イタリア通信025:番外編・「中田報道」をめぐって (08.1998)

久しぶりの一時帰国が思ったよりも長引き、なかなか「イタリア便り」をお伝えできないまま9月に入ってしまった。「お隣り」の西部謙司氏が少し前に書いておられた通り、日本発の「VIEWS FROM EUROPA」では看板に偽りありもいいところなので、西村編集長にお願いしてお休みをいただいていたのだが、今週からとりあえず、日本発の「番外編」という変則的な形ではあるが、再開させていただくことになった。

もちろん、今月半ばにはイタリアに戻る予定なので、次号かその次からは、正真正銘の「イタリア便り」がお送りできるはず(ホームページ「TIFOSISSIMO!!!」の方も9月20日前後には再開の予定)。というわけで、今後とも御愛読のほどをお願いいたします。

さて、この夏、イタリアサッカー関連で最も話題になったのは、やはり中田のペルージャ移籍だろう。例の契約問題もあって、ほとんど毎日、現地発の情報が日本のメディアを賑わすという状況が続いている。そのこと自体は喜ぶべきことなのだろうが、その一方で、日本から大挙押し掛けている取材陣と中田との間にはトラブルが絶えないようで、これにはちょっと嫌な気分にさせられる。

ぼく自身は現地の状況を直接見聞きしたわけではないし、日本のメディアの「中田報道」を詳細にチェックしているわけでもないのだが、それでもある程度想像がつく部分はある。要するに、「取材」のルールとそれにもとづく信頼関係の問題なのだ。

御存じの通り、イタリアのスポーツ・マスコミの情報量は日本のそれの比ではない。3紙あるスポーツ新聞は毎日20ページ近くを「カルチョ」のために割くし、一般紙やTV(全国からローカルまで)の扱いも日本とは比較にならないほど大きい。よく毎日これだけネタがあると思うくらいだ。

しかし、それらの情報を取るのに、イタリアの記者たちが選手や監督を日がな一日追い回しているかというと、まったくそんなことはない。記者たちが足を運ぶのは、原則として(あくまで原則としてだが)練習場とスタジアム、そしてクラブの事務所などオフィシャルな場に限られている。オフィシャルな場、というのはつまり、選手や監督が「プロフェッショナル」として、マスコミの取材に応ずる義務が生じる時間と場所、ということである。

プロのサッカー選手として給料をもらっている以上、マスコミのインタビューに答えるのはもちろん義務だが、それは「仕事中」に限った話。それ以外のプライヴェートな時間は「不可侵」であるという不文律があるのだ。

もちろん、完全にそれが守られているわけでは決してないが(例えば、デル・ピエーロは昨年、マスコミ報道が原因で―もちろんそれだけではないだろうが―トリノ市内のあるバールで働いていたガールフレンドと別れている)、少なくともその原則に基づく信頼関係を壊さないという配慮は、取材する側も一応は欠かさない。

通常、選手への取材は、選手の車が練習場の敷地に入った時から始まり、練習が終わって車がそこを後にするときに終わる。しかし、取材の機会は、クラブの広報担当者立ち会いのもとプレスルームで行われる記者会見だけというわけでは決してない。選手たちは、練習の前後、駐車場の出入り口で待ち構える記者たちを見れば、わざわざ車を停め、窓を開けて(あるいは車から降りて)、短いインタビューに「個人」として答えたりもするからだ。

さらに、まったくプライヴェートに属する時間に行われる取材もある。いうまでもないことだが、それらはあくまでこの信頼関係が前提である。そしてそれは本来、やはり「プロフェッショナル」であるジャーナリスト(ちなみにイタリアではほぼすべての記事が署名入りである)が、時間をかけて築きあげるべきものなのである。

中田と日本のマスコミのトラブルを見る限り、両者の間にその種の信頼関係がほとんど築かれていないのは明らかだろう。ルールをわきまえることもなくひたすら中田を追い回す取材陣とそれに苛立った中田の問題発言。いずれも「プロフェッショナル」としては失格だと言わざるを得ないが、個人的には、中田には同情の余地があるように思える。少なくとも、原因となっているのは取材陣の一方的な「侵犯行為」の方で、彼自身は「プロフェッショナル」として振る舞おうとしているのだから。

これはぼくのような駆け出しが言うことではないかもしれないが、取材する側も「侮辱された」と怒る前に、自らの「仕事の質」を問い直すべきではないか。もちろんそれぞれの立場や利害というものもあるし、現場は現場で必死にならざるを得ないという事情は理解できるのだが、かといって、そうまでして取り、日本で賑やかに伝えられる「中田報道」が受け手にとって満足できる内容かというと、必ずしもそうではないような気がする(少なくともぼくは不満である)。

そもそも、取材相手に最低限の敬意さえも払ってもらえないというのは、見方によっては、「プロのジャーナリスト」としてかなり恥ずかしいことではないかという気もしてしまうのだが…。

About tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。

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