昨日マッチレポートをアップしたCLミラノダービー、発煙筒投入事件の背後に何があったのかという話。その後いろいろ話を聞いて見ると、インテルもウルトラスと100%没交渉というわけではなくて、チケットをちょこっと横流ししたりはしてるらしいですが、ミランの癒着ぶり(今週と来週の『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」でレポート中)と比べたら可愛いもんです。

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先週火曜日のチャンピオンズ・リーグ準々決勝・ミラノダービーが、インテル・ウルトラス(ゴール裏の過激派サポーターグループ)の発煙筒投入による途中打ち切り/没収試合という、前代未聞の恥ずべき幕切れとなったことはご存じの通り。

ピッチに降り注いだあの発煙筒の雨は、またもダービーで敗れたという屈辱と怒りがもたらした、突発的な暴走行為のように見えたかもしれない。しかし、実際のところ、事情はそれほど単純ではない。サポーターの観戦マナーとか民度とか、そういうレベルの議論では済まない背景があるからだ。

試合の翌日、ミラノ警察署長は「インテルに損害を与えるために予め仕組まれた計画的犯行である可能性が高いと見られる」とコメントしている。サポーターが自らの応援するチームに損害を与えるなど、我々の想像を超えているが、残念ながら、イタリアでは現実にこういうことが起こり得る。紙面の関係で繰り返すことはできないが、先週のマッチレポートで触れた通り、試合前からその予兆や状況証拠は少なくなかった。

しかし、なぜウルトラスがインテルに損害を与えなければならないのか?
試合の翌日、ウルトラスが集まるある掲示板には「我々インテリスタに10年もの間、糞溜めの中で過ごすことを強いているクラブに正義の鉄槌を下してやった」、「無能なモラッティはインテルを去れ」といった書き込みが並んでいた。彼らのターゲットが、巨額の資金をインテルに注ぎ込みながら、まったく勝利をもたらすことができないオーナー、マッシモ・モラッティであることは明らかだ。

だがその背景には、勝てないことと同じか、もしかするとそれ以上に、ウルトラスを苛立たせているひとつの事情がある。95年にモラッティが経営権を手に入れて以来、インテルはウルトラスに対する「利益供与」、すなわち金銭の提供をはじめとするさまざまな便宜を図ることを拒否し続けているのだ。

ゴール裏に通っている読者の皆さんなら身にしみてご承知の通り、ウルトラスをやるのには金がかかる。アウェーの遠征費用とチケット代から、横断幕や大掛かりな応援パフォーマンスを仕込む材料費まで。

金がかかるということは、その活動を巡って金が動き、損得が発生するということでもある。ビッグクラブのウルトラスとなれば、動く金の規模も大きくなり、それに連れて損得の幅も大きくなるのは道理というもの。イタリアのゴール裏とその周辺には、その「得」の部分を食い物にして私腹を肥やしている連中が数多く跋扈している。

ゴール裏で大きな勢力を誇るグループの幹部ともなると、文字通りゴール裏まわりの活動だけで飯を食っているのが実態だ。収入源は、グループの年会費、チケットを会員に売りつけた販売マージン、オリジナルグッズの販売など多岐に渡る。いってみれば「プロのウルトラス」である。

実質的にゴール裏を支配し、応援の主導権を握っているだけに、彼らはクラブに対して小さくない影響力を行使できる立場にある。そしてほとんどの場合、それを利用してクラブから金を引き出し、というよりも脅し取っている。

構図としては、日本の総会屋や右翼が企業を脅して利益供与を受けているのと同じだ(偶然か必然か、「プロのウルトラス」の大部分は、ネオナチ、ネオファシスト系極右政治団体の活動家でもある。

イリドゥチービリ、ボーイズ、ヴァイキングといったインテル・ウルトラスの幹部もそう)。ところがインテルは、彼らに対して毅然とした態度を取り続け、ゼロとは言わないまでも最小限の利益供与しか行ってこなかった。

もちろん、彼らがモラッティを攻撃する最大の理由が、勝てない屈辱にあることに、議論の余地はない。しかし、たったそれだけで、あのように馬鹿げた行動に出るほど、ウルトラスは愚かではないし、直情的でもない。

試合の翌日、ミラノに本拠を置くイタリア最大の日刊紙『コリエーレ・デッラ・セーラ』を含むいくつかの新聞は、「モラッティはインテルを手放す決心を固めた」という観測記事を書いた。しかしその次の日、初めてマスコミの前に出てきたモラッティは、はっきりとこう語った。

「この困難な状況の中で、インテルというクラブ、そしてそのサポーターを守りたいという私の気持ちはますます強まっている。スタジアムには、あの騒ぎを引き起こした200人だけでなく、それに同調することなく振る舞った8万人のインテリスタがいた。8万人の彼らこそがインテルのシンボルであり、私は彼らとともにあり続けたい」

インテルは、発煙筒投入の現行犯で逮捕されたウルトラに対して、損害賠償請求の民事訴訟を起こしており、これもウルトラスを大いに苛立たせている。しかし、モラッティの決意は固い。8万人の、いや全国670万人のインテリスタが、オーナーのこの戦いを後押しすることを期待したい。■

(2005年4月20日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。