7月半ばのある日、ロンドン某所で、ヨーロッパのビッグクラブ首脳の鳩首会談が密かに開かれた。議題は「ヨーロッパ・スーパーリーグ構想」である。もう何年も前から噂に上っては消え、をくり返していた、現在の欧州三大カップを発展的に解消して全く新しい欧州クラブチャンピオンシップを創設しようというこの構想が、2000年をメドに、ついに実現に向かおうとしているのだ。

この日話し合われ、確認された「構想」のアウトラインは次のようなもの。

2000年をメドに、現在の「欧州チャンピオンズ・リーグ」に替えて、参加32チームが2グループに分かれ、年間を通じてリーグ戦を行う「欧州チャンピオンシップ」を創設する。

32チームのうち、過去の実績その他に基づいて選ばれた16チーム(要するに各国の有力ビッグクラブ)は、恒常的な参加権を得る。残る16チームは、前年の各国チャンピオンシップの結果に基づき選出。参加クラブには、年間35-70億円の放映権料が分配される。

現在のUEFAカップの替わりに、もうひとつのカップ戦、「プロ・カップ」を創設する。こちらは従来通りのトーナメント戦で、チームの選出基準も現在のUEFAカップと原則的に同じ。参加チーム(構想段階では56)には、UEFAカップよりもかなり高額の放映権料が分配される見込み。

カップ・ウィナーズ・カップは廃止。替わりに、弱小国のクラブが中心に参加する第3の欧州カップ戦を創設する。

これらのうち最初の二つは、UEFAではなく、各国のビッグクラブがコントロールする組織(F1のFIMや二輪グランプリのDornaのような組織)によって運営される。ちなみに、同組織のトップとして、元F1・ベネトンチームの監督、フラヴィオ・ブリアトーレの名前も上がっている。

これらの試合は週の半ば(火曜―木曜)に行われ、週末の各国チャンピオンシップには影響を及ぼさない。

欧州チャンピオンズ・リーグを巡るUEFAとエージェントとの放映権契約が切れるのは1999年。衛星TVの世界的普及で、プログラムの「商品価値」がさらに高まったことで、欧州各国の衛星TV局シンジケートや放映権エージェントは、この契約更新に向けて、これまでとは桁違い、それこそ兆単位の莫大な金額を放映権料として提示するところまで来ている。

これを契機に、欧州プロサッカーを「世界最大のスポーツ・エンターテインメント商品」として抜本的に再構築しよう、というのが、この構想を進めているビッグクラブの狙いである。

ポイントは、「欧州チャンピオンシップ」においてビッグクラブ16チーム(イタリアではユーヴェ、ミラン、インテル)が特権的な「恒常的参加権」を得ることになっている点、そして、コンペティションの運営(つまり興業権)を、UEFAではなく、当事者のクラブが主体となった組織に委ねようとしている点。

いずれも、これまでのシステムを根本からくつがえす内容である。なにしろ「出場権」と「興業権」の双方を、ビッグクラブが自らの手に握ろうというのだ。

彼らビッグクラブにとって、問題は、1950年代から続く現在の欧州三大カップのシステムが、「世界に販売するTVプログラム」としての欧州プロサッカーの商品ポテンシャルを最大限に引き出せる仕組みになっていない、というところにある。

サッカーの試合のTVプログラムとしての「商品価値」を決めるのは、どれだけ有名な選手、有名なチームが出ているか、ということ。同じ「欧州チャンピオンシップ」でも、レアル・マドリッド対ユヴェントスとローゼンボリ対パナシナイコスでは、世界の視聴率(=視聴料&広告料収入)は全く違う。

しかし、UEFAが運営を握っている限り、欧州カップ戦への参加資格は「スポーツの論理」によらざるを得ない。例えば、前年のセリエAでボロボロの10位に終わったACミランは、今年の三大カップには参加できないのである。

しかし、兆単位のビッグビジネスを前にしたビッグクラブにとって、この「スポーツの論理」は、ビジネスの足枷でしかない。もはや彼らにとって、欧州のクラブサッカーは、「スポーツの論理」ではなく「ビジネスの論理」で動いてくれなければ困るのだ。

国際的な人気を誇るビッグクラブの存在こそが、この「ビジネス」の「商品価値」を決定づけるとすれば、最も確実なのは、彼ら自身が「恒常的な出場権」を確保してしまうこと、そして、その彼らに都合のいいように大会を運営できる「興業権」をも確保することなのである。

この構想が実現すれば、当然ながら、ヨーロッパのプロサッカーを巡る状況は大きく変化するだろう。シーズンを通して、毎週水曜日に世界中で放映される「欧州チャンピオンシップ」は、NBAを超える世界最大のスポーツ・エンターテインメント・ビジネスに成長するだけのポテンシャルを持っている。

しかし、そのビジネスのメリットは、「既得権」を得たひと握りのビッグクラブが文字どおり「独占」することになるだろう。一方、サッカー大国と小国の格差、ビッグクラブと中小クラブの格差は拡大し、各国のナショナル・チャンピオンシップは、もはや二次的な重要性しか持ち得なくなるに違いない。

プロスポーツとして成立してから約一世紀、「スポーツの論理」だけでヨーロッパのプロサッカーを語ることのできる時代は、おそらく20世紀とともに幕を閉じる。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。