今日はミラノダービー。ビッグマッチと言えば欠かせないのが(?)ダフ屋さんです。昔と比べると事情は様変わりしていますが、5年前に書いた当時の最新事情はこんな感じでした。

bar

…手売りからネット経由へ販路が転換

90年代末から00年代前半、イタリアで中田や中村がプレーしていた当時は、彼らが所属していたチームの試合はもちろん、ミラノのサン・シーロやトリノのデッレ・アルピでも日本のサッカーファンとおぼしき方々を必ず目にしたものだった。呼び止められて、あるいは見るに見かねて、ダフ屋との交渉をお手伝いさせていただいたことも一度ならずある。

当時は、とりあえずスタジアムまで行ってダフ屋から買うというのが、最も手軽で、時には最も安く確実なチケットの入手方法だった。イタリアではまだチケットのネット販売が普及しておらず、旅行代理店や現地の代行業者に購入を依頼すると、かなりの手数料を上乗せされるのが常だったからだ。

今ではネット販売が普及したおかげで、クラブのオフィシャルサイト経由で定価購入できるようになった。以前よりはずっと便利になったのは、日本からの旅行者にとってもイタリアの人々にとっても同じである。

反面、ダフ屋の皆さんにとっては生きにくい時代になってきたともいえる。ネット販売の普及に加えて、2007年2月のカターニア暴動以降、その1年半前に導入されていたにもかかわらずかなりの部分有名無実だった記名チケット制が徹底されるようになり、試合開始が迫ったスタジアムで無記名のチケットを高値で売りつけるというビジネススタイルが、通用しにくくなってしまったからだ。

実際、イタリア内務省によれば、この数年でダフ屋の絶対数は20-30%減少しているとされる。とはいえ、ダフ屋という商売自体が絶滅の危機に瀕しているというわけではまったくないようだ。彼らは、サッカー試合はもちろんのこと、ロックコンサートやオペラから各種イベント、飛行機、鉄道、果ては地下鉄まで、あらゆる種類の「チケット」を商売にしているからだ。チケットあるところダフ屋はつきものなのである。その数およそ3000人。ビジネス規模は年商およそ4000万ユーロ(約50億円)にも上るという。もちろん、すべて地下経済である。

記名チケット制になって、試合開始直前の商売がしにくくなった分、彼らが最近力をいれているのがネット経由での前売り販売。発売直後にソールドアウトになってしまうようなビッグマッチ(CLの決勝トーナメントやメガクラブの直接対決など)のチケットも、どういうわけか彼らの手元にはそれなりの量がしっかり流れ込んでいる。そしてこれらのチケットは、記名式であってもネット上での簡単な手続きで名前の変更が可能なので、前売りならば問題なく対応が可能だ。

「販路」となるのは、e-bayをはじめとするネットオークションサイトや各都市のローカル情報掲示板。おおっぴらに「○○戦のチケット売ります」と掲げるのはさすがにまずいので、例えば「デル・ピエーロのブロマイド売ります。購入者にはユーヴェ対インテルのチケットをプレゼント」とやる。多くの場合、落札価格はチケットの定価を上回ることになるという。ダフ屋の数が減少したのは、ネット販売という新しい波に乗り遅れた連中が脱落したからで、市場自体はそれほど大幅に縮小したわけではないようだ。

試合開始直前の「手売り」も、規模は縮小したとはいえ、消えてしまったわけではまったくない。実際、サン・シーロやオリンピコの周辺では、今も彼らの姿を普通に見ることができる。彼らが偽物のチケットを売っているとは限らない。スポンサー向けに出されている無記名チケットを扱っていたり、チケットに記載されている名前と身分証明書のそれを照合する入場ゲートの係員を買収して、中に入れるよう手を回したりしていることもあるからだ。そこはイタリア、どんなことにも非合法な抜け道は残されているようである。

非合法といえば、ダフ屋行為、つまり定価のあるチケットをそれ以上の価格で転売することそのものが犯罪ではないかと思われるかもしれない。しかし日本でも必ずしもそうとは限らないくらいなので、イタリアではこれは、チケットが正規のものである限り違法とは見做されない。犯罪になるのは、チケットが偽物であった場合(これは詐欺罪にあたる)のみ。そうでなければ、需要と供給の原則に基づく市場原理にすべてが委ねられるというのが、この国の法解釈である。かくしてダフ屋は今も昔も、大手を振って商売をしているというわけだ。

でももちろん、サッカー観戦旅行でイタリアを訪れる方々には、ダフ屋など当てにせずちゃんと事前にチケットを入手することをお勧めしますけど。
 

ダフ屋はナポレターノの独占市場

面白いのは、このダフ屋という商売、イタリアではほとんど全員がナポレターノ(ナポリ人)で占められているということ。彼らは地元ナポリはもちろん、ローマ、ミラノ、トリノ、そして果てはワールドカップやオリンピックの開催地まで遠征して、ナポリ訛りのイタリア語(や英語)で「はいチケット買うよ。チケットあるよ」と人々に声をかけ売りさばく。

しかもこの仕事は一種の世襲制であり、つい最近まで新規参入はきわめて困難だった。これは、この商売が最初から当地ナポリのマフィアである「カモッラ」(先頃ヨーロッパ映画賞を取り、アカデミー賞の外国語映画部門にもノミネートされている話題のイタリア映画『ゴモッラ』の主題である)の資金源として発展したことと関わっている。ナポリの各地区を仕切っているファミリーは、それぞれお抱えのダフ屋を持っていると言われている。

そのナポレターノたちもあまり足を向けない地域がひとつだけある。それがマフィアの本拠地であるシチリアだ。つい最近も、パレルモではVIP席のチケットが1試合につき約100枚マフィアに無償で提供され、主要なファミリーの幹部やその家族・親戚がスタンドの一角を占めているという記事を見かけた。カターニアでも、当地で最も有力な2つのファミリーがダフ屋商売を仕切っており、年間チケット用会員証を又貸しし、それを使って入場させてはフェンス越しにそれを回収するというやり方で、1枚のチケットで何人もの客をスタジアム内に送り込む(当然ゲートの係員は買収済み)という荒技が平然とまかり通っていると言われる。

場数を踏んで交渉慣れしていれば、ダフ屋からチケットを買うというのもひとつの選択肢になり得るのは昔も今も変わらない。でも、それがマフィアの資金源になっているという事実は知っておいた方がいいと思う。□

(2009年1月/初出:『footballista』)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。