「イタリア代表の歩み」シリーズがやっと完結したので、一応ワールドカップつながりとはいえまったく毛色の違う話題で、通常路線に復帰することにします。

ここで取り上げられたような事件は、2年前のワールドカップではまったく起こらなかったわけですが、ヨーロッパ各地のゴール裏の「右傾化」は安定的に進展しているようです。直接は関係ありませんが、イタリアでもスペインでもフランスでもイギリスでもドイツでも、政治は右の方に傾いて行っているし。

右か左かというのはもはや本質的な問題ではないような気もするのですが、嫌だなあと思うのは、政治も含めた世の中の空気が、立場を異にする他者への不信>不寛容>排除というベクトルに向かっているように感じられることです。

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3月20日月曜日、いつものように新聞各紙に目を通していたら、イタリア三大日刊紙のひとつ『ラ・レプブリカ』の国際面に、剣呑な見出しを見つけた。
「ワールドカップを火の海にしてやる」ネオナチサポがブラウナウに結集

小見出しには<開催都市での暴動とナチ礼賛行為を準備する極秘集会>とある。ブラウナウは、オーストリアのドイツ国境にある、木工を主な産業とするちっぽけな町だが、歴史上、アドルフ・ヒトラー生誕の地として知られ、ナチストにとっては聖地に等しい場所である。

そのブラウナウで19日の日曜日、ヨーロッパ各地のネオナチ/ネオファシスト系サポーターグループの代表者およそ70人が集まり、6月のワールドカップに合わせ、ナチス復活の旗印の下に彼らが連帯して示威行為や破壊活動を行うべく、その合意形成のための極秘集会が持たれた、というのだ。

記事を書いたのは、同紙ミラノ支局社会部のパオロ・ベリッツィ記者。社会部というと、サッカーは門外漢のようにも見えるが、1年ほど前に同僚と共著で、当時ローマ、今はレアル・マドリードでプレーするカルチョ界最大の問題児、アントニオ・カッサーノのバイオグラフィ『Il mio piede destro(俺の右足)』を書いたという経歴の持ち主だ。そのベリッツィ記者が、どういうルートからかこの集会に潜入し、その内容をスクープしたのがこの記事である。

それによれば、ブラウナウの町に林立する木工所のひとつに集まったのは、イングランド(チェルシー、ミドルスブラ)、ドイツ(バイエルン、シャルケ)、オランダ(フェイエノールト)、イタリア(ローマ、ラツィオ、ヴェローナ、アスコリ、トリエスティーナ)、フランス(マルセイユ)、スペイン(レアル・マドリード)の6か国・12クラブのネオナチ/ネオファシスト系グループの代表者。ほぼ全員が「ナチスキン」と呼ばれる極右のスキンヘッズだ。

場所を提供したホスト役は、地元のクラブ、FCブラウナウ(オーストリア2部)を支持するブルドッグスというグループだが、その中にはオーストリア各地から集まったナチスキンも混じっていたとされる。

このブルドッグスは、昨年、町の近くにあるユダヤ人強制収容所跡を訪ね、そこでわざわざナチ式敬礼をした写真を自分たちのウェブサイトに載せて、クラブから絶縁されたといういわく付きのグループ。今年の1月にこの写真の存在(公開されてから1年以上経っていた)をマスコミが取り上げた時、オーストリアでは大きな社会的事件になった。

集まった各国のグループも、この種の武勇伝(?)には事欠かない。フェイエノールトのゴール裏は、ユダヤ系のクラブであるアヤックスと戦う時には、ガス室の音を真似た「ssssssssssssssssssss…」というコールを浴びせることで知られている。チェルシーのゴール裏も、トッテナム(やはりユダヤ系)とのロンドンダービーでは、同じことをするという。

ラツィオのゴール裏には、ケルト十字(○と+を合わせた図形)をはじめとするネオファシズムのシンボルが林立しているし、かつては左翼だったローマのゴール裏にも、最近はハーケンクロイツが踊っている。レアル・マドリードのゴール裏にはSurというグループがいるが、これはフランコ派のネオファシストである。シャルケのネオナチ系グループは、過激な活動を見咎められてスタジアムから排斥されている。

ちなみにオーストリアやドイツでは、ナチ礼賛やホロコーストの否定はそれ自体が犯罪行為であり、公の場でナチ式敬礼をして「ハイル・ヒトラー」と叫ぶだけで1年を超える禁固刑を喰らうこともあるという。6月のワールドカップに向けても、FIFA、ドイツ当局ともにこの種の動きには非常に神経質になっており、スタジアムやその周辺でそれが起こった時には、問答無用で現行犯逮捕されることになっているといわれる。

この集会に集まった彼らの目的は、まさにそうしたネオナチ/ネオファシズム弾圧・排斥の動きに対し、ヨーロッパ中の極右サポ勢力を糾合し正面から戦いを挑み、ナチズム復活の狼煙を上げることにある。

叫ばれたスローガンは「ナチズムはドイツで生まれた。だからドイツで再生しなければならない」というもの。具体的なアクションプランとしては、警察隊への襲撃、殲滅すべき敵たるイスラム系テロリスト(ドイツに数多いトルコ人、イスラム系参加国のサポーターのこと)への襲撃、ケルト十字やハーケンクロイツなどナチズム、ファシズム系シンボルを掲げ、ヒトラー総統礼賛とホロコースト否定を謳ったパレード(示威行為)などが挙げられたとされる。もちろん、これらはすべて、法の上では犯罪にあたる非合法の行為だ。

この日、ブラウナウに集まったのは70人に過ぎない。しかし、ヨーロッパ主要国の極右(ネオナチ、ネオファシスト)系サポーターグループの構成員を合わせれば、何千人、いや何万人という数になる。そしてドイツは、ヨーロッパのどの国からも、半日も車を飛ばせば到達できる「地続き」の場所なのである。

現時点でこれ以上の情報はない。確かなのは、この計画が部分的にでも現実のものになれば、ワールドカップの開催都市(スタジアムの中よりむしろ外)で大きな混乱が起こる可能性があるということだ。こんな書き方をすると狼少年みたいだが、だからといって、無視していて済む話ではないことは確かである。今後もアンテナを張っておきたい。■

(2006年3月22日/初出:『El Golazo』連載「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。