比較的最近の『footballista』連載コラム。自分の理想のチームを実現することが許されている監督など、世界にはまったく存在しない、ありあわせの選手をやり繰りして何とか機能するチームを作るのが仕事、という話です。

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「この夏、現場に復帰することはない。以前から言っている通り、戻るとすれば代表ではなくクラブの監督としてだが、それも私の欲する状況と環境が整うことが前提だ」

ワールドカップ優勝監督、マルチェッロ・リッピが、1ヶ月ほど前に出したコメントである。世界一のタイトルを手にしたからといって、隠居するにはまだ早い。キャリアの最後にもう一度、ビッグクラブを手がけて納得のいく仕事をしたい、ということだろう。

各クラブが来シーズンに向けた青写真を引き始めた年明け以降、ミランがリッピに白羽の矢を立て交渉を始めた、という噂が飛び交った。火の無い所に煙は立たないというから、この噂にも何らかの真実は含まれていたはずだ。

それによれば、リッピは、首脳陣が温めていたロナウジーニョ獲得のプランを一蹴し、ブッフォン、トーニ、ザンブロッタなどイタリア代表主力クラスの獲得を要求したらしい。もし冒頭のコメントがリッピの本音だとすれば、ミランとのこの交渉はうまくまとまらなかったことになる。

どんな監督にとっても、自分が望むメンバーを集め、満足の行くサポート体制とスタッフを揃えて仕事に取りかかる、というのはひとつの夢に違いない。しかし、そんな夢が叶えられることは、現実にはあり得ない。そもそもプロの監督というのは、出来合いのチームを引き受けて、与えられた環境と限られた予算の中で、望み得る最大の結果を引き出すのが仕事なのである。

ちょっと唐突だが料理に喩えると、一から献立を考え、そのために最高の食材を調達し、道具にも凝り、手間ひまをかけて美味しいものを作るという、「男の料理」みたいな自分勝手は、監督には許されない。重要なのはむしろ、きょう冷蔵庫に入っているものを使って、足りなければちょっとだけ材料を買い足して、それでいかに美味い料理を作るかという、主夫的なやりくりの才覚の方である。

主夫じゃちょっと何だから、プロの料理人に喩えを変えてもいい。監督というのは、つまるところ雇われシェフである。オーナーは別にいて、レストランという器もすでに用意されており、立地も客層も価格帯もすでに決まっている。その店をいかに繁盛させるかが腕の見せどころ、というわけだ。CL優勝を狙うようなメガクラブは、老舗の高級レストランみたいなもの。オーナーは金は持っているけれど色々と注文も多い。

ミランのアンチェロッティは、就任早々の02-03シーズン、ルイ・コスタ、リヴァウド、セードルフ、ピルロと、ファンタジスタが4人もいるチームを押しつけられた。キャヴィア、フォアグラに黒白トリュフを全部使って美味い献立を作れと言われたようなものである。それに応えて今までにないメニュー(4-3-2-1のポゼッションサッカー)を開発し、5年間でCL決勝進出3回、ベスト4が4回という大成功を収めたのは、偉大な手腕としか言いようがない。

しかしそれでもオーナーは、2トップじゃなきゃ嫌だと文句を言い、監督が要らないというロナウドを買い、さらにロナウジーニョの獲得まで目論んでいる。客はしょせん素人だから、有名でわかりやすい高級食材を売りにした方がいい商売になるのだ。

名声を盾にして金満オーナーに自分の要求を突きつけ、名前ばかりで割高な高級食材の購入を断り、シンプルだが良質な食材だけを揃えて、派手さはないがクオリティの高い玄人好みのメニューを作り上げたのがチェルシーのモウリーニョ。

しかし、オーナーが最も望むCL制覇には2年連続で失敗し、今シーズンはついにシェフチェンコ、バラックという高級食材の導入を受け入れた結果、従来からの献立と新しい食材がかみ合わずに、むしろ味を落としてしまった感がある。

高級食材というのは、非常に個性が強く主張のある味を持っているもの。今あるメニューにひとつ加えて画竜点睛になることは稀で、逆にその食材を柱に、その良さを引き出すための献立を組み立てることが必要になる。例えばロナウジーニョのバルセロナがそうだ。しかし、そういう料理は非常に微妙なバランスの上に味が成り立っているので、たったひとつのスパイス(エトー)を欠くだけで、まったく別の味になってしまう。

雇われシェフが自分の理想に近いメニューを作ろうと思ったら、確かな結果を積み重ねながら、オーナーを少しずつ説得し、食材の質を高めたり調理器具や設備を更新したりしつつ、何年もかけて完成度を高めていくしかない。例えばリヴァプールのベニテスは、伝統はあるが立地とオーナーの懐具合に難がある斜陽の老舗を、そういう地道なやり方で建て直そうと目論み、忍耐強く成果を挙げてきている。

彼らと比べるとリッピは、自分のために高級レストランを大改装し、新しい厨房を整え、食材の仕入れから献立作りまで全部任せてくれて、内装にまで口を出させてくれなきゃ嫌だ、と言っているように見える。果たしていまどき、そんな豪気なオーナーがいるのかどうかはわからない。

プロの料理人なら、そこで一念発起して店を出し、オーナーシェフになって三つ星を目指すところなのだろうが、プロサッカークラブというのは、どんなに一流の監督にとっても、とても手に届かないほど高価なもの。理想のチーム作りは、しょせん叶わぬ夢でしかないのである。■

(2007年5月4日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」#107)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。