2008年1月の『ワールドサッカーダイジェスト』に書いた、イタリア主要クラブの育成事情についてのテキスト。アタランタ、エンポリ、ローマ、ミラン、インテル、ユヴェントスについて取り上げています。7年前の話ですが、状況は今もそれほど変わっていません。ミランもやっと育成に力を入れ始めたのが一番の変化でしょうか。
ここで挙がっている(当時の)若手も、その後7年を経た今は、代表クラスから無名のまま消えた選手まで様々。マスコミというのは基本的に「新しもの好き」なので、どうしても10代の若手を持ち上げがちですが、サッカーの世界で本当に大事なのは、18歳でどれだけすごいかじゃなく、25歳になった時に何をしているかの方なんですよね。それは忘れずにいたいと思います。

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現在イタリアの育成をリードしているのは、地方都市の弱小クラブでありながら、この分野に特に力を入れて組織を整え、長期的な視点に立って取り組んできたアタランタやエンポリである。

アタランタ

現在イタリアの育成をリードしているのは、地方都市の弱小クラブでありながら、この分野に特に力を入れて組織を整え、長期的な視点に立って取り組んできたアタランタやエンポリである。

アタランタで17年前からその総責任者(役職はテクニカルディレクター)を務めているのが、選手発掘眼と育成手腕においては最高のマエストロと評価されているミーノ・ファヴィーニ。表に出ることを好まず、ほとんどの日々を育成の現場であるクラブの本拠地ジンゴニアの練習場で過ごしている。

アタランタの育成部門は、イタリアのみならずヨーロッパ中のクラブから育成に関して非常に高い評価を受けており、視察や見学者は後を断たない。事実、コヴェルチャーノに拠点を置くFIGCテクニカルセンターの調査によれば、アタランタは育成においてイタリアでトップ、ヨーロッパ全体でも、レアル・マドリード、バルセロナ、そしてフランスの3クラブに続く第6位の実績を残しているとされる。

この調査の基準となったのは、各国一部リーグでプレーしている選手をどれだけ輩出したか。アタランタから育ったプレーヤーのリストは文字通り長大だ。セリエA、Bの全42クラブの大部分には、アタランタで育った選手がひとりは在籍しているほどである。その中から特に知られた名前を挙げるだけでも次のようになる。

ロベルト・ドナドーニ(イタリア代表監督)、アレッシオ・タッキナルディ(ブレシア)、トーマス・ロカテッリ(シエナ)、ドメニコ・モルフェオ(パルマ)、クリスティアン&ダミアーノ・ゼノーニ(サンプドリア、パルマ)、ルチャーノ・ザウリ(ラツィオ)、チェーザレ・ナターリ(トリノ)、マッシモ・ドナーティ(セルティック)、ロランド・ビアンキ(マンチェンスター・シティ)、ジャンパオロ・パッツィーニ&リッカルド・モントリーヴォ(フィオレンティーナ)……。

現在のプリマヴェーラにも、マッテオ・アンドレオレッティ(GK・89年生まれ)、アンドレア・ロカテッリ(DF・90年生まれ)、ダブレ・ディッサ(MF・89年生まれ)など、注目すべきプレーヤーは少なくない。

アタランタの特徴は、地元ロンバルディア州、とりわけベルガモ県からほとんどの選手を発掘している点にある。地元の多くのユースクラブと連携することによって、優秀なタレントを吸い上げることが可能になっているのだ。また、12−13歳で選んだ選手を時間をかけて育てるため、育成年代を通じて選手の入れ替わりが少ないのも特徴である。

エンポリ

トスカーナ州の小都市を本拠地とするエンポリも、育成部門の組織が非常に充実したクラブである。ファブリツィオ・コルシ会長からして、トップチームよりもむしろユースセクションの動向に注意を払っているほどで、その点では例えばミランとはまったく正反対のメンタリティだといえる。

その象徴ともいえるのが、2年前にエンポリ近郊の小さな村モンテボーロに作られた新しいチェントロ・スポルティーヴォ。フルサイズのピッチ2面(うち1面は人工芝)、より小さいフットサルコートが7面に加えて、プール、クラブハウス、クラブオフィス、そして他州出身選手のための寄宿舎まで備えた、この規模のクラブには珍しいほど充実した施設である。

これほどまでに力をいれているのは、エンポリにとっては育成部門こそがクラブの存在理由といってもいいからだ。人口3万人の小都市のクラブが、ずっと大きな都市のクラブに伍してプロサッカーの世界で生き残って行くためには、育成に特化し優秀なプレーヤーを育てては売ることが不可欠というのが、エンポリの哲学である。

事実、これまで輩出したセリエAプレーヤーも、ヴィンチェンツォ・モンテッラ(サンプドリア)、ファビオ・ガランテ(リヴォルノ)から、アントニオ・ディ・ナターレ(ウディネーゼ)、マルコ・マルキオンニ(ユヴェントス)、マーク・ブレシャーノ(パレルモ)、ヴィンチェンツォ・グレッラ(パルマ)、フランチェスコ・タヴァーノ(リヴォルノ)、アンドレア・コーダ(ウディネーゼ)など、枚挙にいとまがない。

育成部門の総責任者はマルチェッロ・カルリ。地元トスカーナはもちろん、モンテッラ、ディ・ナターレ、タヴァーノが象徴するように、タレントの宝庫ともいえる南イタリア・カンパーニア州にもスカウト網を張り巡らせ、タレントを発掘し続けている。近年、その発掘網は国外にまで及んでおり、その最新の成果といえるのが、バイエルン・ミュンヘンとの競争に勝って手に入れた90年生まれのグルジア代表FWレヴァン・ムケリーゼだ。チームメイトから「イブラ」という愛称で呼ばれるほど、イブラヒモヴィッチと似通っているムケリーゼは、まだセリエAデビューを果たしていないどころか、エンポリではやっとアッリエーヴィからプリマヴェーラに上がったばかりにもかかわらず、代表ではスコットランドを破るゴールを決めて、ユーロ出場の切符をその手から奪い取ってイタリアに届けるという活躍を見せた。プリマヴェーラには他にも、ナポリ出身の得点感覚に富んだFWサルヴァトーレ・カトゥラーノや89年生まれのMFステーファノ・マンゾなど、将来を嘱望される逸材が名を連ねている。

ローマ

ローマの場合、優秀な若手を輩出するという点ではアタランタ、エンポリと同様だが、その背景は少々異なっている。アタランタ、エンポリが専ら育成を経営の根幹に据えた中小クラブであるのに対し、ローマは人口300万人というイタリアの首都に本拠地を置くビッグクラブだ。

ローマの強みはまさに、これだけ人口の多い都市を後背地に持っているところにある。10万人にも満たない地方都市と300万人の大都市では、タレント発掘の対象となる母集団の規模がケタ違いだ。しかも、ローマの子供たちにとってジャッロロッソのユニフォームを着ることは、人生最大の夢なのだ。

こうしてローマには地元から多くのタレントが集まり、セリエAの舞台へと羽ばたいて行く。フランチェスコ・トッティ、ダニエーレ・デ・ロッシに始まり、アルベルト・アクイラーニ、ジャンルカ・クルチまで、トップチームでプレーしている生え抜きは少なくない。さらに、ガロッパ、コルヴィア(ともにシエナ)、チェルチ(ピサ)、スクールト(キエーヴォ)など、セリエA、Bのクラブでプレーするローマ育ちも多い。

テクニカルディレクターのブルーノ・コンティの下、ダニエーレの父でもあるアルベルト・デ・ロッシ監督が率いるプリマヴェーラでは、90年生まれのDFルカ・ジャチンティ、89年生まれのMFジュリアーノ・ファルコといった逸材が注目されている。

ミラン

パオロ・マルディーニは最近のインタビューで、育成部門に力を入れていないミランの現状をはっきりと批判している。その現状は、マルディーニが指摘するまでもなく明らかだ。現在のトップチームで、ミランの育成部門で育った選手は、マルディーニを除けばブロッキとオッドだけ。しかも一度は放出されて、30歳前後で戻ってきたプレーヤーである。

つまるところ、ミランというクラブにとって唯一重要なのは、トップチームが常に頂点を争い続けることであり、それ以外は大した価値を持っていないというのが現実なのだ。資金から人材までのあらゆるリソースは、トップチームの運営に集中的に投下されており、育成部門は提携クラブからの人材供給が中心となっている。プリマヴェーラに関しては、他のクラブから優秀なタレントを大金を投じて引き抜いてくることも厭わないが、これも17-18歳の、すでにほとんど完成された選手に限られており、低い年代からミランが育て上げた選手は皆無であることに変わりはない。

「引き抜き」の典型的な事例は、現在エンポリでプレーするニコラ・ポッツィ(86年生まれ)だ。2004年1月に100万ユーロを超える移籍金を投じてチェゼーナから獲得したが、ミランのプリマヴェーラに在籍したのは半年だけ。その後はいくつものクラブをレンタルで渡り歩き「修業」を続けている。ミランに戻れるかどうかは定かではない。ミランは最近も、91年生まれのDFミケランジェロ・アルベルタッツィを、ボローニャから共同保有で獲得した。最終的な投資額は200万ユーロを超える見込みだ。

マルディーニが指摘したのは、インテル、ユーヴェとの戦略の違いだった。興味深いのは、コッツァ(レッジーナ)からドナデル(フィオレンティーナ)、マルゾラッティ(エンポリ)まで、セリエAにはミラン育ちの選手が少なくないという事実だ。問題は、ミランのトップチームにはそれがいないところにある。かつてはマルディーニ以外にも、バレージ、フィリッポ・ガッリ、コスタクルタ、エヴァーニ、アルベルティーニと、主力の多くがミラン育ちだったことを考えれば、隔世の感がある。

ミランの育成部門は2年前まで、サッキの時代にMFとして活躍したアンジェロ・コロンボが責任者を務め、プリマヴェーラを率いていたフランコ・バレージ(現在はベレッティ監督)と連携して選手育成に当たっていた。だがこの体制で結果が出なかったこともあり、昨シーズンはパオロ・タヴェッジャに責任者の座が委ねられたが、そのタヴェッジャも1年でクラブを去り、現在はスポーツディレクターのアリエド・ブライダが、スカウト兼任のルベン・ブリアーニの助けを受けて育成部門を直接統括する体制となっている。

現在の若手の中で注目すべき存在は、カターニアとのコッパ・イタリアでデビューし、ゴールを決めた89年生まれのFWアルベルト・パロスキ。昨シーズンはアッリエーヴィのエースとして、スクデット獲得に貢献したストライカーで、今季はプリマヴェーラでプレーしているが、今回のドバイ・キャンプにもトップチームに帯同して参加するなど、首脳陣からも高い評価を受けている。昨シーズンすでにセリエAデビューを果たしたDFマッテオ・ダルミアン、プリマヴェーラのゴールを守るダニエル・オフェンディも注目株だ。

インテル

ライバルであるインテルの育成部門は、ミランと比較しても明らかに充実度が高い。総責任者は、フランコ・バレージの兄で元イタリア代表DFのベッペ・バレージ。片腕のピエロ・アウジリオが、イタリアはもちろん外国にまで広がる選手スカウト網を統括しており、プリマヴェーラはもちろんそれ以下のカテゴリーにも興味深いタレントを擁している。マルディーニが指摘する「戦略の違い」で最も大きいのは、まさにこの部分だろう。

インテルが現体制になったのは、ベッペ・バレージがプリマヴェーラの監督から現職に就いた2001年から。その後の6年でインテルが輩出したタレントには、今やヨーロッパ中のビッグクラブから注目を集めるゴラン・パンデフ(83年生まれ・ラツィオ)、ニューカッスルに1600万ユーロという高額で移籍したオバフェミ・マルティンス(84年生まれ・ニューカッスル)をはじめ、ジョヴァンニ・パスクアーレ(82年生まれ・シエナ)、ヘルナン・デッラフィオーレ(85年生まれ・トリノ)、そしてこの夏キヴ獲得に絡んでローマに移籍したマルコ・アンドレオッリ(86年生まれ)などがいる。

バレージとアウジリオは長期的な視点に立った育成プログラムを進めてきた。彼らが現職に就いた2001年に10歳でセレクションを受け、インテルで育ってきた91年生まれの選手たちは、今16歳となってアッリエーヴィでプレーしている。いわば一期生ともいえるこの世代には、大きな期待がかかっている。

だが、現在最も大きな注目を集めているのは、90年生まれのストライカー、マリオ・バロテッリだ。アドリアーノがブラジルに発ってすぐ、マンチーニ監督がトップチームに引き抜いたイタリア生まれイタリア育ちの黒人FW(2006年にC1のルメッザーネから獲得)は、レッジーナとのコッパ・イタリアで2得点を挙げるなど、早速その才能の片鱗を見せつけている。プリマヴェーラでは、すでにハンガリーA代表に名を連ねるアッティラ・フィルコル(88年生まれ)、モンテネグロU-21代表イヴァン・ファティッチの評価が高い。

インテルの場合、マンチーニ監督が育成において果たしている役割も無視できない。プリマヴェーラの選手たちに常に目を配り、機会があれば積極的にトップチームに帯同してチャンスを与えているからだ。就任してからの3年半で、トップチームにデビューさせた選手は22人にも上っている。

ユヴェントス

ビッグ3の中では最も充実した育成部門を擁しているのがユヴェントスだ。プロ契約を交わして他のクラブにレンタルしている選手は、セリエAからC2までを合わせると40人近く、A、Bだけでも17人に上る。現在の総責任者は、かつての名CBチロ・フェッラーラである。

以前、モッジとジラウドの時代に育成部門を仕切っていたのは、ピエトロ・レオナルディ(現ウディネーゼSD)とフランコ・チェラーヴォロのコンビである。レオナルディは育成部門の総責任者であり、チェラーヴォロはスカウト部門のトップだった。2006年、カルチョスキャンダルの直後に現職に就いたフェッラーラは、その後を引き継ぎ、イタリアで最もよく組織された育成部門の維持・発展に力を注いでいる。

現在、ユーヴェの育成部門は17ものチームを擁し、地元トリノを拠点として非常に活発に活動している。現在プリマヴェーラを率いているのは、かつてラツィオでプレーしていたヴィンチェンツォ・キアレンツァだが、その前には10年近い間、現ジェノア監督のガスペリーニがこのポストに就いていた。その当時に育ったのが、現在トップチームでプレーする3人の生え抜き、すなわちパッラディーノ、モリナーロ、ノチェリーノである。ジェノアにレンタルで戻ったクリーシトも、ガスペリーニの愛弟子だ。

彼らに続く世代は、キアレンツァの下で育ち、その多くが現在はレンタル先で「修業」を続けている。その中で頭角を現しつつある、ジョヴィンコ、マルキジオ(共にエンポリ)、デ・チェリエ(シエナ)、ランザファーメ(バーリ)は、遠からずユーヴェに復帰することになるだろう。
 現在のプリマヴェーラでは、デル・ピエーロの後継者と言われるクリスティアン・パスクアート(89年生まれ)、カモラネージ二世と呼ばれるシモーネ・エスポージト(90年生まれ)が注目されている。■

(2008年1月13日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。