2003年から2005年まで約3年間、『スポマガWorld Soccer』というメールマガジン(2005年限りで廃刊)に1500字ほどのコラムを寄せていました。その中で、ゴール裏の応援スタイルについて軽く取り上げたものを2本。イタリアのゴール裏カルチャーに関しては、暴力や人種差別の問題も含めて考えさせられるところが色々あって、それについても何度か書く機会があったので、そのうちここでも公開したいと思っています。

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1. サポーターの品格

1ヶ月あまり前、Jリーグの大坂ダービーでセレッソ大阪のサポーターが、オウンゴールを決めたガンバ大阪・宮本の名前をコール、それに対してJリーグが、フェアプレー精神に違反する品格のない行動だとしてクラブに厳重に注意を促した――という記事を読んだ。

フェアプレー精神はごもっともだが、この程度の微笑ましい茶化しやからかいすらも許されず、スタジアムでお祭り気分を楽しんでいる時にまで、模範的な優等生として振る舞うことを強いられるとは何と窮屈なことか、まったくお気の毒様、というのが正直な感想だった。

この種の糞真面目なフェアプレー精神に照らせば、味方を応援するのと同じかそれ以上の情熱を、相手をからかったり貶したりすることに傾けているイタリアのサポーターたちの振るまいは、まったく許し難いとしかいいようがないだろう。

しかし、スタジアムでコールや横断幕を通じた彼らのやりとりを見ていると、確かに品格に欠けること甚だしいが、「からかい」と「侮辱」を分けるギリギリのところで知恵と(ブラック)ユーモアを競い合っているところがあって、顔をしかめたくなるというよりは、思わず微苦笑させられてしまうことが多い。

例えば、最近ミラニスタたちのお気に入りになっているのが、インテリスタをコケにする長い歌。5月のダービー(CL準決勝)ではもちろん、2003年8月29日のUEFAスーパーカップでも、クルヴァ(ゴール裏)中が嬉しそうに歌って盛り上っていた。以下がその歌詞。 

開幕前にはいつものように/インテリスタが大言壮語
スクデットとチャンピオンズ・リーグ/それがお前らクズどもの夢
インテリスタは気が狂いそう/何ひとつ勝てずにもう15年
ヨーロッパは遠過ぎる/ミラノから一歩も動けない
歌いもせず叫びもせず/スタジアムまで来て何やってんだ
大言壮語は勝手だけれど/ミラノを代表するのは俺たちだ
5月5日はお前らが/決して忘れぬ思い出の日
一生勝てない絶対勝てない死んでも勝てない
糞ったれのネラッズーロ
(※5月5日は、インテルがラツィオに負けてスクデットを逃した01-02シーズン最終戦の日付)

これでやりこめられたインテリスタの方は、とりあえず地団駄踏んで悔しがるしかないわけだが、それがまた、次の雪辱に向けたエネルギーになるというわけだ。

日本とイタリア、どちらがいいとか正しいとかいう議論にはあまり意味がない。これは単に文化の違いでしかないからだ。ただ少なくともいえるのは、どちらも少々極端に過ぎるということ。この2つのサポーター文化を足して2で割ったくらいが、スタジアムの空気としては理想的だという気がする。□

(2003年9月2日/初出:『スポマガWorldSoccer』)

2. 横断幕あれこれ

「Non so come insultarvi!(これ以上お前たちをどう罵ればいいのかわかんねーよ)」
これは日曜日のサン・シーロにインテルのサポーターが掲げた、皮肉と自嘲に満ちた横断幕である。ここ10試合のインテルは2勝2分6敗、勝ち点わずか8という目を覆うような成績。このところ自らの応援するチームに抗議やブーイングをぶつけて来たインテリスタも、あまりの体たらくにそれを続ける気力さえなくなってしまった、というわけだ。

日本のJリーグサポーターにとってと同様、イタリアでも横断幕はゴール裏が自らの喜怒哀楽をアピールする大きな武器だ。チームや監督、クラブに対する礼賛・鼓舞や抗議・批判にはじまり、相手チームのサポーターへの挑発やからかい、果ては社会的なアピールまで、毎週、イタリア中のスタジアムのゴール裏には、あらゆる種類の横断幕が踊っている。

今週足を向けたパルマのタルディーニでは、ハーフタイムの10分間だけ、ローマ側のゴール裏にこんな横断幕が出現していた。
「Imprenditori romani svegliatevi! (ローマの実業家たちよ目覚めろ)」
これは、この当日まで続いていたロシア資本によるクラブ買収交渉を、指をくわえて見守っているだけだった地元ローマの財界に対する不満と失望を表明する、ちょっと真剣なアピールである。

しかし、ゴール裏に張り出される横断幕のほとんどは、この手の真面目なものではなく、むしろアイロニーや(ブラック)ユーモアのセンスを競うような内容だ。その多くは露悪的で悪趣味なものだが、中には思わずにやりとさせられてしまうものも少なくない。

最近では、秋のミラノダービーで、クルヴァ・ノルド(ミラン側)に翻ったこれが強烈だった。
「Noi realizziamo vostri sogni(お前らの夢はおれたちがかなえてやる)」
幅40m近いこの横断幕の上には、両手でチャンピオンズ・カップを掲げた絵を描いた巨大なフラッグがクルヴァ全体を覆う。インテルが最後にスクデットを勝ったのは89-90シーズン、チャンピオンズ・リーグに至っては64-65シーズンのことである。
先々週行われた春(というには少々寒いが)のダービーでは、クルヴァ・ノルドの一角に、せめてもの抵抗としてこんな横断幕が張り出されていた。
「14.12.03 avete realizzato vostri sogni(03年12月14日、お前らの夢は実現した)」
この日付はもちろん、ミランがPK戦でタイトルを逃したインターコンチネンタル・カップが横浜で行われた日である。

個人的に記憶に残っているのは、サンプドリアのB降格により久々に実現した99年のジェノヴァ・ダービーで、サンプドリア・サポーターが張り出した横断幕。
「In B per farvi culo(お前らに一発喰らわすためにBに下りてきたぜ)」
負け惜しみもいいところだが、イタリア人のこういう、自分の不幸をネタにして笑い飛ばすようなところは、ぼくは嫌いではない。□

(2004年3月2日/初出:『スポマガWorldSoccer』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。