2014年9月にFIFAが原則禁止の方針を打ち出した「第三者による選手保有」(サードパーティオーナーシップ)。南米では10年以上前から日常化していますが、ヨーロッパに入ってきたのは2007年、テベス、マスチェラーノという2人のアルゼンチン人選手がコリンチャンスからウェストハムに移籍した時のことです。その後2010年代に入り、ここで取り上げたドイエンスポーツなどの投資ファンドがポルトガルとスペインで大きく勢力を伸ばしたことで、その是非が議論に上るようになりました。これは2年ちょっと前に書いた、そのドイエンスポーツを中心に第三者保有をめぐる当時の状況についてまとめたテキスト。ぼくはこの当時から一貫して反対の立場です。
ベイル(トッテナム→R.マドリー)、カヴァーニ(ナポリ→PSG)を筆頭に、相次ぐ大物の移籍で近年になく大きなカネが動いた今夏の移籍マーケット。その口火を切る形になったのが、アトレティコ・マドリーからモナコに移籍したファルカオだった。
当初はマンチェスター・シティ、チェルシーなどイングランドへの移籍が濃厚とされていたが、蓋を開けてみれば移籍先は今季リーグ1に昇格したばかりでCLはおろかELへの出場権すら持たないモナコ。
この選択もさることながら、6000万ユーロという巨額の移籍金の大半が、ファルカオの保有権の大きな部分(少なくとも過半数といわれる)を持つ投資ファンド「ドイエン・スポーツ」に流れたというニュースは、一部では小さくない関心の的になった。
このドイエンスポーツとは、1990年代にブラジルで設立され現在はイスタンブールとロンドンに拠点を置いて、石油、石炭、天然ガス、ウランなどの鉱物資源から建設・不動産まであらゆる分野に巨額の投資を行っている多国籍投資ファンド「ドイエングループ」の子会社。多角化の一環としてサッカー選手の移籍市場にビジネスチャンスを見出し、マルタに法務上の本社を置いて数年前に設立された。
代表を務めているのはネリオ・ルーカスというブラジル人だが、その設立には、欧州サッカー界有数の代理人でC.ロナウドやモウリーニョ、そしてほかでもないファルカオを顧客に持つジョルジュ・メンデス、元マンU、チェルシーでCEOを務めたピーター・ケニオンが関わっているという噂もある。
オフィシャルサイトに「サッカークラブに資金調達のための新たな選択肢を提供する」という事業目的が謳われている通り、この投資ファンドのビジネスは、クラブに選手獲得資金を提供するのと引き換えに選手の保有権の一部を手に入れ、次の移籍(放出)時にその割合に見合った取り分を移籍金の中から受け取ることで成り立っている。獲得資金の提供は選手への「投資」、移籍金からの取り分は「配当」と考えればわかりやすい。
例えばファルカオの場合、ドイエンスポーツは2011年夏にアトレティコがポルトから獲得した際、移籍金(4000万ユーロ)のかなりの部分を負担したと言われている。今回アトレティコがモナコから受け取った移籍金6000万ユーロの大半が彼らの懐に入ったのは、その負担分を回収した上で利益を上乗せした結果だ。
ファルカオの移籍先をモナコに決めたのは、もちろんアトレティコではなくドイエン側だ。その背景に、モナコのオーナーであるロシアの大富豪リボロフレフに深く食い込んでいると言われるジョルジュ・メンデスの存在があったとしても不思議ではない。
いずれにせよ、チェルシーやマンCといったメガクラブならば次にステップアップできる移籍先を見つけるのは簡単ではないが、モナコならまださらに「次」がある。ドイエンにとっては、さらにもう一儲けするチャンスを狙えるまたとない「プール」先というわけだ。
現在、ドイエンスポーツが「公に」保有権(の一部)を持っている選手は20人。リストにはファルカオをはじめ、同じく今夏モナコに移籍したコンドグビア、ネグレド(マンチェスター・シティ)、フェリペ・アンデルソン(ラツィオ)といった名前もあるが、残る16人はエルチェ、セビージャ、ヒホンなどスペインに11人、ポルトガル(ポルト、ベンフィカ、スポルティング)に5人と、2つの国に集中して「プール」されており、ブレイクして高値がつくのを待っている状況だ。保有権の持ち分は選手によって様々だが、例えばオラ・ジョン(ベンフィカ)に関しては80%にも及んでおり、過半数を持っているケースは少なくないと見られる。
ドイエンの活動範囲がスペインとポルトガルに集中しているのは、ヨーロッパの主要国で投資ファンドのようなクラブ以外の「第三者」による選手の保有が認められているのが、今のところこの2ヶ国だけだから。
この「第三者保有」には、資金力がないクラブにも選手獲得の可能性を広げるだけでなく、外部からの資金注入によって移籍マーケットを活性化させるというポジティブな側面がある。南米では投資ファンドや代理人自身が選手の保有権を持ち、ヨーロッパへの移籍時にそれを売却することで大きな利ざやを稼ぐという手法が以前から広く普及してきた。このところ多くのクラブが財政難に陥っているスペインでは、プロリーグ機構(LFP)のテバス会長自身が、「銀行が融資をしなくなった今、クラブにとって唯一の資金調達先だ」と投資ファンド積極導入の旗振り役を務めている。
しかしこの「第三者保有」は、イングランドとフランスで全面的に禁止されており、UEFAも昨年から「原則的に認めるべきではない。第三者保有選手をUEFAコンペティションの登録資格から外すことも検討している」(インファンティーノ事務局長)と、反対の姿勢を強く打ち出している。ネガティブな側面も決して小さくはないからだ。
まず、クラブの経営と戦力強化の自主自立が失われること。投資ファンドのビジネスモデルは、選手を移籍させることによって利益を上げるというものであり、その利害はクラブの戦力的なそれとしばしば対立する。投資ファンドの意向によって選手の去就が決まるというのは、クラブの計画的な強化を妨げる要因になりやすい。さらに、選手自身から移籍に関する意思決定権を奪うことにもつながるため、ある意味で人身売買と同様の人権侵害にあたるという指摘もある。
それ以上に問題なのは、移籍市場の公正な競争が損なわれること。ファルカオのケースを見ても、ポルト→アトレティコ→モナコという移籍の当事者すべてにドイエンスポーツが直接・間接に関わっている。売り手と買い手が事実上同一であるというのは、明らかな利害相反だ。
ファルカオのケースがそうだとは言わないが、市場価値を上回る法外な値段で移籍を成立させ、そこから巨額の利益を引き出すというアンフェアな取引が可能になる。バブルを生み出す危険が常にあるということだ。
さらに、一見すれば財政難のクラブに強化資金を提供してくれるエンジェルのようにも思われるが、そこで選手がブレイクした時に次の移籍で生まれる利益の大部分を持って行くのは投資ファンドだ。
移籍マーケットが生み出した利益は、本来ならばサッカー界の内部で循環すべきものであるにもかかわらず、投資ファンドというサッカー界外部の「第三者」が吸い上げてしまうのだから、長期的に見ればサッカー界は逆に痩せ細って行くことになる。
とはいえ、UEFAを筆頭にした反対の動きを尻目に、ドイエンスポーツをはじめとする投資ファンド側は、前述のようにスペインのLFPを味方につけるなど着実に既成事実を積み上げている。現時点では具体的な対立関係が生まれるには至っていないが、遠からずUEFAもさらに明確な態度を打ち出さざるを得なくなるだろう。今後、移籍マーケットまわりで最も重要なイシューになってくることは間違いない。□
(2013年10月21日/初出:『footballista』)