イタリア半島の半ばあたり、アブルッツォ州の山間部にカステル・ディ・サングロという小さな村がある。人口はわずか5500人。最近になって夏は自然の景観美、冬は中部イタリア最大のスキーエリアとして、観光客が集まるようになってきたものの、元々は農業と牧畜が主な産業という、要するに、ただの山村である。
しかし、この村はひとつだけ、イタリア中に誇れるものを持っている。この村に本拠地を置くサッカークラブ「カステル・ディ・サングロ」が、昨シーズンから、イタリアプロサッカーリーグの2部にあたるセリエBで戦っているのだ。
たかが2部、というなかれ。セリエBといえば、トリノ、ジェノア、カリアリといった、大都市の伝統あるビッグクラブ(ただしちょっと落ち目)がしのぎを削る、おそらくレベル的にはJリーグよりも上の準メジャーリーグなのだ。
なにしろここはイタリアなので、どんなド田舎の村にでも、サッカーチームのひとつやふたつはあるのが普通ではある。しかしもちろん、それらはほぼ例外なくアマチュアで、日本でいえば市町村リーグか、せいぜい県リーグにあたるようなローカルリーグに所属している。実際、このカステル・ディ・サングロも、ほんの10数年前にはその中のひとつでしかなかった。
しかし、そんな山村のクラブが、10年強の間に6回もの昇格を果たしてセリエBまでたどり着き、しかも熾烈な争いを勝ち抜いて残留を果たしたのである。いくらイタリアでも、これは滅多にあることではない。
この大躍進の裏には何があるのだろうか。1試合平均2000人前後というサポーターしか持たず(なにしろ人口5500人)、かといって豊富な資金を提供してくれる大スポンサーがついているわけでもない(なにしろ山間部の田舎町)弱小クラブにとって、頼れるのは「知恵」だけである。
実際、一昨シーズン、セリエC1で戦っていた当時のクラブ予算はわずか15億リラ(1億円強)、クラブの運営も、フルタイムの専任スタッフはゼロで、地元の人々のボランティアに支えられていた。
昨シーズンのB昇格によって、クラブの予算は数倍に増え(リーグからの助成金がセリエCとBでは大きく違う)、専任のディレクターも就任したが、「金を使わず知恵を使う」という基本路線に変わりはない。昇格1年目は、大きく選手を入れ替えることなく、激戦のセリエC1を勝ち抜いた結束の固いグループを核にセリエBに臨んだ。
もちろん、大方の予想は最下位。しかし蓋を開けてみれば、シーズン半ばまでは予想通りの低迷だったものの、不慮の交通事故で準レギュラーの選手ふたりが死亡するというアクシデントに見舞われてから、ふっきれたように力を取り戻し、結局シーズン最終戦を待たずに誰もが予想しなかったB残留を勝ち取ったのである。最後まで諦めずに高いモティベーションを保ち続けた結果だろう。
「奇跡的な」セリエB昇格・残留は、地元カステル・ディ・サングロ村の「活性化」にも少なからず貢献している。わずか人口5500人の村にもかかわらず、セリエBのホームゲーム開催規定に従って、村営のスタジアムは収容人員8000人(人口の1.5倍以上!)に拡大され、同時に、観戦客や相手チームを迎えるための宿泊設備の整備などにもつながったのである。
クラブの方も、この「サクセス・ストーリー」に地元の観光案内まで織り込んだ漫画をブックレットに仕立て、地元のスタジアムはもちろん、アウェーで訪れたスタジアムでも配布するなど、地域のPRに一役買った。こうした話題づくりが功を奏してか、昨シーズンは、5000人を越える観客がホームゲームに集まることも少なくなかった。もちろん、周辺の町からも人々が応援に駆けつけたからである。
クラブの会長で大学学長でもあるルチャーノ・ルッシは言う。
「スポーツは現代の社会が生んだ最も重要な文化のひとつ。それも元々は大都市ではなく地域社会の文化として育ったものだ。もちろん、今は世界的なビッグビジネスに成長してはいるけれど、例えばユヴェントゥスだってミランだって、たくさんの弱くて小さいクラブがあるからこそ、強くて大きなクラブでいられる。彼らのビジネスだって、我々なしでは成り立たないんだよ」。
あくまで自分の身の丈にあったやりかたで、しかも常に地域とのつながりの中で、共に発展しようという視点を失わない。華やかなセリエAの世界までほんの一歩のところで、こんなクラブが健闘しているところが、イタリアサッカーの奥の深さであり、豊かさなのである。
今シーズンのカステル・ディ・サングロは、23試合を終えたところで2勝13分8敗(19ポイント)の最下位。しかし、残留ゾーンまでは6ポイントの差でしかない。まだまだ望みはある。