更新が途切れがちな今日この頃ですが、少しずつでも継続はして行くつもりです。今回は、2006年夏にイタリアサッカー界を揺るがせたカルチョスキャンダルを経て、06-07シーズンが当初の予定より半月遅れで開幕した時の雑感を。まだ2年前の話でしかないのですが、もう随分経ったような気もします。

首謀者ルチャーノ・モッジは先頃GEA関連の裁判で懲役6年の求刑を受けたばかり。本題である審判買収絡みの裁判はまだこれからです。まあ最終決着まであと数年はかかるんでしょうが、とりあえずカルチョの世界から彼本人を排除することはできたので、それだけでも大きな成果には違いありません(間接的な影響力はまだ様々な形で発揮しているわけですが……)。

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先週末から、やっとセリエA、Bが開幕した。カルチョスキャンダルの嵐が吹き荒れた夏の間は、下手をすると9月末くらいまで日程すら決まらないんじゃないかという気がしたものだが、何とか2週間遅れただけで始まってくれて、ほっと一息である。いつまでも買収だ裁判だ処分だという話ばかり追いかけているよりも、スタジアムの空気を吸って人とボールの動きを追いながらあれこれごたくを並べる方が、ずっと人間らしいまっとうな生活というものだ。

しかし、実際に始まってみると、今シーズンのセリエAにはカルチョスキャンダルの爪痕が深く刻まれていることを、改めて目の当たりにすることになる。

今さらながら、といわれるかもしれないが、最も象徴的な出来事は、やはりビッグネームの相次ぐ国外流出だろう。

ユヴェントスからは、カンナヴァーロ、エメルソン(レアル・マドリード)、トゥラム、ザンブロッタ(バルセロナ)と、4人のワールドクラスがスペインに去った。ミランからは、シェフチェンコ(チェルシー)、スタム(アヤックス)、ルイ・コスタ(ベンフィカ)、フォーゲル(ベティス)の4人が、インテルからもマルティンス(ニューカッスル)、ヴェロン(エストゥディアンテス)、キリ・ゴンザレス(ロサリオ・セントラル)、セーザル(コリンチャンス)と、やはり4人がイタリアを後にしている。

ローマからはクフレ(モナコ)、ノンダ(ブラックバーン)、ミド(トッテナム)、さらにはエンポリで昨シーズン19ゴールを挙げたタヴァーノ(ヴァレンシア)も、流出リストに加わった。

何だ、大半はキャリア終盤のベテランじゃないか、と言われるかもしれない。そしてそれはその通りだ。しかしそれでも、セリエAがこれだけ多くのビッグネームを一度に失ったことは、今だかつてなかった。

それをなおさら深刻に感じるのは、新たにイタリアにやってきた外国人選手のリストを見た時である。ビッグネームと言えるのは、インテルの右SBマイコン(モナコ/移籍金600万ユーロ)と、ミランのFWリカルド・オリヴェイラ(ベティス/2000万ユーロ)という、ふたりのブラジル人くらいだろう。とはいえ両者とも、ワールドカップではセレソンの23人枠に入ることができなかった。

セリエBでは、ユヴェントスがニューカッスルからフランス代表CBブームソンを、ジェノアがリーヴェルプレートから元アルゼンチン代表FWフィゲロア(スペインでは通用しなかった)を獲得している。

それ以外に、ちょっと名前が知られているのはキエーヴォが獲得したポーランド代表のコソウスキ(サウザンプトン)くらいか。ルコヴィッチ、スケラ、オーグロ、クネゼヴィッチ、ペナルバ、オガサワラ、セメード、ジヴァノヴィッチ、モリモトと聞いて、3人以上ピンとくる名前があったら、よほどのワールドサッカー通か日本人のどちらかである。

これは何を意味しているのか。それは、イタリアにはもはや、インテルとミラン(とユーヴェ)以外に、外国人のビッグネームを買えるだけの資金力を持ったクラブが存在しないという事実である。つい5、6年前までは、そこに加えて、パルマ、ローマ、ラツィオ、旧フィオレンティーナという「ビッグ7」が(一時的な)隆盛を誇っていた。多くの大物外国人がセリエAでプレーしたのも、それゆえだった。

しかし、TV放映権バブルが弾けた2001年以降、上記の4クラブはいずれも財政が破綻かその寸前まで行き、大物外国人を獲得するどころか手放すことで何とか命脈を保つ始末。今やイタリアのクラブの平均的な購買力(ビッグ3除く)は、ヨーロッパの有力国の中では、イングランド、スペインはもちろん、ドイツにも及ばなくなっているのではないだろうか。

と思ってちょっと調べてみたら、イタリアの日経新聞と勝手に呼ばせてもらっている『イル・ソーレ・24オーレ』が、ヨーロッパ5大リーグそれぞれについて、参加クラブの売上高総計(=各国リーグの市場規模)を比較している記事がみつかった。それによると、トップはプレミアリーグで16億8500万ユーロ(約2528億円)。

これは予想通りだが、2位、3位は意外なことにブンデスリーガ(13億700万ユーロ=約1960億円)、リーグ・アン(9億4700万ユーロ=約1420億円)と続く。リーガ・エスパニョーラとセリエAは、ともにおよそ9億1000万ユーロ(=約1365億円)で最下位となっている。

その内訳は大きく、入場料、TV放映権料、スポンサー、マーチャンダイジングの4項目に分かれているのだが、それを見ると、プレミアは入場料だけで6億2000万ユーロ(約930億円)と、全収入の1/3以上を稼ぎだしているのだが、セリエAの入場料収入はわずか1億2000万ユーロ(約180億円)で、全体の1割強にしか達していないことがわかる。

イタリアのスタジアムは、総じて設備が古い上に汚いし、スター選手も少なくなってスペクタクル度も低下するしで、当分入場料収入の増加は望めそうにない。それどころか、今シーズンの年間チケット売上高などは、ほとんどのクラブが軒並み前年比大幅なマイナス。ミランなどは、5万人から3万2000人に、-40%近い減少となっている。インテルも4万1000人から3万1000人へと、25%もの減少だ。

サッカーがこれだけ生活と社会に根付いているイタリアにして、ついに人々の足がスタジアムから遠のき始めているというのは、その代わりみんなTVにかじりついていることはよく知っているにしても、ちょっとショックである。まあぼく自身は、そんなことにお構いなくスタジアムに足を運び、カルチョと付き合い続けて行くつもりだが。■
(2006年9月17日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。