この1週間、静岡県のある名門校のイタリア合宿に通訳としてつきあう機会に恵まれた。

指導に当たったのは、セリエB、Cの監督として15年以上の経験を持つフランチェスコ・ジョルジーニ。まだセリエAのチームを率いる機会は得ていないが(これはたまたま運と人脈に恵まれなかったからに過ぎない)、ザッケローニ、グイドリンなどと並び、「ポスト・サッキ」世代の攻撃的なゾーンサッカーの使い手として「業界」では高い評価を受けている監督のひとりである。

その彼に、日本でもトップレベルにある高校チームを1週間見て感じたことをじっくり語ってもらったので、今回はそれをご紹介することにしたい。
 
「驚いたのは、チームとしての組織的な動きがしっかりできていることだった。DFラインの上げ下げ、プレッシングに行ったときのポジション取りなど、守備の基本はほとんど完璧にできているといっていい。イタリアのプロクラブの同年代のチームでも、ここまできちんとできるところはそんなに多くないのではないかと思う。

もうひとつ、教えたことの吸収力の速さにも驚かされた。練習で一度やらせてみると、次からはほとんど完璧にこなす。それどころか次の日の試合ではいわれなくともしっかり実行している。イタリアの子供は、一度説明した後5-6回はやらせないとうまくできないのが普通なのだから、それと比べれば信じられないほどの吸収力だよ」
 
「何人かの選手は、とてもいい才能を持っている。教えられたパターン通り機械的に動くだけでなく、周囲の状況とタイミングによって、プレーにバリエーションを持たせることができる。これは教えてできることではない。

技術的なことはもちろん、正しいタイミングを捉えてボールを放すことができるかどうかというのが、選手を見るときの重要なチェックポイントのひとつなのだが、これができている子が3-4人いた。こういう子は伸びる。自分がプロのユースセクションのコーチなら、そのままレギュラーとして使いたいくらいだ」

「直すべきところを直して、ディフェンスはとてもよくなった。この年代ではイタリアのトップレベルと比べてもそう見劣りしない。実際、プロのユースチームとやった試合でも、相手がボールを持っている間はほとんどチャンスを作らせなかった。相手ボールから点を取られるのはセットプレーくらいだと思ったし、実際にそうだった。

問題はこちらがボールを持ったときだ。最大の欠陥は、最もベーシックな基礎技術が徹底していないことにある。いくつか挙げてみようか。

ボールを受けるときに軸足で軽くジャンプしてショックをやわらげると共に体の向きをコントロールすること。ヘディングの時に両肘を高く張って飛び上がり頭を強く振り下げること。どんなときにも常に細かく足踏みをして、決して両足を揃えて立ち止まらないこと。

スタートを切る一歩目を後ろに踏まず、細かいステップで走り出すこと。後ろから相手をマークするときに両腕を広げて胸で相手に密着すること。マークを背負うときには相手に前に回られないよう両肘を強く張ってブロックすること。ボールの位置とゴールの位置に合わせて正しい体の向きでボールを受けること。

次に走り出す一歩目と逆の足でボールを止めること。足でボールを撫でるようにしながら一歩毎にボールにタッチしてドリブルすること。まだあるがこのくらいにしておこう。
 
これらは、イタリアでは12歳くらいまでに身体に叩き込むべき基礎中の基礎だ。私自身、ボールが正しいやり方で止められなくて、11歳の時に1年間、チームメイトがプレーしている間中、壁を相手にその練習ばかりさせられたことがある。選手としてセリエBまで行けたのはそのおかげだったといっていい。

ところが日本の子は、ボールを扱う上で最も大事なこれらの基本ができていない。どれも、才能のある子が自分でできるのは当然だが、大部分の子供は教えられて初めてできるようになることだ。

しかし、ほとんどの子が矯正されないままこの年代まで来てしまっている。16-17歳でもまだ手遅れではないが、もちろん直すのはより難しくなる。勿体ないことだ」

「基礎技術ができていないから、ボールを持ったときに困難に陥る。まず何よりも、味方の長いゴールキックをマイボールにできたことは一度もなかった。これはヘディングの基本が全くできていないからだ。目測を誤ってボールを落としてしまうことが大半。競り合っても、相手の背中に両手を当てるからファウルを取られてしまう。

ボールをもって攻めようとしたときにも、止めようとしたボールが身体から離れすぎてしまったり、ボールタッチがひとつふたつ多くなって相手に詰められてしまったり、パスが不正確で相手にボールを奪われてしまったり。実際、点を取られたのは全部こっちのミスからだっただろ。相手ボールの時の方が安全なんだから、これはちょっとまずい。

攻撃というのは、ひとつひとつのプレーの正確さが基盤だ。いくら意図があっても、それを実現できなければ何の意味もない。戦術の不足は技術でカバーできるが、技術の不足を戦術でカバーすることは絶対にできないんだよ。

おそらく、日本の指導は、その優先順位のつけ方が出発点から間違っているのではないだろうか。イタリアでは、プロになっても毎日必ず基礎技術の練習をする。そのくらい大事なことなんだ」
 
「攻撃ですぐに行き詰まる原因がもうひとつある。技術の基本だけでなく、個人戦術の基本も徹底されていない。要するに、プレーを選ぶときの優先順位が明確じゃないんだ。

攻撃の最終的な目的は、もちろんゴールを決めることだが、そのためにはシュートを打たなければならない。だから、ボールを持ったときのすべてのプレーは、できるだけ早くシュートまでたどり着くという目的を達成するために行われなければならない。

こちらがボールを持っていれば点を取られないというのは確かに真理だが、シュートを打たない限りこちらが点を取ることはできないのだから。

そのために、ボールを持った選手は何をするべきか?まず最初に考えるべきなのは、相手のDFラインの裏にボールを通すこと。次は前から受けに戻ってきた選手にボールを当ててそこから次の展開を図ること。3つめはサイドチェンジすること。4つめは後ろに戻してボール・ポゼッションを確保すること。最後がボールを外に蹴り出すこと。この5つだ。

それでは、してはいけないことは何か?それは真横にパスを出すことだ。自陣内で横パスがかっさらわれたら、それだけで致命的なピンチになる。だから100%安全でない限りは、横パスは避けるべきだ。

それに、もし通ったとしても、横パスの受け手は大概の場合相手に詰められるから、そこからシュートまでつながるチャンスを作り出せる確率は非常に低い。そのあとパス2-3本の間にボールを奪われてしまうのが関の山だ。それなら、さっさと後ろに戻してサイドを変えた方がよほど早くシュートに近づける。

こうしたことも、早い時期から頭に叩き込んでおくべきことだが、彼らはまだきちんとできていない。だから、とりあえず安全なところにボールを出して、そのあとすぐに行き詰まってしまう」
 
「日本の選手に欠けているのは、こういう基礎中の基礎の部分だ。確かに戦術的には非常に進んでいるが、土台がしっかりしていないところに立派な家を建てようとしても、すぐに崩れてしまう。

しかし、彼らはイタリアの子供にはない素晴らしい吸収力を持っている。教える側さえきちんとしていれば、これからももっともっと伸びるはずだ。これだけ吸収が早い選手たちを教えるのは、本当にやり甲斐のある仕事だった。機会があれば、またいつでもやってみたいね。

見ただろ。2軍の連中がボローニャのアッリエーヴィ(16歳以下)とやった試合。相手がボールを持った瞬間に2-3人で囲んで、まったくプレーさせないんだから、あれはもう最大級のスペクタクルだったね。その後観に行ったミラン―ユヴェントスなんかとは比較にならないくらい楽しませてもらった。ボールさえ持っていなければ連中は完璧だよ」

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。