2014年10月14日 監督・戦術

イタリア通信076:トラパットーニの賭け (10.1999)

◆10/24(日)
「私の進退をクラブに預ける。もしクラブが適切な代役を用意しているのなら、すぐに身を引いても構わない。フィオレンティーナは病んでいる。強力な抗生物質による治療が必要だ。毎試合毎試合、つまらないミスや不注意で試合を落とし続けるわけにはいかない」

ピアチェンツァ戦(アウェイ)を0-2で落とし、3連敗となったフィオレンティーナのジョヴァンニ・トラパットーニ監督は、試合直後のプレスルームでこうまくし立てた。

トラパットーニが今シーズン、これまで彼のサッカーの基本であった、リベロを置いたマンマーク・システムをあえて捨て、ゾーンで守るフラット3に守備システムを変更、さらに、前線に並べた3人のFWをルイ・コスタが支える3-4-3を導入するという大きな「改革」をチームに施して開幕に臨んだことは、以前すでに取り上げた通り。

トラップ自身が掲げた「計算されたリスク」というキーワードが表すように、相手に試合の主導権を渡しても、前線の3(+1)人のスピードあるカウンターアタックに賭ける、というのがその狙いだった。しかし、開幕直前のバティストゥータの怪我、ミヤトヴィッチの不調などもあって、チームとしての完成度が高まらないまま、序盤戦が過ぎていく。

9月後半、チャンピオンズ・リーグでバルセロナに一方的にゲームを支配され、「惨敗」といっていいほどの敗北(2-4)を喫してからは、マスコミの批判やサポーターの抗議にも火がつき、この数試合のフィオレンティーナは、周囲のプレッシャーが高まるのに比例するようにチームも更に萎縮するという悪循環に陥っていた。

これはまさに、ビッグクラブが崩壊していくときの典型的な「症状」。昨シーズンのインテルやユヴェントスもそうだったが、一旦狂いだした歯車をもう一度噛み合わせるのは簡単なことではない。

しかし、3日後には、チャンピオンズ・リーグの1次リーグ勝ち残りがかかったウェンブレーでのアーセナル戦が控えている。そこにこの爆弾発言。
 
「トラパットーニの気持ちはわかる。しかし、この時期に監督を替えることはまったく考えていない。今は、クラブ、チームの全員が団結して苦境を乗り越えるための力を見出すべき時だ。明日、役員、監督、選手全員が顔を合わせて、問題をはっきりさせるつもりだ」
(ルチャーノ・ルーナ代表取締役)

◆10/25(月)
トラップの辞任発言が大きな驚きと共にマスコミを賑わす。一部では、トラパットーニとクラブ首脳の間にはすでに修復不可能な亀裂が走っており、アーセナル戦の結果にかかわらず、トラップは自ら辞任することになるだろうという観測も出始めた。後任には、グイドリン、スカーラ、カスタニェールといった名前が挙がる。

「クラブが監督の辞意を受け入れなくて良かった。チームの結束は堅い。問題は精神的なところにある。変な不安にとりつかれて、本来の力が出し切れていない。ピアチェンツァでは、試合終了間近にゴールを喰らったところで、みんな一気に力が抜けてしまった。以前ならこんなことは起こらなかったんだけれど…。今はとにかく前だけを見て、立ち直る力を絞り出すしかない」
(ガブリエル・バティストゥータ)

◆10/26(火)
アーセナル戦を翌日に控え、緊張が高まる。この試合、負ければ勝ち残りの可能性はゼロ。引き分けでも、勝ち残れるのは最終戦でバルセロナに勝った上でアーセナルの結果待ちという苦しい状況。しかし、もし勝てば逆にアーセナルを蹴落としての勝ち残りが確定する。フィオレンティーナにとっては、トラップの進退も含め、シーズンすべてが賭かっているといってもいい重要な一戦である。
 
「チーム全員に、ピアチェンツァ戦の後に辞意を口にした理由をはっきりと説明した。我々が本来持っている力を、ピッチの上で100%発揮しなければならない時が来た。そのためには少々の荒療治も必要だ。インテルやバイエルンを率いている時にも、同じような手段に出たことがあるが、その時ははっきりと効果が出た。

今回どうなるかは、明日の試合が答えを出してくれるだろう。いずれにしても、私の去就は明日の結果にかかっているわけではない。一旦進退を預けた以上、決めるのは私ではなくクラブだが…」
(トラパットーニ監督)

◆10/27(水)
背水の陣で臨んだアーセナル戦。フィオレンティーナは試合開始早々から積極的に攻め込み、ディフェンスでも中盤からの厳しいチェックで相手の攻撃の芽を摘みにかかる。特に、相手の攻撃のキーマンともいえるオーフェルマルスには、ディ・リーヴィオに加えて初めてスタメンで起用されたロッシットが常に2人で対応し、突破を許さない。最近の数試合とは打って替わって、気迫あふれる戦いぶりである。

とはいえ、フィオレンティーナのなりふりかまわぬ全力疾走が息切れの兆候を見せ始めた前半半ば過ぎからは、1対1で勝るアーセナルが、ヴィエイラ、オーフェルマルス、ベルカンプなどを起点に攻勢に転じ始めた。しかし、フィオレンティーナも決定的なチャンスを与えることなく持ちこたえ、前半は0-0で終了。

後半に入ってからもアーセナルが優勢のまま試合が進む。フィオレンティーナは押し込まれながらも何度かカウンターを試みるが、フィニッシュには至らず。後半25分を過ぎたところで、もう一押しで試合を決められると見たアーセナルのヴェンゲール監督は、右サイドバックのディクソンを下げ、3人目のFW・スーケルを投入する。

しかしその直後、左サイドでのボール奪取からドリブルで中央に持ち込んだハインリッヒから、それまでほとんど消えていたバティストゥータにパスが通る。2タッチ目で縦に切り込みマーカーのウインターバーンを振り切った“バティゴール”は、右サイドほとんど角度のないところからファー側のクロスバー下に右足で叩き込んだ。1-0。

残りの15分、フィオレンティーナはただひたすらアーセナルの猛攻を耐え続けた。前線にバティストゥータ1人を残し、残る9人はほとんど自陣ペナルティーエリア内に張り付き、取り返したボールはやみくもに大きく蹴り返すだけ。最後の5分は、おそらくすべてのボールをスタンドに蹴り込んだのではないか。

永遠に終わらないかのように感じられた4分間のロスタイムを経て、主審のホイッスルがピッチに響きわたった瞬間、選手全員がキャプテンのバティストゥータに駆け寄り、抱き合った。

「イギリス人たちは、また『イタリアのいつものカテナッチョにやられた』というだろう。確かに、スペクタクルという観点から見れば、勝っていたのはアーセナルの方だ。しかしトラパットーニはこういう試合で何が最も大事かを知り尽くしている名監督だ。それがはっきり表れた試合だった」
(アッリーゴ・サッキ/元イタリア代表監督、TV解説者としてのコメント) 

「私が石を投げ、水面に波が立った。一言でいえばそういうことだ。私がチームに期待していたのは、まさにこういう戦いぶりだった。私はこれまでにも何度かこういう経験をしたことがある。その時と同じように、チームにとってこの勝利が大きな転換点になってほしいと思っている。これで、大きな困難に直面してもそれを乗り越えるだけの力を得たはずだから。いい試合をしたのは間違いなくアーセナルの方だろうが、我々は耐え、勝利を勝ち取った。重要なのはそちらの方だ。選手たちもそれを100%理解していた」
(トラパットーニ監督)

◆10/28(木)
トラパットーニの辞任発言の目的が、フィオレンティーナが陥っていた悪循環を一気に断ち切るための衝撃をチーム、クラブ、そしてマスコミやサポーターを含めた周囲の環境すべてに与えるところにあったことは間違いない。

今となっては、慰留されるという確信があったからこそ演出できた茶番劇だ、と切って捨てることはたやすい。しかし、もしこのアーセナル戦を落としていれば、トラップが詰め腹を切らざるを得なくなっただろうことも事実である。

また、もし選手たちが監督に対して不満を持っていたならば、この種の「抗生物質」はまったくの逆効果でしかない(例えば今年2月、ユヴェントスの監督だったマルチェッロ・リッピは、同じような状況で同じような発言―事態はより深刻だったとはいえ―をした結果、逆に自らを辞任に追い込むことになった)。

その意味で、トラパットーニにとって日曜日の辞任発言は、「計算されたリスク」というよりは、自らの進退を賭けた「最後の手段」だったと言った方がより的確なように思われる。最も大事な試合を前にして「クラブに進退を預ける」と公に発言するなどということは、誰にでもできることではない。それを堂々とやってのけ、しかもそこからポジティヴな結果を導き出すところが、トラップのトラップたる所以なのである。
 
実は、トラップの辞任発言があった日曜日、クラブに自らの進退を「預けた」もうひとりの監督がいた。彼、セルジョ・ブーゾ(ボローニャ)は、トラップがウェンブレーで見事に「賭け」に勝ったその日、前日のコッパ・イタリアでサンプドリアを2-0と葬ったにもかかわらず、ガッツォーニ・フラスカーラ会長から「お役御免」を言い渡されている。

後任は、皮肉なことに、トラップの後がまとしても一番手に挙げられていたフランチェスコ・グイドリンである。
 
「どうしてトラパットーニのように、会長に進退を預けたことをマスコミに言わなかったかって?それは、私がトラパットーニではないからだ。あんなことができるのはトラップだけだよ」
(セルジョ・ブーゾ)

About tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。

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