セリエAのシーズンが終わった後、一身上の都合でしばらくお休みをいただいていたが、今週からやっと再開することになった。とはいっても、実は今、日本に一時帰国しているため、少しの間は「イタリア特派員情報・番外編」という形でお送りすることになる。

今回は、大宮アルディージャ(J2)の三浦俊也監督に話を聞いた。
三浦監督は、日本のプロサッカーコーチとしてはかなり異色の存在である。駒沢大学でプレーした後、4年間の教員生活を経て、90年、単身ドイツに留学。ケルンスポーツ大学に5年間在籍し、アマチュアチームでプレーすると同時に子供たちを教えながら、ドイツのA級コーチライセンスを取得する。

協会の推薦状もコネもないひとりの外国人学生として現地で長期間学び、ドイツ人に課されたのと同じ階段を上ってライセンスを取得した日本人は、S級プロコーチライセンス(A級のさらに上)を持つ湯浅健二氏と彼以外には、ほとんどいないはずだ。もちろんドイツ語はペラペラ。

日本のS級ライセンスは、この制度がスタートした初年度(96年)に取得。ドイツからインストラクターを招いて行われた長期間のコースに受講者として参加するのみならず、スタッフとしてドイツ語の通訳までも務めるという一人二役だった。

S級取得後、ブランメル仙台(現ベガルタ仙台)からコーチのオファーを受け帰国。翌年は水戸ホーリーホック監督となり、旧JFLで計2年間を過ごした後、昨シーズンから大宮アルディージャへ。1年目はオランダ人のピム監督のもとでコーチを務め、今シーズン、その後を引き継いで監督に昇格した。

選手としては(本人の言葉を借りれば)「純粋なアマチュア止まり」、指導者としての基礎を海外で、しかも独力で積み、帰国後もコーチからスタートしてJ2監督のポストまで3年かけてたどり着く―というキャリアは、元有名選手がほとんどを占める日本の「業界」では、例外的なアウトサイダーといっていい。イタリアでいえば、キエーヴォ時代のマレサーニか、リカータ時代のゼーマンか、といったところか。

「いまJ2で一番面白いサッカーをする」という声も少なくない大宮を率いているのが、そんな異色のプロコーチであること、しかもリーグが後半戦に突入したこの時点で4位と健闘していること自体、本来ならばひとつのニュースになってもおかしくないのではないかと思うのだが…。
 
それはさておき、日本とドイツ、ふたつの異なるサッカー文化を肌で知る彼が今、J2の監督という立場から何を見て、何を企んでいるのか、その一端だけでも覗いてみたいというのが、今回話を聞きに行った動機だった。

どんなサッカーを目指しているのか、と聞く前に、まずその前提になる選手の資質について、話が始まった。

「日本の選手は非常にまじめで、練習でも手を抜かないし、指示されたことを真剣に、きちんとやり遂げる力がある。こういう資質はヨーロッパや南米の選手よりもずっと優れていると思います。大きな長所といっていいでしょう。

逆に足りないのはフレキシビリティですね。というか、自分の頭で考えて判断を下す能力が鍛えられていない。言われたとおりにこなすことはできても、状況の変化に対応するのが苦手なんです。

例えば練習中に、ある状況であまり意味のないところにパスを出したとします。こちらはプレーを止めて、この状況ではあっちに出したほうがいい、と言いますよね。そうすると、次に似たような状況になったときには、必ずさっきこちらに言われたところにパスを出してしまうんです。

似たような状況といってもそれぞれ微妙に条件が違うし、必ずしもさっき言われたところに出すのが最善とは限らない。そこを自分で判断して、その時その時にベストのプレーを選ばなければならないはずなのですが、それがうまくできない。言われた通りにやることには慣れているのですが、自分の頭で判断するのに慣れていないんです」

「いいサッカーをするためには、選手ひとりひとりが自分の頭で考え、判断できなければばならないとぼくは思っています。だから、いまうちは、ボールを使った練習以外はほとんどしません。フィジカルトレーニングはやらないんです。

筋トレしたりただ走ったりするのは、選手にとっては実は楽なんですよ。頭を使わなくていいから。それに、20代半ばの選手がフィジカルトレーニングで得られるものはそんなに大きくない。彼らに一番必要なのは、常に自分の頭で考え続けながらプレーするという姿勢を身につけることです。それにはボールを使った練習しかない。

個々の選手の判断力が磨かれれば、チームとしての総合力はまだまだ伸びます。フィジカルをやっていれば、最後の10分まで走り負けしないとか、そういうメリットはあるかもしれないけれど、それでサッカーの質が上がることは絶対にあり得ません。だからうちでは、フィジカルを省いてでもボールを使った練習を重視します。これはピムが監督だったときからそうです」

「うちは、日本人選手の質から言ったら、J2でも浦和の次ぐらいだと思っています。差は外国人選手。ライバルの中には、どことはいいませんが、日本人で守って守って、攻撃になったら前線の外国人にボールを渡して後はよろしく、というサッカーをしているチームが少なくありません。

確かに、勝つためにはそういう戦術を選ばなければならない、という現実はあります。でも、うちにはそれはできないし、したくない。去年プロチームになってオランダからピムを呼んだときから、いいサッカーをして勝つチームを作る、というコンセプトが明確にありますから。

ボールポゼッションを高めてゲームを積極的に支配し、ひとつでも多くのチャンスを作り出して、内容で相手を上回って勝ちたい。イタリアよりはオランダ。去年も今年も、そういうサッカーを追求しているつもりです。一番難しいやり方だということは良くわかっていますが、それをやらないと試合がつまらないし、チームも選手も伸びないじゃないですか」

常に平然とした態度で、相手の目を見てはっきりと話す。毅然としている、というにはリラックスしすぎ。肩の力が抜けているのだ。それでいて、言いにくいことでも、白は白、黒は黒と、身も蓋もないほど明快に斬って捨てる。

仙台のコーチ時代、シーズン終了後の解雇を決めていながら、天皇杯だけ監督として指揮を執ってほしい、と求めたクラブに対して記者会見を要求し、「こんな非常識なオファーをすること自体信じられませんでしたが、事情は理解できるので受けました」とマスコミの前で言ってのけたこともある。

「実際に現場でトップに立ってみると、監督という仕事にとって技術とか戦術とか、そういう部分は40%くらいじゃないかと思いますね。残りは、どうやって長いシーズン、チームをチームとしてまとめて、モティベーションを与え続けていけるかという、マネジメントの部分ですよ。それがないと、目指すサッカーはあっても、それを形にする環境すら整わない」

さて、J2は後半戦に入ったばかり。残り19試合で2位札幌とは10ポイント差である。厳しいとはいえ、昇格の可能性はまだまだ残されている。

「このところ2つ続いた直接対決(札幌、大分)で連敗しましたが、今のチームの状態は決して悪くないと思っています。2試合とも、内容的にはこっちのほうがよかったですから。確かに、全員が引いて守り一辺倒で来るチームを崩すのは簡単ではありません。結果的に、それができなかったから勝てなかったともいえる。

でも、今のJ2でそれができるチームはおそらくひとつもありません。そして、そのための練習を一番やっているのは間違いなくうちです。守って守ってカウンター、というサッカーには興味ありません。うちのサッカーはまだ進歩しますから、見ていてください」

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。