先週の木曜日、ヴェネツィア近郊のモリアーノ・ヴェネトでヴェネツィアとブレシア(セリエB)の練習試合を観戦した。「ヴェネツィアの名波」のプレーを見るのはもちろん初めてである。
 
両チームとも、標高1000mを超える高地での第一次キャンプを終え、平地に降りてきたばかり。フィジカル・トレーニング主体のフェーズから、約1ヶ月後の開幕に向けて、フォーメーションと戦術を固めつつある段階である。

しかもこの日の気温は30度を超えていた(キャンプ地との気温差は20度近い)。といえば、どんな内容のゲームだったかは察しがつくだろう。どの選手も動きが重く、ゲームの展開もスロー。決定機らしい決定機もほとんどないまま、中盤でのつぶし合いに終始し、0-0で前半が終了する。

前日の練習でアキレス腱を痛め、出場が危ぶまれていた名波は、大半の選手が入れ替わった後半からの出場。それまでの練習試合と同様、3-5-2の中盤、左インサイドに位置する。

しかし、この日のヴェネツィアは右サイドからの攻撃が多く、名波がボールを触る機会はなかなか訪れない。最初は、まだチームメイトの信頼を得るところまで行っておらず、パスをつけてもらえないのかと思ったが、後で聞いたところによると、ここまでの戦術練習は大半が右サイドからの攻めに費やされてきており、左からの組み立てはチームにとってもこれからの課題だとのこと。

しかし、一旦ボールを持つと、その存在感はチームの中でも際立っていた。何よりも、20回前後触ったうち、失ったボールは皆無(危険なバックパスが1本だけあったが)。複数の相手に囲まれても慌てることなくボールをキープし、きちんと味方に渡す。

自らドリブルで突っかけていくケースはほとんどなかったが、その分、タメを作って攻撃の起点になろうという意図が感じられるプレーが多かった。

2000人ほど集まった観衆をどよめかせる決定的なラストパスも2-3本あったが(いずれもFWにフリーでのシュートチャンスを与える素晴らしいパスだった)、残念ながら得点には結びつかず。試合は結局0-0のまま終わったが、名波のプレーぶりは、レギュラーとして十分通用すると感じさせるポジティヴなものだった。
  
試合後、たまたま観客席で目の前に座っていた90/91シーズンのユヴェントス監督、ジジ・マイフレーディ(このところ失業中)に、名波の印象を聞いてみた。

「高い技術と戦術眼を持った非常にいい選手だ。テクニックだけ見れば、今日の両チームの選手たちの中では、間違いなく一番上手い。イタリアサッカーのアグレッシヴさ、プレーのスピードの速さに対応できれば、十分通用するだろう。これは、技術というよりもメンタリティの問題だから、これから段々身に付いていくだろうと思う」

この「技術的には申し分ない、あとはメンタリティの問題」―という声は、ブレシアのバルディーニ監督やヴェネツィアのマロッタDSからも聞かれた。

要するに、イタリアサッカーのスピードを身体で覚えること、どんな状況でも気後れすることなく積極的なプレーを選択すること、相手に一目置かせるアグレッシヴさを「態度」としても身につけること(ダーヴィッツになれ、というわけではもちろんないが)などが必要、ということだろう。

確かに、この日の名波のプレーは、アグレッシヴというよりはエレガントという形容詞の方がよほど似合うものだったし、絶好の位置からのFKをチームメイトに譲るところなど、「奥ゆかしい」という言葉すら頭に浮かんだほどだった。中田的(?)なふてぶてしさがもう少し欲しい、と思ったのはぼくだけではないだろう。
 
マロッタDSがもうひとつ、課題として指摘していたのは言葉の問題。こちらはまだイタリアに来てから1ヶ月足らずとあって、ピッチの上を別とすれば、まだチームメイトとのコミュニケーションは十分とはいえないようだ。

インタビューに答えるのも、今のところもちろん日本語。この日は、暑さと疲労のせいもあってか、地元マスコミへの対応もぶっきらぼうなものだった。
通訳:スパッレッティ監督はどう?
名波:真面目。
通訳:ジュビロの時はどうだった?
名波:もっと自由。

通訳を介した日本語のやりとりは文字通りこれだけ。ほとんど会話にすらなっていない。これを通訳は「スパッレッティ監督の指導法は独特なものです。ジュビロでは選手がもっと好きなように動いていました」とイタリア語で伝え、翌日の地元紙には「日本のサッカーはずっとアナーキーだった」という「名波のコメント」が載った。

最初の数ヶ月はこれでも許されるのだろうが、やはり言葉はなるべく早く身に着けるに越したことはない。

昨シーズンの中田も、シーズン後半になっても通訳を介していたことで、プレーはともかくパーソナリティーとしては「ミステリアスで寡黙な東洋人」というイメージが払拭できなかった(今シーズンからは、直接イタリア語でインタビューに答えるつもりだという話なので、イタリアの「中田観」もまた変化するだろう)。

同じイタリア語がまったくしゃべれない新外国人でも、シェフチェンコ(ミラン)などは、イタリア語のレッスンまでもマスコミに公開し、片言で二言、三言しゃべって見せることで、好感の持てるパーソナリティーを演出しようと努力している。

ここまでやれとは言わないし、マスコミに対して饒舌になる必要があるとも思わないが、こうしたパブリック・イメージ対策も多少は意識した方がいいかもしれない。少なくとも「男は黙って…」というのは、イタリア人には理解できないメンタリティなのだから。
 
マロッタDSは「ここまでの名波には非常に満足している。まだ完全にチームに溶け込んだとはいえないが、毎日の進歩ははっきりと見て取れる。これからもっと良くなるだろう」と語っている。

セリエAの開幕まであと2週間強。名波の本当の戦いは、8月29日、ホームでのウディネーゼ戦から始まる。ヴェネツィアの目標はセリエA残留。攻めるよりも攻め込まれる方が、また勝ち星よりも引き分けと負けの方がずっと多い、厳しい戦いが続くだろう。名波の健闘を期待したい。
 
(「99/2000シーズンに向けて」の3回目は次回お送りします)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。