前回の記事を読んだ読者の方から、ミハイロヴィッチ対する「ジプシー呼ばわり」を人種差別行為だと認めているにもかかわらず、彼のヴィエイラに対する発言だけを「決して許されるべきことではない」としているのは矛盾であり、ユーゴ人選手に対する人種差別行為や発言が繰り返されてきたことを軽視して、黒人に対する人種差別行為だけをことさら取り上げるのはおかしい―という主旨のご指摘をいただいた。

いま改めて読み返してみると、確かにそうも読みとれる書きぶりになっており、その点は文章力の不足をお詫びするしかない。しかしもちろん、ユーゴ人に対する人種差別と黒人に対するそれに優劣をつけたり、前者を軽視する偏った視点に基づいてこの記事を書いたわけではないので、補足的な説明をすることでお許しいただきたい。

ぼくが前回、「決して許されるべきではない」行為だと指摘したかったのは、ミハイロヴィッチがヴィエイラを「黒ん坊呼ばわり」したことそれ自体ではなく、試合を通して執拗にそれを繰り返し相手を侮辱・罵倒し「続けた」こと、そして翌日に開き直ってそれを正当化しようとしたことの方だ。

ある意味で「戦いの場」であるピッチの上で、プレーヤーは常にすべてを理性でコントロールできるわけではない。本来ならば「決して許されるべきではない」言葉が、一時の感情の高ぶりから反射的な罵りとして口に出ることだって、おそらく実際にはよくあることだろう。

いずれにせよ許容されていいわけはないこの種の「感情の爆発」、例えば「ジプシー野郎!」と「黒ん坊の糞野郎!」の応酬(もちろんどちらも糾弾されてしかるべきだ)を、いま仮に百歩譲って情状酌量の余地ありとしたとしよう。

だが、ミハイロヴィッチはその後も試合を通して絶え間なくヴィエイラを侮辱・罵倒し続けたと、複数の選手が証言している。これは、単なる一時的な「感情の爆発」とは一線を画して論じるべき行為ではないか。ピッチの上で戦う相手を潰すための「手口」として、人種差別的な言葉を含む挑発を確信犯的に利用するというのは、あらゆる許容範囲を超えた醜い行為だとぼくは思う。

しかも彼は、「戦いの場」を離れて冷静な状態に戻った試合の翌日、改めてその発言を認めた上で「やましいことは何もない」と開きなおってもいる。人種差別的な発言(ジプシー呼ばわり)に対する仕返しならば人種差別的発言(黒ん坊呼ばわり)は許される、という彼の主張にぼくは賛同できない。

かつて、ミハイロヴィッチ(や他のセルビア人プレーヤー)が、セルビア人であるというだけで侮辱されたり罵倒されたりしたことがあるのを知らないわけではないし、それを無視(あるいは軽視)するつもりは毛頭ないが、それとこれとは話が別である。

差別される立場にあることによって、自らが他者を差別する行為を正当化できるとは思わない。むしろ、そうした憎悪と復讐の論理をどのように乗り越え得るかが、すべての人種的、民族的、宗教的対立(とそれにまつわる差別・暴力・戦争など)においていま問われている問題だと思っている。

アーセナル戦当日と翌日のミハイロヴィッチの振る舞いは、明らかにそれに逆行し、憎悪と復讐の論理(とその結果としてピッチの内外で起こるすべての出来事)を正当化するもののように見える。その意味でもやはり「決して許されるべきではない」醜態だと結論づけないわけにはいかなかった。
 
さて、そのミハイロヴィッチに対して、UEFAは2試合の出場停止処分を下している。理由は、「試合を通してヴィエイラに向けられた人種差別的発言」である。

その1試合目となった10月25日のシャクタール・ドネツク戦の試合開始前、紺色のスーツに身を包んだミハイロヴィッチは、マイクを手にすると、スタディオ・オリンピコの観衆(とすべてのTV視聴者)に向けて、およそ次のような謝罪・声明文を読み上げた。

「ラツィオがチャンピオンズ・リーグの試合を戦う直前に、人種差別というテーマと、私が出場停止になった事情について改めて触れる機会を持つべきだと考えました。私は間違いを犯したことを認め、この場を借りて率直に謝罪したいと思います。また同じ率直さを持って、私に貼り付けられた人種差別主義者というレッテルも、はっきりと否定したいと思います。

私はこれまで、私と肌の色や信じる宗教が異なる人々を、自分と違うとか自分よりも劣る人種に属していると考えたことは一度もありません。サンプドリア時代のチームメイトであるグーリット、シードルフ、カランブーは、ピッチの内外における私の振る舞いが、つねにフェアプレー精神と正しい倫理観に基づいていたことを証言してくれるでしょう。それを否定されることを私は怖れません。

親愛なるサポーターの皆さん、今皆さんに直接話しかけることを許して下さい。特に、黒人選手がボールを持ったときにブーイングを浴びせるサポーターの皆さんに、注意して耳を傾けてほしいのです。

ラツィオというクラブ、そして我々チームに人種差別主義者という汚名を与えるそのブーイングを、もう二度と聞かせないで下さい。これはクラニョッティ会長からの、そして我々チームから皆さんへのお願いです。もし本当に心からラツィオを愛しているならば、我々と共に、人種差別をめぐる議論に幕を引くために力を貸してください」

この文面は、ミハイロヴィッチとクラブが3日間かけて作成したものと伝えられている。
さて、試合が始まり、シャクタールの黒人ディフェンダー・オコロンコが初めてボールに触ったとき、クルヴァ・ノルドに陣取った「イッリドゥチービリ」たちは「ブー」という声を挙げた。しかし、その直後にスタジアムを包んだのは、彼らに向けられた非難の口笛だった。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。