ここに面白いデータがある。イタリアの大手調査会社AbacusによるセリエA、B各チームのサポーター数の推計である。今回は、このデータを眺めながら、イタリアのサポーター事情を見てみることにしよう。

他のサッカー・ネーションにおいてと同様、イタリアでもプロサッカークラブが基盤としているのは日本でいうところのホームタウン。しかし、ユヴェントス、ミラン、インテル、つまり歴史と伝統を世界に誇る「ビッグ3」ともなると、それはもうあてはまらない。

上の表を見ていただければ一目瞭然、本拠地の人口を遙かに上回るサポーターを持つ「全国区」であり、この3つのクラブで全サポーター数の半数以上を占めているのである。セリエAやBのクラブを地元に持てる幸福な都市は、イタリアでもほんの一握りに過ぎない。それ以外のところに住む人々は、やはりこうしたビッグクラブに流れることが多くなるわけだ。

ダントツの人気を誇っているユヴェントスは、1000万人を越えるサポーター(男女比は53:47とほぼ半々)をイタリア全国に持っている(地元ピエモンテ州のサポーターは全体の1割強を占めているに過ぎない)。

サッカーファンの3人にひとり、イタリア人の5人にひとりはユヴェンティーノ、ということになる。まあ何というか、読売ジャイアンツのような存在である。ユヴェントスのホーム、トリノのスタディオ・デッレ・アルピに行くと、とんでもなく遠い都市の名前が書かれたファンクラブの横断幕を目にすることがしばしばある。

年に1度か2度、地元のファンクラブでバスを仕立てて、はるばるトリノまで「デッレ・アルピ詣で」をするのが、イタリア各地に散らばるユヴェンティーニたちの最大の楽しみなのだ。ひいきのチームは、やはりホームで応援するに限るのである。

全国にファンを持つことではミラノの2つのクラブも同じだが、人数でいえば、ミラニスティとインテリスティを合わせて、やっとユヴェンティーニに対抗することができるというところ。ミラノの中に限れば、かつては社会階層でいうと中産階級以上はインテル、労働者はミラン、また政治的には「右」のインテリスティ、「左」のミラニスティというふうにかなりはっきりとした「区別」があったのだが、これも今ではもうほとんど消え去ってしまっている。ミラニスティの方が少し多いのは、最近の成績の差だろう。
 
この「ビッグ3」に続くサポーター数を誇るのは、今シーズンBに転落してしまったナポリ。人口100万人規模の大都市ではシチリア島のパレルモを除き唯一、プロクラブをひとつしか持たないこの町では、市民全員がナポリのサポーターだといっても大げさではない。

さらに、職を求めて北イタリアに移民した多くのナポリ(そしてカンパーニア州)出身者も、大きな支持基盤である。「ビッグ3」と違うのは、ナポリには地元(出身も含む)の人々以外のサポーターが非常に少ないこと。

ナポリというカオティックな都市がイタリアの他の地域の人々から少々特殊な目で見られているのと同様、そのシンボルのひとつであるナポリというクラブも、非ナポリ人からは敬遠(しばしば嫌悪)されているのである。

カリアリがこれほど多くのサポーターを持っているという事実には、驚かれる読者も多いかもしれない。

離島サルデーニャの州都であるこの町の人口は20万人ほどに過ぎないが、C2のトーレスを除けばこの島唯一のプロクラブであり、ユニフォームの胸に地元の重要な産品であるペコリーノ・サルド(羊の乳から取れるハードタイプのチーズ。特に熟成したタイプが美味)のロゴマークを入れて戦うカリアリは、160万島民の希望の星なのだ。やはり数多いサルデーニャから北イタリアへの移民も、もちろんその大部分はカリアリのサポーターである。
 
「地域性」を濃く帯びたこの2チームに続くのはフィオレンティーナ。100万人というのは意外なほどに多い数字だが、フィレンツェとその周辺はもちろん、「ビッグ3」ほどではないにせよ、全国にファンを持っているということなのだろう。

それと比べると、首都ローマの2つのクラブは、ナポリやカリアリほどではないが「地域性」が濃い。人口277万人を数えるものの地方出身者も少なくないローマでは、ローマかラツィオか、という議論は地元民だけの問題なのだ。

ロマニスティにいわせると「ローマはローマ市民のクラブ。ラツィオはローマ以外のラツィオ州の田舎者のクラブ」ということになるし、ラツィアーリにいわせると「ローマは町中の貧乏な大衆のクラブ、ラツィオは郊外の裕福な中産階級のクラブ」ということになる。

いずれにしても、生粋のローマっ子にロマニスタの方がずっと多いのは事実だろう。ミラノと同様、ここでも政治的なコントラスト(ローマが「左」、ラツィオが「右」)は消えつつある。
 
その次に来るのはトリノ。実際のところ、人口100万人を誇るトリノ市民には、ユヴェンティーニよりもトリニスティの方がむしろ多い。この数年はセリエBに低迷しているものの、スクデット7回を誇る名門は、ユーヴェが「イタリアのクラブ」であるのに対して、「トリノのクラブ」であり続けているのだ。

続くボローニャ、サンプドリアはまだそうでもないが、ここに顔を出していないクラブになると、同じセリエAでも、クラブの支持基盤はほぼ完全に地元ということになる。

セリエBの大半のクラブも含め、大きな基盤を持たないこれらにとっては、セリエAでビッグクラブに互して戦い続けることだけでも十分誇れることであり、UEFAカップの出場権を得てヨーロッパの舞台を踏むことが、おそらく望みうる最大の栄光、ということになる。

その中では唯一の例外が、いわゆるビッグクラブの中で唯一ここに名前のないパルマ。人口17万人の地方都市を本拠地とし、’90年まで一度もセリエAに上がったことのなかったこのクラブは、世界に向けた「宣伝媒体」としてクラブを位置づけ、莫大な資金を投下してくれるパルマラット(地元の国際的乳業・食品会社)というパトロンを得て、一気にセリエAの主役に躍り出た。

いわば「プロサッカーのビジネス化」の申し子というわけだが、今のところ、この例に倣おうという大企業は見当たらない。

今年のセリエBでは、パルマラットと同じ目的でF1、バレー、バスケットのチームを持っているあのベネトンが本拠地を置く町のクラブ、トレヴィーゾが有力なA昇格候補となっているが、ルチャーノ・ベネトン社長は「サッカーはオーナー企業の露出度が少なすぎて、宣伝媒体には向いていない」と冷たい素振りである。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。