イタリア代表についての原稿は、トラパットーニが監督になった時期くらいから、色々なところで書いてきました。これは、ワールドカップで優勝した後、ドナドーニ体制になって最初の大一番、アウェーのフランス戦のマッチレポート。この後は旧いものから徐々にアップしていくことにします。
ジダンもマテラッツィもいない。
世界一のタイトルが懸かっているわけでもない。
しかし、ベルリンのオリンピア・シュタディオンで演じられた120分間の激闘からわずか59日、その記憶もさめやらぬうちに再びフランスとイタリアが対決するとなれば、「リターンマッチ」「雪辱戦」というストーリーから逃れるのは、誰にとっても難しいことだろう。
宿敵イタリアをホームに迎え撃つフランスがこの試合をどのように待ちわびているか、その空気は、スポーツ紙『レキップ』の当日の紙面に、象徴的に表現されていた。一面の半分以上のスペースを使って、ワールドカップ決勝の試合前に両チームの選手が握手をしている写真があしらわれ、その上に「まったく別のストーリー」という大見出し。もちろんそのココロは「今日はあの時とはまったく異なるストーリー(と結末)が待っている」である。
そして、その期待は、試合開始からわずか1分9秒後に早くも満たされることになる。
キックオフからゆっくりとパスを回すイタリアが、前線のカッサーノに最初の縦パスを入れた瞬間、マケレレとリベリが猛然と襲いかかった。激しいプレスによる挟み込みでボールを奪うと、アンリがスピードに乗ったカウンターで攻め込んで、一気にコーナーキックをもぎ取る。
そのCKのこぼれ球からの2次攻撃、左サイドからガラスが折り返したクロスに、ファーポストに走り込んだゴヴが見事なボレーで合わせてゴールネットを揺らした瞬間、スタッド・ド・フランスを埋めた6万数千人の歓声が一気に爆発した。「ジズー、イラ・タぺー(ジズーが一発食らわせた)」という大合唱が、どこからともなく湧き上がってスタンド中に広がって行く。これが、90分にわたるフランスの完璧な復讐劇の幕開けだった。
ワールドカップから2ヶ月、ユーロ2008予選でも同じグループで戦う巡り合わせとなった両国代表チームの現状は、まったくもって対照的なものだった。
フランスは、ドメネク監督が留任し、メンバーもジダン、バルテズという両ベテランが退いた以外は、ほとんど入れ替わりなし。2年後のユーロ2008に向け、当面は継続路線で進んで行こうという判断である。
一方のイタリアは、チームを世界一に導いたリッピが勇退、その後任には、代表監督には経験と実績のあるベテランが就くというこれまでの慣例を破り、43歳の若手指揮官ドナドーニが指名されて新たなスタートを切っていた。クリンスマン(ドイツ)やファン・バステン(オランダ)がワールドカップで結果を残し、今度はあのドゥンガがブラジル代表の指揮を執るなど、世界の強国では青年監督ブームともいえる動きが起こっている。
イタリアもその流れに乗った格好だが、これが大きな冒険であることに変わりはない。世界の頂点に立ったのはいいが、その直後にまた一から出直し、という印象すらある。
この試合の4日前に行われたグループリーグ初戦の結果も、また好対照だった。フランスがアウェーのトビリシでグルジアを3-0と一蹴したのに対し、イタリアは7万人近い観客で埋まったホームのナポリにリトアニアを迎えながら、1-1の引き分けに終わり、貴重な勝ち点2を取りこぼしてしまったのだ。
そして迎えたフランス対イタリア。
「もうジダンはいないって?ジダンのいないフランスの方がずっと危険だ。前線の運動量はずっと多くなるし、創造性を失うのと引き換えに縦のスピードと敏捷性が大きく高まるのだから」
前日会見でこう語ったドナドーニ監督も、まさかその危惧が、試合開始直後の失点という、最悪の形で現実のものになってしまうとまでは、思っていなかったに違いない。
「あのゴールは本当が痛かった。ああいう形で劣勢に置かれると、時間をかけて用意していたゲームプランなんて何の役にも立たなくなっちまう。アウェーだし、こっちが試合の空気に入って行く以前に、相手に主導権を握られてしまった。最悪の立ち上がりだったよ」
中盤で孤軍奮闘したガットゥーゾは、後になってこう振り返ることになる。
実際、開始直後に1-0となった後も、主導権はフランスのものだった。といっても、単にボールポゼッションの時間だけを見れば、むしろイタリアの方が長かったかもしれない。精神的に優位に立ったフランスは、やや引き気味に布陣し、イタリアが自陣内に入ってきたところでプレッシャーをかけ始める。
そして、局面を進めるために通そうとする縦パスに狙いを定め、ボランチのマケレレ、ヴィエイラが激しい当たりでこれを奪い取ると、そのままの勢いで一気にカウンターに転じ、イタリア陣内深くに攻め込んで危険な場面を作り出すのだ。
イタリアの中途半端なポゼッションと、フランスの鋭いカウンター。その繰り返しが、90分間を通したこの試合の基調低音だった。
フランスの優位をもたらしたのは、ドメネク監督が打った非常に的確な采配だった。本来は最前線中央で1トップを務めるはずのアンリを、左サイドにオフセットしたポジションに張らせ、そこにボールを集めてカウンターの基点として機能させたのだ。
もちろん、本来の左ウイング・マルダもそれをサポートする。これによって、フランスの左サイドでは、アンリ、マルダの強力コンビがイタリアの右SBザンブロッタに2対1の数的優位で相対する状況がしばしば生まれることになった。
おかげで、ザンブロッタは最大の武器である攻め上がりが封じられたばかりでなく、この2人に文字通りきりきり舞いさせられるばかり。悪いことに、それをサポートすべき右サイドハーフのセミオーリが、これが実質的な代表デビュー戦という緊張ゆえか、守備の局面ではほとんど当てにならない。
ザンブロッタが困難に陥るたびに、ボランチのガットゥーゾやCBカンナヴァーロが駆けつけるのだが、今度は彼らが残した中央のスペースに大きな穴が空いて、そこにまた新たな敵が入り込んでくるという悪循環。
17分、アンリが自陣から高速ドリブルで持ち上がって左サイドを深くえぐると、そこにリベリ、マルダ、ゴヴが次々と絡んでイタリアの最終ラインを振り回す。その流れからマルダが放った強力なミドルシュートは、ブッフォンの好セーブに阻まれた。しかし、自他共に認める世界最高のGKにも、そのこぼれ球に詰めたアンリのシュートを止めることはできなかった。
まったくチャンスらしいチャンスが作れないまま、開始20分足らずで早くも2-0。しかも敵地。イタリアはほとんど手も足も出ないように見えた。
ボールを持って攻撃に転じても、組み立ての基点となる中盤のキーマン・ピルロは、トップ下のリベリにきっちりマークされて、時間とスペースを与えてもらえない。個人の力でチームを勝利に導くことのできる唯一のタレントと目されたカッサーノも、フランスの老獪な守備陣にかかっては、ボールに触らせてすらもらえなかった。
普通のチームならば、このままずるずると崩壊しても仕方がないところだが、イタリアも伊達に世界の頂点に立ったわけではない。キャプテンのカンナヴァーロがしばしば口にする「困難な状況に陥るほどに、本当の力を発揮してするのがアズーリの伝統なんだ」と言葉に恥じず、アズーリはここから反攻に転じる。
19分に、ジラルディーノがピルロのFKを頭でねじ込んで2-1とすると、28分にはグロッソが左サイドを駆け上がってクロスを折り返し、そこに詰めたセミオーリがスライディングで合わせるという決定的な同点のチャンスを作り出す。しかし、ボールがゴールラインを越える直前、クペが必死のダイビングで弾き出して得点はならず。
試合はその後も前半終了まで、ややフランスが押しながらも均衡した状態が続く。だが、イタリアの抵抗はここまでだった。
後半に入った55分、それまでにも頻繁に攻め挙がっていたフランスの右SBサニョールのクロスにゴヴが頭で合わせて、決定的な3-1のゴールを決める。その後の30分あまりは、この試合が、59日前のベルリンとは「まったく違うストーリー」であることを確認し、噛みしめるための時間でしかなかった。スタンドには「ジズー、イラ・タペー」というコールが何度もこだましていた。
「はっきり言って、今回はすべてにおいてあっちが上手だったよ。中でも大きかったのはフィジカルコンディションの差だ。イタリアはまだリーグ戦も始まっていない。俺たちの多くは試合のリズムや戦いの空気に身体が馴染んでいなかった。相手の方がスピードがありよく走るから、それについていけないこっちは、常に後手後手に回るようになる。それが一番の問題だった。つまるところ、フィジカルコンディションの問題だよ」
こう振り返るガットゥーゾの言葉が単なる負け惜しみに響くほど、この日の両チームの力の差は明らかだった。確かに、フィジカルコンディションの差は明白だった。
しかしそれ以上に明らかだったのは、試合を決定づけるべきプレーヤー、すなわち前線の攻撃陣の質の違いだった。
システムに多少の違いはあるが、攻撃を担うのが、2トップ(あるいは1トップ+トップ下)に両ウイングを加えた4人であることに違いはない。フランスのアンリ、リベリ、ゴヴ、マルダは、スピードを生かしたドリブル突破と正確なコンビネーションで、イタリアの守備陣を翻弄したのに対し、イタリアの4人(ジラルディーノ、カッサーノ、セミオーリ、ペロッタ)は、一度として独力で局面を打開することができなかった。
中でも失望させたのはカッサーノである。4日前のリトアニア戦では、2年前のユーロ2004でのプレーを彷彿とさせる、トリッキーなドリブル突破でほとんどのチャンスに絡む活躍を見せたが、この試合ではまったく存在感を示せぬまま、後半28分に途中交代。
チームとしての成熟の頂点でワールドカップを勝ち取ったイタリアは、いま世代交代の局面に入ろうとしている。デル・ピエーロが斜陽の季節を迎え、トッティが代表引退をほのめかした今、独力で違いを作り出し決定的な仕事をできるタレントは、この天才児/問題児以外には見当たらない。
まだレアルで実績らしい実績を残していないにもかかわらず、ドナドーニが彼をあえて招集し、背番号10を委ねてピッチに送り出したのも、それを深く知るからだろう。アズーリの未来は、この「イタリア最後の原石」を、世界に誇る宝石にまで磨き上げられるかどうかにかかっていると言っても、決して大げさではないのだ。だがその見通しは、まだとても立ったとは言えない。
実を言えば、世代交代が大きな課題になっているのは、フランスも同じである。この試合を、事実上ワールドカップと同じチームで戦ってものにしたドメネク監督も、この課題を避けてユーロ2008本番までの2年間を過ごすことは不可能だ。
スタメン11人の平均年齢は29歳台に乗っている。アンダー25は、23歳のリベリただひとり。2年前、U-21代表監督を長く務め、若手育成の手腕に定評があるドメネクがA代表の指揮官に抜擢されたのは、ほかでもないこの課題に取り組むためだった。ところが、若手を抜擢して戦ったワールドカップ予選で結果を残すことができず、道半ばにしてジダン、マケレレ、トゥラムという、一度は代表を引退した重鎮たちを呼び戻すことを強いられる。
結果的にはその決断が、ワールドカップ準優勝という成功をもたらしたわけだが、だからといっていつまでも課題を先送りにすることはできない。ジダンが引退したとはいえ、マケレレ、トゥラムが今なお代表の支柱であり続けているとすれば、それは後継者が育っていないからにほかならない。これはフランスの将来にとって大きなアキレス腱である。
いずれにせよ、2年後のスイス・オーストリアを目指すヨーロッパ選手権予選の幕は切って落とされた。2戦2勝(勝ち点6)でスコットランドと並び首位に立ったフランスとは対照的に、イタリアは1分1敗でわずか勝ち点1。ウクライナとグルジアにも先を行かれて、リトアニアと並ぶグループ5位。下には元々蚊帳の外のフェロー諸島しかいないという、思っても見なかった苦境に置かれている。
10月7日に行われる次戦の相手はウクライナ。これまた、ワールドカップ準々決勝の再現という因縁試合である。出場権争いから早々と脱落する危険から逃れるためには、イタリアにとって勝利が絶対の義務。続く10月12日のグルジア戦(トビリシ)と合わせて、ここで勝ち点6を確保できなければ、ドナドーニ監督の足元すら崩れ始めるに違いない。■
(2006年9月14日/初出:『SPORTS Yeah!』)