イタリア代表の歩みシリーズ(?)その13は、ついにドナドーニ時代に突入。たった2年間で、しかも後味の悪い終わり方をしたわけですが、これから追い追い見て行くように、チームができ上がっていくプロセスは決して悪いものではなかったように思います。

ドナドーニは先日ナポリの監督に途中就任。オーナーであるデ・ラウレンティス会長の全面的な支持を得ており、クラブチームの監督としての手腕が問われるキャリア最大の節目になりそうです。

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1)アルベルティーニが選んだアズーリ新監督

8月も半ばを過ぎ、アルプスの北側ではとっくに06-07シーズンがスタートを切っているのだが、イタリアはまだ何もかもペンディングという状況が続いている。開幕はとりあえず9月10日ということになっているが、あと1週間くらい遅れることも十分あり得るだろう。

国内のゴタゴタが続くのは勝手だが、国際レベルのカレンダーはいつまでも待っていてはくれない。CLはもう予備予選が始まっているし、代表だってあと半月後には、2年後のユーロ2008に向けた予選がスタートするのだ。ぼやぼやしていると、イタリアだけが世界の流れからおいてけぼりを喰らいそうな気配である。

ユーロ2008予選でイタリアが入ったグループBは、フランス、ウクライナ、リトアニア、スコットランド、グルジア、フェロー諸島という、中堅国の層が厚いかなりの激戦区。

しかも、9月6日には早くも、フランス対イタリアというワールドカップ決勝のリターンマッチが、しかもアウェーで組まれている。フランスの皆さんはきっと、手ぐすね引いて待っていることだろうが、イタリアの方は、どう考えても準備万端からはほど遠い状態でこの試合を迎えることにならざるを得ない。

ワールドカップ優勝を勝ち取った指揮官マルチェッロ・リッピが、大会終了後に代表監督の座を自ら退いたのは周知の通り。優勝して勇退という最高のシナリオが実現したことで、本人にとってはめでたしめでたしだったわけだが、大変だったのは後任人事である。

サッキ、マルディーニ、ゾフ、トラパットーニ、リッピと、実績十分の中堅・ベテラン監督が就くのが常だったアズーリ最高指揮官のポストに、ロベルト・ドナドーニという、セリエAでの実績すらほとんどない43歳の若い監督が就任したという結末そのものが、事態の難しさを象徴している。

これまでもこのコラムで何度か触れてきたように、イタリアサッカー界は今、権力の空洞化状態が続いている。なにしろ、頂点たるべきサッカー協会(FIGC)からして、独禁法の専門家であるグイド・ロッシ特別コミッショナーによる経営管理下にあるのだ。この体制は、カルチョの世界が構造的に抱えていた腐敗を一掃するという観点からすれば、確かに一定の成果をあげつつある。

しかし、まさにそれゆえ、代表監督人事という純粋にサッカー的な問題に直面した時には、トップであるロッシ特別コミッショナーがまったくの門外漢であり、自らの責任で意思決定を下せる知見も経験も持ち合わせていないという矛盾に直面することになってしまった。

誰もが納得するであろう自然の流れからすれば、リッピの後任に最もふさわしいのは、ファビオ・カペッロ、カルロ・アンチェロッティのどちらかだった。いずれも文句のつけようのない実績を持った名将であり、いずれは代表監督に、という野心も以前から表明してきた。

しかし、カペッロはレアルの監督を引き受けたばかり。アンチェロッティも、一度はそのレアルの監督就任を内諾しながら、ベルルスコーニ会長に契約解消を認めてもらえずにミラン残留が決まったという状況で、代表監督を引き受けられるようなタイミングではなかった。

この2人の目がないとなると、候補者の顔ぶれはぐっと小粒になってしまう。その当然の帰結として、誰もが納得する人選も不可能になる。選考の過程で挙がった名前は、アルベルト・ザッケローニ(元ミラン、インテルなど)、クラウディオ・ラニエーリ(元ヴァレンシア、チェルシーなど)、ジャンルカ・ヴィアッリ(元チェルシー、ワトフォード)、クラウディオ・ジェンティーレ(U-21代表監督)、そしてドナドーニといったところ。

最高責任者であるロッシ特別コミッショナーに判断能力がないという特殊な状況の中で、選考において大きな発言権を持ったのが、副コミッショナーであるデメトリオ・アルベルティーニだった。

90年代を通してミランとアズーリの中盤を支えた後、04-05シーズンを最後に引退。現役時代からイタリアサッカー選手協会(AIC=プロサッカー選手の労働組合組織)の役員を務めるなど、サッカー界内部の政治に積極的にかかわって広く人望を集めてきた。選手など現場の利害を代表する形で、ロッシ特別コミッショナーの片腕に任命されたことで、弱冠30代半ばで代表監督選考のキャスティングボードを握るという巡り合わせになったわけだ。

そのアルベルティーニが、カンナヴァーロ、ブッフォン、ガットゥーゾ、ピルロといったチーム内のオピニオンリーダーの意見も聞いた上で、最終的に強く推したのがドナドーニだった。周知の通り、アルベルティーニとドナドーニは、ミランで長年ともにプレーしてきた仲である。

ワールドカップで、クリンスマン(ドイツ)、ファン・バステン(オランダ)という、現役を退いて間もない40歳前後の青年監督が結果を残し、今度はブラジル代表監督にもドゥンガが就任するなど、ドイツ大会をひとつの契機にして、代表監督というポストの位置づけには少なからず変化が起こり始めているという印象がある。

十分な経験と実績を詰んだベテラン監督がキャリアの最後を飾る“上がり”のポストではなく、選手と同じ目線に立ってチームをまとめて行こうという若くて野心的な監督の活躍の場に変わり始めている、といえばいいだろうか。

とはいえ、セリエAの監督としてわずか半シーズンの経験しかない若手をアズーリの指揮官に据えるというこの選択が、イタリアにとって大きな冒険であることに変わりはない。世界の頂点に立ったのはいいが、その直後にまた一から出直し、という印象すらある。

というところで、残念ながら紙幅が尽きてしまったので、そのドナドーニ体制の船出と展望に関しては、引き続き次回に取り上げることにしたい。■

2)イタリア代表は斜陽に向かうか

ラテン3国(イタリア、スペイン、ポルトガル)を除くほとんどの国で、新シーズンのリーグ戦が開幕したヨーロッパ。代表レベルでも、欧州選手権(スイス、オーストリア共催)に向けた予選が来週末からスタート、2年後の本大会に向けた新しいサイクルを迎えることになる。

前回お伝えした通り、ワールドカップ優勝国のイタリア代表は、マルチェッロ・リッピ監督の勇退に伴って、43歳のロベルト・ドナドーニを後任に据え、新たなスタートを切った。

選手時代のドナドーニは、80年代から90年代にかけてミランの黄金時代を支え、イタリア代表としても90年(3位)、94年(準優勝)と二度のワールドカップでレギュラーを張った、この時代を代表する攻撃的MFのひとりだった。だが監督としてはまだ実績らしい実績を残しておらず、その手腕は未知数といっていい。

「リッピ監督の路線を継承する。大きくチームをいじることは考えていない。私の色を出して行くのは、チームを掌握し理解してからでも遅くはない」というのが、ドナドーニの就任第一声。ワールドカップで優勝したチームを引き継ぐことを考えれば、これはある意味で当然の姿勢だろう。

しかし、実のところアズーリは、チームとしてのサイクルから見て非常にデリケートな局面にさしかかっている。ワールドカップを戦ったレギュラー陣の多くは、6年前のユーロ2000から主力を張ってきたベテラン。平均年齢は28歳を超えており、出場国中最も高い部類に属していた。

2年後のユーロ2008開催時点で30歳の大台に乗らない選手は、ブッフォン、ガットゥーゾ、ピルロの3人のみ。凖レギュラーだったジラルディーノとデ・ロッシを入れてもたった5人に過ぎない。

まさか、このままのメンツで2年間戦い、ユーロに臨むわけにはいかないだろう。つまり、ドナドーニには、何人かのベテランに引導を渡して世代交代を進めるという、決して簡単ではない仕事が求められているということだ。

だが本当の問題は、これからのイタリアを担うべき「次の世代」に、優秀な人材が育っていないというところにある。

デビュー戦となったクロアチアとの国際親善試合(8月16日)、ドナドーニは、まだヴァカンス明けで調整が遅れているワールドカップ組を一切招集せず、それ以外の選手の中から22人のメンバーを選ばなければならなかった。その顔ぶれが、上のリスト<文末につけました。写真にかぶせて下さい>である。

いわば「B代表」ともいうべきこの招集メンバーには、本来ならばアズーリの次代を担う若手がずらっと顔を揃えていて然るべきところ。ところが現実は、ご覧の通り平均年齢27歳強、下位リーグからスターとして、セリエAの中小クラブでキャリアを詰んできた叩き上げの中堅・ベテランが大部分を占めることになった。

もちろん、それが悪いと一概に決めつけることはできない。今回のワールドカップでも、グロッソ、マテラッツィといった叩き上げの猛者が、イタリアの優勝に大きな貢献を果たしている。彼らのような貴重な脇役は、どんなチームにとっても欠かせない存在である。

しかし、アズーリでチームの中核を担ったブッフォン、ネスタ、カンナヴァーロ、ザンブロッタ、ピルロ、ガットゥーゾ、トッティ、デル・ピエーロといった選手たちは、20歳前後からすでに将来を約束され、20代前半ですでにA代表でプレーしていたエリートだったことも事実である。

彼らはその時点ですでに、絶対的な素質・タレントという点で明らかに傑出した存在だった。そして、ピッチ上で決定的な違いを作り出し、チームを勝利に導くのは、やはり彼らワールドクラスのトッププレーヤーたちなのである。

ところが、現在20代前半の世代を見ると、数年後には代表の主力間違いなしといえるタレントは、デ・ロッシ(ローマ/ワールドカップで肘打ち事件を起こした)とカッサーノ(レアル・マドリード/問題児ぶりには定評あり)、そしてジラルディーノくらい。

それ以外にも「原石」は何人かいるが、まだセリエAで評価に値する実績を残すところまでは行っていないのが実情だ。20代半ばまでに、セリエAのビッグクラブで堂々とレギュラーを張っているくらいでないと、世界レベルで主役として活躍することは難しいのだが……。しかし、かといって世代交代を先送りすれば、数年後の大きな地盤沈下は避けられそうにない。

ちなみにこのクロアチア戦は、内容的にはまあまあ互角だったものの、ディフェンスに綻びが出てミス絡みの失点を喫し、0-2であっけなく敗れることになった。ほとんど全員これが初めての顔合わせだったこと、相手がワールドカップ組を主体とするほぼフルメンバーに近いチームだったことなどを考えれば、この結果そのものは参考にすら値しないものだと言うことは可能だ。だが、この親善試合が、アズーリが将来に向けて抱える大きな問題を浮き彫りにしたことも、また確かなことである。

報道によれば、一時は代表引退をほのめかしたトッティを含めて、ワールドカップ組は全員が、アズーリでのキャリアを続行することを望んでいると伝えられる。優勝の功労者にご退場願ってチームの世代交代を図るのがどれだけ困難かを示す過去の事例は、世界中枚挙にいとまがない。ドナドーニ監督は当面、ワールドカップ組をそのままピッチに送って、ユーロ予選を戦って行くことになるのだろう。アズーリがそのツケを、いつ、どのような形で払うことになるのか、今はまだわからない。

<イタリア代表・クロアチア戦(国際親善試合・8/16)招集メンバー>

GK
アメリア(リヴォルノ・24)、ローマ(モナコ/仏・32)
DF
ボネーラ(ミラン・25)、キエッリーニ(ユヴェントス・22)、ファルコーネ(サンプドリア・32 )、パスクアル(フィオレンティーナ・24)、テルリッツィ(サンプドリア・27)、ザウリ(ラツィオ・28)、C.ゼノーニ(サンプドリア・29)
MF
アンブロジーニ(ミラン・29)、G.デルヴェッキオ(サンプドリア・28)、ゴッビ(フィオレンティーナ・26)、リヴェラーニ(フィオレンティーナ・30)、パロンボ(サンプドリア・25)、セミオーリ(キエーヴォ・26)、モッローネ(リヴォルノ・28)
FW
カラッチョロ(パレルモ・25)、ディ・ミケーレ(パレルモ・30)、ディ・ナターレ(ウディネーゼ・29)、エスポージト(カリアリ・27)、ルカレッリ(リヴォルノ・31)、ロッキ(ラツィオ・29)

(2006年8月16日・23日/初出:『El Golazo』連載「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。