10月10日のアイルランド戦にドタバタで引き分けたイタリア代表は、無事に南アフリカ行きの切符を手に入れました。試合の詳細は水曜発売の『footballista』に寄せたマッチレポートをご参照いただくとして、それを書いていて、このアーカイヴで「イタリア代表の歩みシリーズ」がやりかけになっていたのを思い出しました。ということで、これから少しずつ、2006年秋以降のアズーリについて書いた原稿をアップして行くことにします。

まずは、ワールドカップ優勝後のチームを引き受けることになったドナドーニ体制の船出について。この後すぐにサン・ドニでフランスと対戦したイタリアは、3-1で完敗を喫することになるのですが、それは次回のお楽しみということで。

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ワールドカップが終わって2ヶ月。日本がすでにアジアカップ予選を戦い始めたのと同様、ここヨーロッパでもすでに、次のビッグトーナメントである2008年欧州選手権(スイスとオーストリアの共催)に向けた予選が始まっている。

ドイツで世界の頂点に立ったイタリアは、リッピ監督の勇退後、年功序列的な色彩が強かった従来の代表監督選考の慣習を覆し、指揮官としてこれといった実績を持たない43歳の若手監督ドナドーニを後任に据えて、新たなスタートを切った。

表面的には、クリンスマン~レーヴ(ドイツ)やファン・バステン(オランダ)、ドゥンガ(ブラジル)といった、サッカー大国の若手監督ブーム?にイタリアも乗った格好だが、実際には、絶対的な有力候補がおらず、かなり場当たり的に選ばれた感がなきにしもあらず。

カルチョスキャンダルの影響もあってイタリアサッカー協会の権力中枢が空洞化しており、絶対的な権限を持つ会長が不在という事情もあって、今回はキャプテンのカンナヴァーロをはじめとする選手たちの意見もかなり影響したようだ。何にせよ、この選択が吉と出るか凶と出るかは、これからの結果次第であることに変わりはない。

で、その結果なのだが、これが芳しくない。8月16日に戦ったクロアチアとの親善試合は0-2で敗戦。これは、ワールドカップ組がひとりも入っていない「Bチーム」だったので参考記録でしかないが、9月2日にナポリで戦った欧州選手権予選の初戦で、FIFAランキング67位(イタリアは2位だ)のリトアニアと1-1で引き分けてしまったのだ。これはちょっと嫌な兆候である。

ドナドーニは、就任当初から「リッピの路線を継承する。大きくチームをいじることは考えていない」と宣言してチーム作りに取り組みはじめた。基本に据えたシステムは、攻撃志向の強い4-3-3。ワールドカップで優勝を勝ち取った4-4-1-1よりも、ずっと前がかりの布陣である。

それでどこがリッピ路線の継承なのか、と訝る向きもあるかもしれない。しかしリッピは、就任からワールドカップ直前までの2年間を通じ、「常に前線に3人のアタッカーを起用する」という攻撃的な姿勢を打ち出して、実際に結果を残してきた。ワールドカップ本番でも、当初は2トップとトップ下を前線に配した4-3-1-2でスタートしているのだ。

結果的に、大会の途中でより守備を重視した4-4-1-1へとシステムを修正、堅固なディフェンスを土台にした手堅いサッカーへの路線変更を通じて優勝を勝ち取ったことも事実ではある。しかしそれは、トップ下で攻撃の中核となるべきエース・トッティがコンディション不良で攻守のタスクをこなし切れず、本来目指していた路線を修正せざるを得なかった結果である。

もしトッティが完調で、トップ下に求められる守備の仕事をこなしながら、攻撃の局面で決定的な違いを作りだせるコンディションにあったら、リッピ監督は4-3-1-2を維持したまま最後まで戦ったことだろう。

そしてドナドーニは今、前任者リッピにとって一種妥協の産物でもあった4-4-1-1の現実路線ではなく、本来打ち出してきた「3アタッカー路線」の方を継承しようとしている。この方向性は、できれば順調に発展してチームとして完成した姿を見てみたいと思わせる、好ましい方向性である。

だが、リトアニア戦でのイタリアは、まだセリエAが開幕しておらず実戦感覚もフィジカルコンディションも十分とはいえないこともあって、コンパクトな陣形を保ち切れずにチームが間延びし、運動量の多い相手に振り回されて対応が後手後手に回るという悪循環で、主導権を握れず思わぬ苦戦を強いられた。相手が明らかな格下であることを考えれば、見るに耐えない内容だったと言うことすらできるかもしれない。

前線にひとり多く人数を割く分、攻守のバランスを取るのが難しい4-3-3というシステムを機能させるために十分な条件(フィジカルコンディションやチームとして練習する時間)が整わないまま、強引に実戦に導入したのが裏目に出た格好である。

その中で唯一、明るい材料といえるのが、1年数ヶ月ぶりにアズーリに戻ってきた天才児/問題児カッサーノのプレーだった。所属するレアル・マドリードに恩師カペッロがやってきたことでモティベーションを取り戻したのか、2年前のユーロ2004でのプレーを彷彿とさせる、トリッキーなドリブル突破でほとんどのチャンスに絡む活躍。

チームが守備に回った瞬間にボールへの興味を失うのは相変わらずだが、それでもイタリアが作り出した3つの絶対的な決定機をすべて演出したことを考えれば、トータルでの収支は圧倒的なプラスである。

トッティが代表引退をほのめかし、デル・ピエーロがもはや斜陽の時期を迎えた今、個人の力で決定的な違いを作り出し、チームを勝利に導くことのできるタレントは、カッサーノ以外にはいない。

まだレアルで実績らしい実績を残していないにもかかわらず、ドナドーニが彼をあえて招集し、背番号10を委ねてピッチに送り出したのも、それを深く知るからだろう。イタリアに残された最後の原石を、何としても世界に誇る宝石にまで磨き上げなければ、アズーリに未来はないかもしれないのだ。

攻撃志向の4-3-3システムとアントニオ・カッサーノ。これが、ドナドーニ監督の下で新たなスタートを切ったアズーリの出発点である。このチームが結果を残しながら順調に成長していくのか、それともこのままきっかけを掴めず路線変更を強いられるのか。フランス、ウクライナと同居する困難な欧州選手権予選を戦うイタリアの最大の注目点はそこにある。■

※注
欧州選手権予選は、UEFA加盟52ヶ国のうち開催国のスイス、オーストリアを除いた50ヶ国を7グループに分け、ホーム&アウェーの総当たりで行われる。本大会出場は各グループの上位2ヶ国(と両開催国)。

イタリアの入ったグループBは、イタリア、フランス、ウクライナ、スコットランド、リトアニア、グルジア、フェロー諸島という7ヶ国。ワールドカップ8強のうち3ヶ国が同居する激戦区である。□

(2006年9月3日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。