イタリアのマスコミ・ジャーナリズム事情を取り上げた一連の原稿のひとつです。ぼくも今はAJPS/AIPSの会員になって、一応大手を振って「職業はスポーツジャーナリスト」と言えるようになりました。それ以外は以前と何も変わりありませんが。
日本では、ライターやジャーナリストになるためには「名刺を作るだけでいい」ということになっている(筆者もその類いである)が、イタリアでは、ヨーロッパの多くの国々と同様、職業としてマスメディアに原稿を執筆したり、TV、ラジオで報道の仕事に携わるためには、制度的に認められた資格が必要とされる。
イタリアジャーナリスト協会(Ordine dei Giornalisti)という、法律で認められたギルド的な同業者団体があり、ここに加盟して2年の見習い期間を過ごし、試験を受けて合格することで、はじめてジャーナリストとして新聞社や出版社と正式な雇用契約を交わすことができるという制度になっているのだ。
これはおそらく、ジャーナリストという職業が、税理士、建築士、弁護士などと同様、公共の機能を担う自立した専門職であると考えられていることによるものだろう。
日本では歴史的に、新聞社や出版社に就職して社員記者になることで、自動的にジャーナリスト協会の一員に登録されるという仕組みが基本になってきた。個人ではなくマスコミ企業(新聞社、通信社、放送局など)が単位となって、ジャーナリズムの業界を形成している形である。
制度的なタテマエはともかく、実際の構図としていうと、ジャーナリストは自立した存在としてではなく、企業の一員であることによってその立場が保証されてきたことになる。
その必然的な結果として、フリーランスとして活動している(あるいは活動したい)人々は、制度的にはカヤの外に置かれてきた。でもライターに対する需要は存在しているので、名刺さえ作れば仕事はあるわけだが、それだけではジャーナリストとしての身分的な保障は何もないというのが実態である(注)。
一方、イタリアのジャーナリストとマスコミ企業の関係は、日本的な言い方をすると、正社員ではなく契約社員ということになる。専門的な職能を持ついわば個人事業主として、マスコミ企業と雇用契約を結び仕事をするという形だ。
この雇用契約については、プロサッカーやプロ野球の選手と同じように、標準となる統一契約書が存在しており、その内容は、一定期間ごとにジャーナリスト協会と出版・放送業協会が話し合って更新することになっている。イタリアで時々マスメディアがストライキを起こすのは、この話し合いの折り合いがなかなかつかないからだ。
最近では12月上旬、よりによってミラノダービー直前の3日間にジャーナリスト協会がストを打った。新聞は休刊。TVのニュース番組も5分間に縮小。マスコミの煽りがなかったせいで、ダービー直前はいつもよりずっと静かだった。
終身雇用が前提にある正社員ではなく、単なる契約社員ゆえ、ジャーナリストのキャリアの積み方も、日本とはかなり違っている。最初から大きな全国紙で仕事を始めることはほとんどなく、まずは地元のローカル紙からスタートし、そこでの実績や仕事の内容を評価されて、よりメジャーなメディアに「移籍」して行く、というのが最も一般的なパターンだ。
その辺は、下位リーグからキャリアを始めて、結果を残すことによってステップアップして行くサッカー選手と同じである。イタリアは強力なコネ社会なので、最初から大手メディアに入ってしまう人々も中にはいるが……。
イタリアのスポーツジャーナリズムにおけるメディアの格付けは、下から、ローカル紙、地方紙、三大スポーツ紙、全国紙という順番だ。ほとんどのスポーツジャーナリストは、この格付けを下から順番に上りながらキャリアと実績を積み重ねて行くことになる。
スポーツ新聞よりも一般紙が格上だというのは、どこの国でも一緒。実際、最も質が高く読みでのある記事は、『ガゼッタ・デッロ・スポルト』をはじめとするスポーツ紙よりもむしろ、『コリエーレ・デッラ・セーラ』、『ラ・レプブリカ』、『ラ・スタンパ』といった大手全国紙のものであることが多い。
日本の新聞社では、記者もまたひとりの社員であるため、現場で取材をして原稿を書くのはせいぜい40歳くらいまで、後はデスクになったり管理職になったりで「上がり」、というパターンが一般的だ。会社の人事制度として、現場には経験の少ない若手を送って鍛える、記者としてのキャリアはよくて20年、ということになっているのだろう。スタジアムのプレスルームに行っても、年配の記者をみかけることはほとんどない。
イタリアだけでなくヨーロッパではどこでもそうだが、現場に来ている記者の平均年齢は、日本とは比較にならないほど高い。スタジアムのプレスルームも多数派はオヤジたちである。感覚的にいうと、20代は駆け出し、30代は若手、40代になってやっと一線級、50代のベテランも少なくない、という感じか。
各紙の看板を背負っているのも、もちろん40代、50代の経験豊富なベテランたちだ。上に挙げた大手全国紙では、イタリアを代表する大御所たち(いずれもオーバー60)が、堂々と論陣を張っている。こういうところは、スポーツジャーナリズムの成熟度の差だな、という気がする。■
(注)スポーツジャーナリズムに関していうと、以前は、国際的なスポーツジャーナリストの同業者団体であるAIPS(国際スポーツプレス協会)の会員になるためには、マスコミ企業を通して申請する以外になく、マスコミ企業の社員以外には、原則として道が閉ざされていた。現在は、AJPS(日本スポーツプレス協会)の会員になり、その上で一定の基準を満たせば、AIPSに登録してスポーツジャーナリストの資格を得ることができる。
(2005年12月21日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)