ユーロ予選もそろそろ大詰めに近づいてきました。イタリアは、フランス、ウクライナ、スコットランドと同じ組という、なかなかハードなグループで、現在フランスと並んで2位。残り3試合を2勝1分で切り抜けても、本大会に出場できないかもしれないというキビシイ状況に置かれています。

天王山となるのは、フランスに2勝してグループ首位に立っているビッグサプライズ、スコットランドとのアウェー決戦(11月17日)。これに勝たないと、スコットランドが他の試合でコケてくれない限り、予選突破は不可能です。

実は、スコットランドとは前回のワールドカップ予選でも同じ組でした。その時はホームで2-0と完勝したものの、アウェーでは1-1の引き分け。今回もホームでは2-0だったんですが……。

というわけで今回は、2005年に対戦した時に、ミラノに大量に来襲したスコットランドサポの皆さんについてのコラムです。

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3月26日土曜日にミラノで行われたワールドカップ欧州予選、イタリア対スコットランド。8万人近いキャパを持つサン・シーロは半分強しか埋まらなかった。

代表マッチ、しかもワールドカップ予選といえば、スタジアムは熱狂的なホームの観衆で満員になるのが普通だろう。ところがイタリアでは、しばしばこういうことが起こる。特にミラノの人々は、ミラン、インテルでプレーするワールドクラスのプレーを普段から目にしていることもあり、代表マッチだというだけで喜んでスタジアムに足を運んだりはしない。スノッブというか、要するにスレているのである。

記者席から見ても、正面のバックスタンドや左手のクルヴァ・ノルド(イタリア側ゴール裏)は入りがまばらで空席が目立つ。その中で唯一、右手のクルヴァ・スッド2階席だけはぎっしりと超満員、紺一色に染まっていた。遥かスコットランドからわざわざ飛んできた陽気なサポーター、“タータン・アーミー”の皆さんである。総勢なんと1万5000人。紺地に白の斜め十字をあしらったセント・アンドリュース旗がいたるところに掲げられている。

すでにこの日の昼間から、ミラノの街は中央駅前の広場も、そしてドゥオーモ(大聖堂)広場も、すっかり彼らの天下だった。ビール腹を紺色のレプリカユニ(まだ肌寒いのに平気で半袖)で覆い隠し、下はおなじみの民族衣装・タータンチェックのキルトとウールの白いハイソックス、そして足下はなぜかみんなワークブーツ。

そんなのが全部で1万5000人、ビール片手に、あてもなく、だらしなく、でも楽しそうに数人ずつのグループでうろうろしている。バグパイプをびろびろ吹き鳴らしているおっさんもいる。ちょっと人数がまとまるとすぐに高歌放吟。これがイングランドサポだと、図体がでかくて凶暴そうな雰囲気を漂わせている連中が必ずいるのだが、スコティッシュの皆さんはなぜかみんな人が好さそうで憎めない。

試合開始前の国歌吹奏の時から、歌声はむしろアウェー側の方が大きかった。ピッチ上で展開される試合の方は、FIFAランキング10位のイタリアが88位(北朝鮮のひとつ上)のスコットランドをほぼ一方的に自陣に押し込める展開となったのだが、彼らはそれにめげるでもなく、陽気に声援を送り続ける。

そしてイタリアが1-0とリードして迎えた後半開始早々、先制して気が抜けたイタリアの隙を突いて二度のビッグチャンスを作ると、タータン・アーミーは一気に勢いづいた。チャンスはいずれもブッフォンの好セーブに阻まれ、その後試合は膠着していったのだが、連中の勢いは止まらない。

後半15分くらいに、試合の流れとはまったく関係なくなぜか「ドレミの歌」の大合唱が巻き起こり、そのままほぼ10分近くに渡って延々と「ドはドーナツのド……」(もちろん彼らが歌ってる歌詞は違うが)というおなじみのメロディがエンドレスでサン・シーロに響き続けた。負けているチームに活を入れる応援にしてはあまりに能天気すぎて、締まらないことこの上ないのだが、ハッピーな気分だけは伝わってくるから、ピッチ上で戦う選手たちにとっても、きっと励ましになるに違いない。

しかし、その声援も空しく試合の方は、後半40分にピルロがこの日2本目となる直接フリーキックでゴールネットを揺らし2-0。イタリアが順当に勝利を収めてグループ首位の座を固め、ドイツに向けて大きく前進した。一方のスコットランドは、これで4試合を終えて2分2敗。グループ6チーム中5位と低迷しており、本大会出場はかなり難しくなった。

これがイタリアなら(あるいは日本なら)、試合後帰途につくサポーターの皆さんの落胆や怒りは計りしれないほど膨れ上がっていたに違いない。しかし、この日の帰り道、ぎゅうぎゅう詰めのトラムで乗り合わせた彼らに、そんな風情はかけらも見られなかった。相変わらず缶ビールを握りしめ、ほとんど聞き取れない強烈なスコットランド訛りで、「あのシュートが決まってたら1-1になってたのによ。いやまったく惜しかったなや」、「でもブッフォンはさすがだべ」なんてこと(たぶん)を嬉しそうに喋って盛り上がっている。そしてまた、みんなでドレミの歌を歌い出すのだった。

その少し前、試合後のミックスゾーンでは、ブッフォンがしみじみこんなことを言っていた。
「向こうのサポーターは素晴らしかったな。アウェーでこんなたくさんのサポーターが応援に来てくれたら、本当に嬉しいだろうね。しかも普段はレンジャーズやセルティックを応援するライバル同士だろうに、ひとつにまとまって代表を応援するんだよ。きっと連中にとって代表の試合はお祭りなんだろうね。イタリアじゃそうは行かないってのはわかってるけどさ……」■

(2005.03.05/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」#22)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。