アーセナル対ミランは0-0ながら手に汗握る、というよりも冷や汗たらたらという試合でした。なにしろ運動量が違う。あれだけ攻められて0-0だったら、それだけでもう御の字ですが、決めるべきゴールを決めるというのは、サッカーではもっとも重要なことだけに。
今週の『footballista』にこの試合のプレビューを寄せたのですが、来週号にもまた今日の結果を受けての第2レグプレビューが載りますので、ぜひご購読ください。
というわけで今日のアーカイヴは、そのアーセナルの「やり口」について、3年ほど前に書いたものです。ぼくは、個人的にはこの青田買い戦略は好きではない、というか嫌いです。チェルシーがやっていることを18歳以下のマーケットでもっと露骨にやっているだけに過ぎないから。
あれは、自分のところで選手を育てているクラブを殺します。まだ自分で判断できない未成年の子供をネタに、親の顔を札束でひっぱたくというやり方は、倫理的にも承服できません。
ボスマン判決からそろそろ10年。当初の大きなインパクトをすでに吸収・消化したはずの欧州プロサッカー界だが、ここに来て違う形で負の影響が現れている。経済力で優位に立つイングランドのビッグクラブが、他のEU諸国のクラブから、プロ契約を交わしていないユース年代の若手を強引に引き抜くケースが頻発しているのだ。
特に積極的なのがアーセナル。昨シーズン、バルセロナから16歳のMFセスク・ファブレガス、カンヌから17歳の左SBガエル・クリシを引き抜き、今シーズンもパルマから17歳のFWアルトゥーロ・ルーポリを強引に獲得して大きな論争を巻き起こした。マンチェスター・ユナイテッドも昨夏、やはりパルマからルーポリと同い年のFWジュゼッペ・ロッシを引き抜いている。
ここで「引き抜く」という表現を使ったのは、これがいわゆる「移籍」の範疇には入らない形での契約だから。今挙げた4人はいずれも、まだプロ選手としての契約を交わしていないユースプレーヤーで、トップチームデビューすら果たしていない段階だった。
通常、プロクラブが生え抜きのユースプレーヤーとプロ契約を交わすのは、法律上成年と認められる満18歳がひとつの目安。初めてのプロ契約に関しては、育てたクラブが優先契約権を持つというのが原則だ。ところがこのルールには、通用するのは国内だけで、外国のクラブはその適用範囲外になるという重大な穴があるのだ。
この「ルールのすき間」に目をつけ、他に先んじて積極的に「活用」しはじめたのが、アーセナル、マンUといったイングランドのビッグクラブだった。欧州のU-17年代でトップレベルの評価を受けている金の卵に、所属クラブにはとても支払えない高年俸のプロ契約をオファーして一本釣りし、長い目でじっくり育てるという戦略を、露骨なまでに徹底して推進しているのだ。
オファーを受けた選手(とその親)にすれば、世界的なクラブでプレーできる上に、普通ならとても望めないような年俸が保証されるのだから、喜んで契約書にサインして当然だろう。
問題は引き抜かれたクラブの方である。初めてのプロ契約には通常の移籍ルールは適用されないため「移籍金」は要求できない。FIFAの契約・移籍ルールに基づく「育成補償金」は要求できるが、これが、育成部門で最も有望なタレントを手放す代償として十分な額かといえば、大いに疑問である。
例えば、ルーポリの場合、アーセナルがパルマに支払った「育成補償金」は21万ユーロ(約2800万円)だった。イタリアU-17代表で19試合15ゴールという実績を残しているルーポリは、パルマのベテラン育成コーチが「こんな選手は他に見たことがない」と語るほどの逸材である。順調に育てば数年後には10倍の値段がついてもおかしくなかったはずだ。
引き抜きの手法があまりにも強引だったせいか、イングランドのマスコミもこのやり方を「クレードル・スナッチャーcradle snatcher」と呼んで揶揄しているらしい。直訳すると「揺りかごからの略奪者」。好意的なニュアンスでないことは確かだ。
資金力のあるビッグクラブが、金にモノを言わせてスターを買いあさり、強いチームを作って頂点に君臨する――。これ自体は、いつの時代にも起こってきたことだ。
買いあさる対象がすでにプロとして活躍している選手であれば、その選手の価値に見合った移籍金が動くわけだから、買う側と売る側の利害は釣り合うことになるし、適度な人材の流動化によってリーグ自体の活気が高まるという側面もある。
しかし、最高レベルの若きタレントを安いコストで引き抜こうとするこの「クレードル・スナッチャー」は、すべてのクラブから育成部門に投資するモティベーションを奪い取りかねない、かなり危険な行為だ。手塩にかけて育てた中でも一番有望な選手から、二束三文の金額しか回収できないとすれば、育成のうまみは大幅に低下する。
だが、ルールのすき間を突いているとはいえ、合法的な契約である以上、「揺りかごからの略奪」に歯止めをかけることは難しい。当面、育てる側のクラブにとっては、有望な若手とは多少のリスクを承知で早めにプロ契約を交わす以外、有効な防衛策は存在しないのが現状。
今後、こうした動きがさらに広まるのか、何らかの歯止めが必要にだという議論がでてくるのか、引き続き動向を追っていくことにしたい。■
(2005年3月2日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)