2011年に書いたイタリアの活字スポーツメディア事情。日本と同様イタリアでも活字メディアの販売部数落ち込みは大きく、情報源は紙からTV、そしてウェブへとシフトしつつあります。『ガゼッタ』はこの3月から自前のスポーツTVチャンネル『Gazzetta TV』を始めたり、編集部の反対を押し切ってオンラインのスポーツベッティングに進出したりと、多角化によるリスクヘッジを進めています。新聞の紙面も一次情報主体から解説・分析主体へと変わってきました。『コリエーレ・デッロ・スポルト』と『トゥットスポルト』(発行元は同じ)は、それに追随すると負けるので、逆に従来の路線を守ることでガゼッタと差別化を図るという後ろ向きの延命路線を選択しているようです。

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<各カテゴリーのトップ3>
◆一般紙
1)ラ・レプブリカ、2)コリエーレ・デッラ・セーラ、3)ラ・スタンパ
◆スポーツ紙
1)ガゼッタ・デッロ・スポルト、2)コリエーレ・デッロ・スポルト、3)トゥットスポルト
◆雑誌
1)グエリン・スポルティーヴォ、2)なし
◆インターネットサイト
1)Tuttomercatoweb.com、2)Calciomercato.com、3)Goal.com(イタリア版)

イタリアのスポーツメディアといえば、誰でもすぐに名前が出てくるのは『ガゼッタ・デッロ・スポルト』だろう。1896年創刊、ピンク色をシンボルカラーとすることで知られる同紙は発行部数約32万部、推定読者数400万人と、「イタリアで最も広く読まれている新聞」である。ちなみに、発行部数と読者数の大幅な違いは、多くの人々がバールなど公共の場で新聞に目を通す習慣を持っているため。

ミラノに本社を置くこの『ガゼッタ』を筆頭に、イタリアには『コリエーレ・デッロ・スポルト』(本社ローマ・発行19万部)、『トゥットスポルト』(本社トリノ・発行10万部)と、全国版のスポーツ新聞が3紙ある。

スポーツ新聞とは言うものの、毎日の紙面の大半を占めるのは、この国の圧倒的なナンバー1スポーツであるカルチョの話題である。スポーツジャーナリズム業界のリーダーを自認する『ガゼッタ』は、40ページのうち10数ページをそれ以外のスポーツ(モータースポーツ、バスケット、バレー、テニス、自転車など)に割いているが、残る2紙は24ページのうち20ページ前後がカルチョの話題と、事実上はサッカー新聞である。

面白いのは、この3紙の編集方針にはっきりした違いがあるところ。

『ガゼッタ』は、ミラン、インテル、そしてユヴェントスと、本拠を置く北イタリアの「ビッグ3」を大きく取り上げる傾向がある。この3チームでセリエA全サポーターの70%近くをカバーすると言われるだけに、マーケットの一番大きな部分をしっかりカバーして、盟主の座を手堅く保とうというスタンスだ。

原則的にネガティブなことはあまり書かず、ポジティブな側面に光りを当ててサポーターを喜ばせようという姿勢を保っているのも、より広い層の共感を得るという商業的な立場があるから。また、近年の『ガゼッタ』は、クラブと提携してのDVDや写真集、優勝記念のコレクターズアイテムなど、各種のガジェット類を有料の付録として展開しており、そういうビジネスの上では「顧客」にあたるクラブに対して敵対的な立場を取り辛いという事情もある。ただし、それと引き換えにジャーナリズムとしての中立性や客観性が犠牲になっていることは否定できない。

そのライバル一番手である『コリエーレ・デッロ・スポルト』は、必然的に『ガゼッタ』とは異なる方針を採らざるを得ない。イタリア中部の首都ローマに本拠を置くこともあり、ローマ、ラツィオ、そしてフィオレンティーナとナポリに好意的で、逆に北のビッグ3に対する論調は辛い。紙面の作りも『ガゼッタ』と比べるとアグレッシブで、旗色のはっきりした記事が多い。

『トゥットスポルト』は、ミラノ、ローマと比べるとマーケットの規模が小さいトリノに本拠を置いている上、発行部数も上の2紙と比べると明らかに少ないマイナーな三番手ゆえ、ユヴェントスとトリノのサポーターにターゲットを絞るという「偏った」編集方針を打ち出している。

特徴的なのは、同紙は「ユーヴェとトリノの御用新聞」というわけではなく「ユーヴェサポとトリノサポの御用新聞」だという点。迎合する相手はクラブではなくサポーターであり、それゆえその論調はしばしばクラブに対して批判的なものになる。しかもその触れ幅は非常に大きい。監督に対する執拗なネガティブキャンペーンが展開されることも多く、ラニエーリ、フェラーラ、ザッケローニはその犠牲になった。逆に現在は、サポーターのアイドルであるコンテを全面的に支持する論調に徹している。

この『トゥットスポルト』がその筆頭だが、他の2紙、そしてTVやWEBメディアも含めて、イタリアのスポーツジャーナリズムは、論調の起伏というか触れ幅が大きく、一貫性に欠ける傾向がある。これは、毎週の試合結果によって大きく揺れ動くサポーターの気分や感情を捉えてそれに同調し、時には煽ることによって関心を引きつけようとするためだ。これは、日本のスポーツ紙や夕刊紙、あるいはイングランドのタブロイド紙と同じ「迎合的スキャンダリズム」である。

大衆的な人気に支えられているスポーツ紙のそうしたスタンスは、しかし一般紙のスポーツ欄になるとかなり薄まってくる。スポーツ紙よりも一般紙の方が格上だというのはどこの国でも一緒。事実、最も質が高く読みでがある記事は、一般紙のスポーツ欄に載っていることが多い。

イタリアの一般全国紙は、ミラノに本拠を置く『コリエーレ・デッラ・セーラ』、ローマに本拠を置く『ラ・レプブリカ』が発行部数でトップを争い、それにトリノの『ラ・スタンパ』が続くという、スポーツ紙と似た勢力地図を持っている。『コリエーレ』はマリオ・スコンチェルティ、『レプブリカ』はジャンニ・ムーラ、『スタンバ』はロベルト・ベッカンティーニと、イタリアスポーツジャーナリズム界の重鎮を看板に据えて、説得力のある論説記事を提供している。

毎日発行される新聞がこれだけの充実度を誇っている上、インターネットメディアの発展もあって、週刊、月刊のサッカー雑誌は窮地に陥っているのが現実だ。100年以上の伝統を誇る名門雑誌『グエリン・スポルティーヴォ』も、2010年末をもって週刊から月刊に発行サイクルが変わり、編集部も大幅に縮小された。

逆に近年拡大しているのがインターネットメディア。イタリアではオピニオンや戦術分析よりも、毎週の試合結果とそれをめぐるドラマや人間模様、選手のストーリーや移籍情報が読者に好まれることもあり、ネット上で最も勢力が大きいのは移籍情報を看板とするニュースサイトである。

代表的なのは『tuttomercatoweb.com』、『calciomercato.com』、『calciomercato.it』といったところ。国際的なサッカーニュースサイトである『goal.com』や『yahoo! sport』のイタリア版(後者はスポーツ専門衛星TV局EUROSPORTと提携している)もメジャーな存在だ。いずれもコンテンツは速報性の高いニュースが中心である。■

(2011年10月11日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

By Michio Katano

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。