EUROが終わって気を抜いていたらいつの間にか8月になっていました。移籍マーケットもだいぶ勢いがついてきているようです。その移籍を通じて代理人はどのようにカネを懐に入れるのかというメカニズムを解説したテキストを。

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今年(2014年)6月にFIFAが発行した「仲介人(代理人)の仕事に関する規則」によると、代理人は「選手とクラブの契約交渉」、「クラブとクラブの移籍交渉」の2つに関して、選手またはクラブから委託を受けた「仲介人」という立場で関与し、前者の場合は税込み年俸の、後者の場合は移籍金のそれぞれ「3%を上限」とする報酬を手にすることができるとされる。

以下、いくつかのケーススタディで、この「集金メカニズム」を検証することにしよう。

「選手とクラブの契約交渉」において代理人が「儲ける」ためには、クラブからより高額の年俸を引き出すことが鍵になる。

その機会となるのは、移籍時と契約延長時の2つ。現実には、この2つがセットになることもしばしばある。典型的なのは、それまで無名だった選手が大活躍してブレイクした時だ。ここではモロッコ代表CBメディ・ベナティア(ローマ)の事例を取り上げよう。

昨夏、ウディネーゼからローマへの移籍に伴って、ベナティアの年俸は90万ユーロから180万ユーロへと倍増した。契約は2018年6月までの5年間。しかしローマのワルテル・サバティーニSDと代理人のムサ・シッソコ(ニューカッスルのフランス代表MFとは同名異人)の間には、もし1年目(13-14)に活躍した場合、年俸をさらにアップして契約を結び直すという紳士協定(口約束とも言う)が交わされていた。

果たしてベナティアは昨シーズン、ローマのセリエA2位躍進を支える主役として大活躍し、マンチェスター・シティやバイエルンからオファーが届くほどの成長を遂げる。ローマはこの紳士協定にのっとって今夏、年俸を250万ユーロまで引き上げた契約延長(2019年)を提示した。

しかし代理人のシッソコはこのオファーを拒否する。せっかくの年俸アップを拒むというのは不可解な話だが、この背景には、ここで移籍を引き合いに出せばさらに高額の年俸を引きだせるという計算があった。 

獲得に興味を示したシティとバイエルンにシッソコが突きつけた年俸要求額は400万ユーロ。これは強気に過ぎる数字だが、高めに要求しておけば下がっても結果的には多めに取れるというのが代理人のロジックだ。

契約延長は通常、契約満了まで1~2年というタイミングで行われるものだが、このように残年数が多い場合にも、より高い年俸をオファーしてくる格上のクラブをネタにして、所属クラブに年俸アップを伴う延長を要求するのは、代理人の常套手段である。

今夏リヴァプールからバルセロナに移籍したルイス・スアレスのケースもその典型。代理人のペレ・グアルディオラは昨年12月、その時点でまだ2年半残っていた契約(2016年6月まで。税込み年俸約700万ユーロ)を、シーズン前半の大活躍(15試合で20得点)を材料にして税込み年俸1200万ユーロで2018年まで延長させた。

そして今夏のバルセロナ移籍で、その年俸は税抜き(手取り)で1000万ユーロまでアップ。スペインでは税込み年俸は手取りのおよそ2倍となるため約2000万ユーロ。代理人の取り分(年俸の3%)はたった半年で21万ユーロから60万ユーロまでアップしたことになる。

しかし、代理人にとってより「おいしい」のは、「クラブ間の移籍交渉」を仲介するというビジネスだ。選手の年俸はせいぜい数百万ユーロだが、移籍金は数千万ユーロ。同じ3%の報酬でもゼロの数がひとつ違う。

従来のFIFA代理人規程においては、代理人が移籍金からパーセンテージを取ることは認められていなかった。しかし現実には、クラブと代理人が水面下で密約を結び、目当ての選手を獲得させた謝礼として「裏金」を支払うというケースが日常化していた。

今年6月の代理人規程見直しは、代理人を「仲介人」という形で再定義することで、移籍をめぐるクラブからの報酬を合法化=可視化し、金額にも一定の歯止めをかける目的があると見られる。

代理人がこの規程の枠内で合法的に「儲ける」ためには、移籍金の金額を吊り上げるのが唯一の手段。実際、このところ選手の市場価値を上回る数字まで移籍金を「水増し」した移籍が目立っている。例えば、今夏一番のビッグディールであるハメス・ロドリゲス(モナコ→R.マドリー)。

移籍専門サイト「transfermarkt.com」による選手の評価額は6000万ユーロだったが、R.マドリーが支払った移籍金は8000万ユーロと、25%の水増しだ。先頃ポルトからマンチェスター・シティに移籍したエリアキム・マンガラも、評価額2800万ユーロのところ実際の移籍金は4000万ユーロと、30%もの水増しになっている。

注目すべきは、この両選手はいずれもジョルジュ・メンデスが代理人で、保有権の一部をドイエンスポーツが持っているという事実。移籍金が大きくなればなるほど、代理人だけでなく「第三者保有権」の保持者にもカネが流れ込む仕組みだ。

さらに、この規程の網をくぐり抜ける形で代理人が移籍絡みで大金を手にするケースも現実に存在する。その代表的な一例が、結果的にはバルセロナのロセイ会長辞任問題にまで発展した昨夏のネイマール。

この移籍にバルセロナが費やした金額8620万ユーロのうち、「移籍金」としてサントスに支払われたのは1710万ユーロに過ぎない。残る約6900万ユーロ(!)は、補償金やボーナスなど様々な名目でネイマールの代理人である父親が経営するマネジメント会社N&Nなどに支払われたことが明らかになっている。

こうした形で、サッカー界の中で動き再投資されるべきカネの多くが、代理人や第三者保有権保持者の懐に流出して行くというのは由々しき問題である。□

(2014年8月/初出:『footballista』)

By Michio Katano

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。