今やミランの「テクニカル・オペレーション・ディレクター」というよくわからない役職(実際にはスポーツディレクター補佐というか、クラブ首脳とチーム部門を結ぶ接点のような役割に見えます。いずれにしても幹部候補生であることは間違いない)に就いているレオナルド。

ミランを退団してブラジルに戻り、2001年一杯で現役を引退した後、2002年の秋にベルルスコーニとガッリアーニから呼び戻されて、その後はずっとミランのヘッドクォーターに身を置いています。

『SPORTS Yeah!』に掲載されたこのインタビューは、ミランに戻ってきてから3ヶ月ほどで、まだ現役として選手登録されていた当時に取材したもの。ちょうど、アンチェロッティが就任2年目に「ピルロ・システム」を導入し、最後にはウェンブレーでチャンピオンズリーグ優勝を勝ち取ることになるシーズンです。

レオ自身についての話も興味深いですが、当時のミランの状況もヴィヴィッドに伝わって来るので、歴史的な資料としても読めるかと。饒舌でインテリジェントでチャーミングなレオのパーソナリティが伝わるといいのですが。

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レオナルドがミランで現役復帰!
誰もが予想だにしなかったニュースが突然報じられたのは、10月初めのことだ。

2000-01シーズンを最後に、4年間在籍したミランを去ってブラジルに戻った“レオ”は、かつてプレーし黄金時代を築いたサンパウロで半年、そして最後はプロとしてのキャリアをスタートしたフラメンゴでもプレーして、33歳で現役生活に幕を下ろしていた。

2002年ワールドカップには、ファンの多くが密かに期待していたセレソンのユニフォームではなく、仕立てのいいスーツに身を包み、TV解説者として来日した。その表情は、長年背負ってきた戦いのプレッシャーと緊張から解き放たれた、穏やかな“元選手”のそれだった。

ところが、である。10月7日にザグレブで行われたミラン時代のチームメイト、ズヴォニミール・ボバンの引退試合に出場するためヨーロッパを訪れていた彼は、試合が終わってミラノに戻るとそのままミランに合流し、背番号33を背負って現役復帰を果たしてしまったのだ。

いったい、この突然の復帰劇の裏には、どんな事情があったのだろうか。

「ボバンの引退試合が終わった翌日、あの試合でぼくがプレーするのを観ていたベルルスコーニ会長とガッリアーニ副会長、ふたりの首脳から、ミランの仲間として、この新しいプロジェクトに加わって力を貸してほしい、一緒に同じ夢を見ないか、と言われたんだ。彼らにそう言われて、ノーということはできなかった。理屈じゃなくて感情でね。

ぼくが一番心を動かされたのは、今回の出来事がすべて、ぼくとミランを結びつけてきた精神的な絆から生まれたことだった。ミランは別に選手が足りなくてぼくを呼び戻したわけじゃないからね。

ぼくはほとんど10年ぶりにブラジルに帰り、現役を引退して、やっといろいろなことが落ち着いたところだった。5年前に立ち上げた、貧しい子供たちに教育の機会を提供するための財団“ゴール・デ・レトラ”の活動に全面的に関わっていたし、新しい人生を始めるために学びたいこともたくさんあった。ところがこれで、その計画がまた全部ひっくり返ってしまった。でも、どうしてもノーということができなかったんだ」

しかし、そうまでしてミランに戻ってきたレオナルドが、試合に出場することはほとんどない。では何のための現役復帰だったのか、という疑問が浮かんでくるのも、当然といえば当然だろう。

「ぼくはともかく毎日みんなと練習して、機会があればコッパ・イタリアでプレーもする。でも、チームの中でのぼくの存在というのは、選手という立場は同じではあっても、周りのみんなとは違っていると思う。彼らは常に大きな期待と責任を背負って、試合でいいプレーをして勝利を勝ち取るためだけに毎日を過ごしている。

でも今のぼくには、そういう期待は向けられていないし、だからこそ違った視点から物事を見ることができるんだ。それに、いまチームメイトたちが置かれているのと同じ、厳しい状況を生きてきた経験もある。そういう人間が側にいて手助けしてくれることは、サッカー選手にとってはとても大事なことなんだよ。必要なことなんだ。

だからぼくは、自分がミランの一員としてここにいることそれ自体が、チームへの貢献になると思っている。ぼくは監督やコーチと違って、チームメイトに教えるような立場でもなければその資格があるわけでもない。アドバイスなんていう言葉を使うことすらおこがましいくらいだけれどね。

ただぼくの場合は、チームメイトだけでなく、テクニカル・スタッフ、そしてクラブの役員とも近いところにいるから、チームで起こっていることを、みんなとはちょっと違う、引いた視点から見ることができる。そういうところで何かこのチームの成長に貢献できる部分があるだろうと思っているんだ」

でも、ある記者会見で、レオが「ポジション争いに参加するつもりもない」と飄々と語るのを聞いた時には少し寂しい気持ちになった。そう水を向けると、帰ってきたのはこんな答えだった。

「そう?(笑)でも、一度引退して復帰した人間が、このミランで決定的な差を作りだすことを期待されている選手と互角に張り合おうと考えること自体、あまり建設的なことじゃないし、意味がないと思うよ。ぼくは6ヶ月の間、まったくプレーしていなかった。そこからもう一度、世界の最高峰を争うこのチームでプレーできるレベルまで心身のコンディションを取り戻すというのは、現実として不可能なことなんだ。

今はぼくの人生にとってひとつの過渡期だと思っている。将来のことはまだ何もわからないけどね。でも、そういう心配はしないことにしたんだ。もう先の計画を立てるのもやめた。ぼくは乙女座だから、きちんと計画を立てて物事を運ぶのが好きなんだけど、実際にその通りにいった試しがないんだよ。

今だって、本当ならぼくはリオの自分の家にいて、財団の仕事やその先の仕事のための準備をしているはずだった。ところが、なぜかここミラノでこうしてきみたちと喋っている。だから、もう先の心配もしないし計画も立てない。ただ、今この時に与えられたものを最大限に享受して生きるだけだよ。

実際ぼくには、毎日チームと一緒に練習する時間もあれば、ミランと一緒に財団を立ち上げるプロジェクトを進める時間も、ここミラノのボッコーニ大学でFIFAが主催するスポーツ・マネジメントのマスターコースを聴講する時間もある。そして時にはサン・シーロでコッパ・イタリアを戦うこともある。これほど贅沢な話はないと思わない?

もしぼくが、ミランの主力選手として毎試合、重い期待と責任を背負ってプレーしなければならない立場なら、こんなことは不可能だからね」

それでは、そんな立場のレオナルドから、今シーズンのミランはどんな風に見えているのだろうか?

「今年のミランは、これまでの常識を覆すようなチームだよね。1〜2人のフォワードのほかに、2〜3人、多い時は4人ものファンタジスタを同時にピッチに送ってプレーしている。これはぼくから見れば本当に、とても素晴らしいことだと思う。しかも試合ごとにその顔ぶれが入れ替わって、時には試合の中ですらメンバーや戦い方が変わる。すごくたくさんの選択肢があるからね。

もうひとつ大きいのは、チームの中に、いいサッカー、人々を楽しませ驚かせるサッカーをしようという意欲が満ちあふれていること。これが一番素晴らしいことかもしれない。

それを可能にした要素はいくつかあると思う。まず出発点として、クラブの選択があった。テクニックのある優秀なプレーヤーをたくさん集めようというクラブの方向性があって、こういうチームの構成ができあがったわけだから。でも、ただやみくもに優秀な選手を集めたからといって、それだけで彼らが持てる力をすべて発揮できるとは限らない。そのための環境と機会が必要だからね。

その点で、アンチェロッティ監督はすごく勇気ある選択をして、その選択が正しかったことを証明するいい仕事をしていると思う。そしてもちろん、個々の選手のパフォーマンス。そのすべてがうまく噛み合ったからこそ、今のミランがあるんじゃないかな。

でも勝利のためにはそれだけでもまだ十分じゃない。それらすべてが噛み合って、化学反応のようなものが生まれなければならないんだ。そこからポジティヴな結果が生まれ、それがさらに自分たちの力に対する自信と確信につながっていく。

今年のミランと、これまで何年かのミランの一番大きな違いは、まさにそこ、自分たちの力に対する自信と確信の強さにあると思う。今、このチームは自信に満ちあふれているからね。

ぼくが移籍してきた時、ミランは史上稀に見る偉大な勝利のサイクルの末期にあった。バレージ、タソッティ、ドナドーニ、ライカールト、ファン・バステン、グーリットなどなど、勝てるタイトルを全て勝ち取ったプレーヤーが2〜3年の間に次々と引退し、あるいはミランを去って、ひとつの世代が幕を閉じた。残ったのはマルディーニとコスタクルタだけだった。

ひとつのサイクルが終わった後に、改めてその勝利のメンタリティを受け継いで行くことは、並大抵のことじゃない。ぼくがミランの選手として過ごした4年間は、まさにミランがそういう問題に直面している時期だった。優秀なプレーヤーがたくさんミランを通り過ぎて行ったけれど、みんな苦しんだ。チームとしてまとまらず、なかなか勝つことができない。

でもそんな時だからこそ、人は何かを学んだり、物事を違った角度から見たりするようにもなる。そうして、ザッケローニの1年目にはスクデットを勝ち取ることもできた。あの年はそこまで行けるとは誰も期待していなかっただけに、本当に嬉しい、そして素晴らしいタイトルだったよ。

あのチームは、新しい監督の下で、それまで続いてきた困難な時期を乗り越えようとひとつになって戦った、とてもいいチームだった。みんな一緒に成長して行ったんだ。それからまた難しいシーズンが少し続いたけれど、今年はついに、いろんな要素がひとつにまとまって素晴らしいチームができ上がったという確かな感触がある。

これは忘れられがちなことだけど、今シーズンのミランは、実は勝利を義務づけられてスタートを切ったわけじゃない。今はもはやそうなったけれど、最初はそうじゃなかった。ひとつの予感みたいなものはあったかもしれないけれどね。

決定的だったのは、ほとんどの選手が心身ともにトップに近いコンディションでシーズン開幕を迎えて、すごいスタートダッシュを切ったことの方だった。カンピオナートでもチャンピオンズ・リーグでも勝ち進んで行くことで初めて、チームの中に大きな自信が生まれ、またミランを見る周囲の目も大きく変わったんだ。

今はミランを見ると誰もが、なんてすごいチームだろう、なんてすごい選手たちだろう、と言うよね。つい去年までは、そういう尊敬の念にも似た眼差しがミランに向けられることはあまりなかったよ。ところが今年、序盤の試合で大きな結果を出したことで、チームの内部には自信と確信が生まれて深まり、周囲には評価と尊敬の雰囲気が広がった。

今シーズンが、ミランの新しい勝利のサイクルの始まりになるための条件はすべて整っていると思うよ。このクラブがどんなクラブで、自分たちは何をすべきか、何を求められているのかを理解している選手たちがたくさんいるし、何よりもチーム全体が、ポジティブなやる気に満ちあふれている。ここまでの成績や戦いぶりも、ひとつのサイクルの幕開けを感じさせるに十分なものだよね。

とにかくみんな、試合が待ち遠しくて仕方がないんだ。早くまた試合をしよう、また勝とう、という意欲にチームが満ちあふれている。ピッチに立つのが楽しくて仕方がないんだ。もちろん、ピッチに立ってボールを蹴るのはいつだって楽しいことだけれど、こうやっていつもいいサッカーを見せ、勝つことができれば、楽しみもずっと大きいからね。

でも、ここから先に進むのは簡単じゃない。一番難しいのは、この状態を保って行くことだからね。それと比べれば、一度頂上にたどり着くこと自体は、ずっと簡単なことだと言ってもいいくらい。ここからが勝負だよ。ここまで起こってきたポジティブな連鎖反応が、これからもずっと続いて行くことを、心から祈っているよ」□

(2003年1月19日/初出:『SPORTS Yeah!』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。