2014年10月15日 監督・戦術

イタリア通信102:エリクソンの選択 (05.2000)

セリエAが終了してから10日。欧州カップ決勝に関係がなかったこともあって、イタリアではすでに、来シーズンに向けた移籍マーケットが早くも盛況である。

例年ならば、まず最初にマーケットを賑わすのはビッグクラブの監督人事なのだが、珍しいことに、今年はセリエAのほとんどのクラブが現監督の留任を決めている。

スクデットに続いてコッパ・イタリアまで制覇し、「永遠の敗残者」から一気に「世界最高の監督」に“昇格”したラツィオのエリクソン監督はもちろん、アンチェロッティ(ユヴェントス)、ザッケローニ(ミラン)、リッピ(インテル)、マレサーニ(パルマ)、カペッロ(ローマ)と、上位6チームの監督は軒並み続投。

さらに、デ・カーニオ(ウディネーゼ)、カヴァジン(レッチェ)、グイドリン(ボローニャ)、ファシェッティ(バーリ)、コロンバ(レッジーナ)も留任が確実で、A残留14チームのうち監督が交代するのは3チームだけという、近年にない無風状態である。

これは、本当に強いチームを作るためには確固としたプロジェクトとそれを遂行する意志(と体制)、そして時間が必要だという考え方が、イタリアの多くのクラブに浸透しはじめた証拠かもしれない。

実際、毎年のように目先を変えたところで、満足するのはサポーターとマスコミだけ、しかもそれが続くのはせいぜい開幕から少しの間だけ―というのは、ここ何年かの間に多くのクラブが実証してきた真実である。

今シーズン、最後までスクデットを争ったラツィオとユヴェントスにしても、2シーズン前の97/98シーズンにはすでに、現在のチームの「核」はできあがっていた。今シーズンの戦いぶりは、ひとつの継続性の中で、徐々にクラブとチームの総合力を高めてきた結果だと見るべきだろう。
 
さて、前回とりあげたのは、そのラツィオのエリクソン監督の「あくまでも理性的にかつ淡々と、しかし必要ならば柔軟に状況に対応して、しかも決して一貫性を損なうことなく、その時々において自らの信じる最善策を採り続け、チームを最後までひとつのグループとして保ち続けたチーム・マネジメントの手腕」(ちょっとくどいですね)だった。実のところ、この議論は、戦術的な側面にもそのまま当てはまる。今回の話題はそれである。
 
もともとエリクソンは、ゾーン・ディフェンスをベースにしたコンパクトな4-4-2プレッシング・サッカーの世界的な先駆者の1人だった。

80年代前半から、フラット4のDFラインを高い位置に保ちオフサイドトラップを積極的に活用する、中盤もフラットなラインを敷き攻撃的なプレッシングから高い位置でボールを奪う―といったアグレッシヴな守備戦術と、ワンタッチプレーを多用したスピードあるボール回し、サイドバックのオーバーラップや中盤に戻ったFWのポストプレー、2列目からの走り込みを生かしたシステマティックな攻撃戦術を駆使して、アマチュア選手ばかりで構成されたイエテボリをUEFAカップ優勝に導いたそのサッカーからは、あのアッリーゴ・サッキも多大な影響を受けたと語っているほど。

昨年秋、そのサッキがチャンピオンズ・リーグのTV解説者としてエリクソンと交わしたやりとりは、非常に興味深いものだった。

Sacchi:「エリクソンのサッカーは、かつてと比べると組織よりもむしろ個人のプレーの自由度を重視したものになっているように見えます。ローマやフィオレンティーナを率いていた当時のシステマティックなサッカーは素晴らしかったと思うのですが…」

Eriksson:「確かにおっしゃるとおり、私のサッカーは変わってきています。以前の方が、事前の決めごとに基づくシステマティックな攻撃パターンをより重視していました。今は、ボールを持った選手が自分の判断でプレーを選択すればいいと考えています。もちろん、いくつかの約束ごとはありますし、100%好き勝手にプレーしてもいいということでは全くありません。

しかし、これだけ才能あふれる世界的なトップ・プレーヤーがチームに揃っていれば、個々の局面では戦術以上に彼らのファンタジーの方がより大きな“可能性”を持っているという考え方も、十分通用しうると思っています」

「約束ごと」を必要以上に増やさず、チームの「メカニズム」よりもむしろプレーヤーの個性の「ハーモニー」を重視するという方向性は、レギュラーを固定してチームの戦術を磨き上げるというやり方が事実上不可能になっている現在の状況(事実上、3-4日に1試合というスケジュールが年間を通して続く)を考えれば、むしろより現実的な解決の道かもしれない。

「約束ごと」や「メカニズム」を重視するタイプの監督であるザッケローニ、リッピ、マレサーニといった監督が今シーズン直面した困難も、そのことをはっきりと示している。
 
戦術的に見て、今シーズンのラツィオを特徴づける最も大きなポイントは、ビッグ7の中では唯一、ゾーン出守る4バック(いわゆるフラット4)を採用していたことである。

今シーズン、セリエAのビッグクラブの間で主流になっていたのは、3人のセンターバックが原則としてフラットなラインを形成する守備システム(これをベースにしたチーム全体の布陣は3-4-1-2)。

2年前の97/98シーズンには、ザッケローニのウディネーゼとマレサーニのフィオレンティーナの2チームしか採用していなかったこのシステムのメリットは、相手の2トップに対して3人のCBが数的優位を作れる、2トップの下に、攻撃の核となるいわゆる“ファンタジスタ”を置くことができる―という2点である。

しかしもちろんデメリットもある。4-4-2のチームに対する場合、守備の局面において、中央のゾーンでは相手の2トップに対して3人のCB、セントラルMF2人に対して3人のMF(トップ下+セントラルMF2人)と、常に数的優位で対することができる反面、サイドでは、相手のアウトサイドMFとサイドバックの2人に、アウトサイドMF1人で対応しなければならなくなるというのがそれ。エリクソン監督が4バックにこだわった理由は、まさにそこにあった。

「3バックと比べれば4バックの方が、攻撃の局面でずっとサイドのスペースを有効に使えます。相手が3バックならば、間違いなくサイドで数的優位を作れるから。相手にジダンのような選手がいれば守備の局面で困難に陥ることもありますが、それも2人のセントラルMFとCB2人がうまく連携を取ることで何とか対応できます」(エリクソン:Guerin Sportivo n.21/2000)

事実、今シーズンのラツィオにとって、ミハイロヴィッチ、ヴェロンの「縦一本」と並ぶ最大の武器は、コンセイソンとネグロ(右)、ネドヴェドとパンカロ(左)のコンビネーションによるサイド攻撃だった。

トップ下に“ファンタジスタ”を置く、というと聞こえはいいが、実際には攻撃の局面でボールの前にいるのは彼と2トップの計3人だけ、という「7-1-2」(ズデネク・ゼーマン)にしばしば陥っていた他のビッグクラブと比べれば、トップ(2人または1人)に加えて、ヴェロン、コンセイソン、ネドヴェド、そしてシメオネや2人のサイドバックがしばしば絡んだ分厚い攻撃を見せてくれたラツィオのサッカーは、今シーズンのセリエAの中では最も「攻撃的」なものだったといってもいいだろう。

そのことは、ミラン(65得点)に次ぐセリエA2位のゴール数(64得点)、そして、合計15人もの選手が得点を挙げたというデータからも明らかである。

今シーズンのセリエAの「トレンド」ともいえる3-4-1-2への対抗策としての4バックシステムとサイド攻撃の重視、攻撃力の高いプレーヤーを豊富に揃えたMF陣を最大限に生かすための1トップ(4-5-1)への移行、「約束ごと」や「メカニズム」よりも個人能力と相互の信頼関係に基づいた創造的なコンビネーションを重視した攻撃戦術の選択、そして大胆なターンオーバー。

ラツィオが、毎週2試合というハードスケジュールの中で、スクデット、チャンピオンズ・リーグ、コッパ・イタリアという「三兎」をあえて追い、そのうち見事に「二兎」を射止めることができた背景に、エリクソン監督の採ったこれらの「選択」が大きな位置を占めていることは間違いない。

チームにどれだけ豪華な顔ぶれが揃っていても、彼らが持てる力を最大限に発揮できる環境を(戦術、メンタルの両面で)作ることができなければ、長いシーズンを戦い抜いて大きな「結果」を得ることはできないのである。

About tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。

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