供たちが、一番悲しい状況に置かれているんだ。

5年前に設立された財団は、そうした社会の最下層で生きる5歳から14歳までの子供たちに、最低限の教育、そして愛情を提供することを目的としている。社会の一員であるということはどういうことなのか、どんな権利と義務があるのか、ひとりの人間として生きて行くことの価値はどこにあるのか、といったことを知り、理解する機会を与えるということ。

ブラジルの公共教育は、ファヴェーラスの最下層にいる子供たちをまったくカバーできていないのが現実。でもぼくたちの財団ならそれができる。

そのための具体的なプログラムは、4つの活動に根差している。スポーツ、芸術(ダンス、絵画、演劇、音楽など)、コンピュータ、そして国語(ポルトガル語)。読み書きすらできない子供も少なくないからね。

機能的には、学校と同じような形で運営されている。公共の学校教育がカバーできないところを受け持つ、補完的教育機関と言えばいいかな。でも学校の替わりになろうとしているわけではなく、むしろ子供たちに刺激を与えて、彼らが学校に戻って行ける環境作りに貢献することが狙いなんだ。

子供たちに対しては、こうした活動を通じて、彼らに欠けている自尊心、つまり自分の存在意義・価値を見出す手助けをするということ。彼らは、自分が何者かである、いやあり得ると感じることさえできない、そう感じることすら知らないまま育っているんだ。自分の存在はゼロだと思っている。失うものが何もないから、何でもする。そうやって、犯罪の世界にはまって行く。

いま財団はリオとサンパウロ、2つのセンターを持っていて、それぞれで300人ずつ、計600人の子供たちが暮らしている。600人で現実を変えることはできないけれど、この2つのセンターとその活動が、ひとつのケーススタディ、ひとつの基準になることはできる。

こういう活動を通して、子供たちはこんな風に変わることができる、と社会に示すということだね。それがきっかけになって、こういう活動がいろいろなところで広まって行けば、いつの日かきっと……。これが一番大きな夢だよね」

――財団の活動は、社会からどんな評価を受けているんでしょう?
「たった5年間でこんなことになるとは、ぼくたちは思ってもいなかった。今、ゴール・デ・レトラは実際にひとつの基準になっているんだ。たくさんの人々がぼくたちのやり方を観に来てくれる。

実は去年、ユネスコから、子供に対するソーシャル・ケアの国際モデル活動に選ばれたんだ。これは大きな驚きだった。南米全体でたった30例しか選ばれない、そのひとつに入ったんだからね。

ブラジルでも、年間最優秀教育機関に選ばれた。別に賞を取るためにこうした活動をしているわけじゃないけれど、それがどれだけ役に立っているか、どれだけ貢献できているかを計るひとつの指標ではあるわけで、とても嬉しく、また誇らしいことだよ」

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(追記)今月に入って、ガゼッタ紙などいくつかのメディアが、レオナルドとミランの今後のプロジェクトについて報じています。

レオナルドは今シーズン終了後に現役を引退した後、ミランとともに設立計画を進めている「ミラン財団Fondazione Milan」(「ゴール・デ・レトラ」に範を取った慈善活動をイタリアで行う)の責任者となり、さらに将来的にはガッリアーニ副会長の片腕としてクラブ経営陣に加わることになる――というのがその内容。

すでにレオは、ミラネッロで過ごしているのと同じくらいの時間を、ミラノ市内にあるミランのオフィスで過ごしているとも伝えられています。

ミランがレオナルドに提供しているこうした待遇は、例えばかつてのファビオ・カペッロやフランコ・バレージに与えられてきたそれよりもさらに手厚い、文字通りのスーパーエリート待遇といえるでしょう。これは、現役時代の功労に報いるとか、そういうレベルではなく、クラブの将来にとって必要不可欠な“ワールドクラスの幹部候補生”という評価をミラン首脳陣から受けていることを意味しています。

そのうち今度は、イタリアサッカーの現状や、ますまずビジネス化が進む欧州サッカー界の未来について、じっくりとレオの話を聞いてみたい気がします。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。