「イタリア代表の歩み」シリーズ(?)その4は、本大会出場が決まってから初めての親善試合となった、2005年11月のオランダ戦レビュー。リッピ体制になってから「一等国」と対戦するのは事実上これが初めてでしたが、アウェーという条件ながら完勝したことで、チームもイタリアの世論も大きく自信をつけるきっかけになった一戦でした。
ぼくはこの試合の取材で(恥ずかしながら)初めてアムステルダム・アレナに足を踏み入れたのですが、イタリアのスタジアムが15年は遅れていることを実感させられてショックだったことを覚えています。
2-1でイタリアがリードして迎えた後半5分。最終ラインからの長い縦パスを受けたイタリアの9番トーニが、194cm、89kgという体躯に似合わぬ身軽さで前を向き、ドリブルで突進を始める。
これが代表2試合目というオランダの若手センターバック、フラールが慌ててチャージに行くが、身体を当てられてもユニフォームを掴まれても、トーニの巨体はびくともせず、ボールは足下に吸い付いたままだ。ペナルティエリアに入り、もつれるように並走するフラールを一瞬の切り返しで振り切ると、前に出るGKの動きを冷静に見極め、右足アウトサイドでゴールネットを揺らした。
ハーフタイムを挟んでほんの半時間前、前半38分に地元アヤックスの若き新星バベルのゴールでオランダが先制した時には、スタンドをオレンジ色に染め上げた5万人近いサポーターの大歓声に揺れたアムステルダム・アレナも、電光掲示板に「オランダ1ー3イタリア」というスコアが大きく描き出された今は、戸惑ったような沈黙に包まれている。
ひと呼吸置いて、スタンドの一角を占める数十人のイタリア人グループから、控えめに、しかし誇らしげな声が湧き上がった。「イータリア!イータリア!イータリア!」。
試合後の記者会見、オランダのファン・バステン監督は、ベンチに座って試合を見守っている時と変わらぬポーカーフェイスで、淡々と敗戦を振り返った。
「内容的には、スコアほどの差はなかったと思っている。作り出したチャンスの数は変わらないはず。特に後半はボールを支配して攻撃できたので、決して悪い試合ではなかった」
2004年8月のオランダ代表監督就任以来、17試合目で喫した初黒星。旧知のイタリア人記者がそれについて質問すると「負けた相手がイタリアでよかった。少なくとも友人たちを喜ばせることはできたわけだから」とリップサービスも忘れなかったが、本心では結果への強いこだわりは最初から持っていなかったに違いない。
「3失点したことが示す通り、守備面では課題が多かったが、それも含めて収穫は多い。親善試合なのだから、勝敗は重要じゃない。自分たちの欠点を知る機会を得ることができ、むしろ良かったと思っている」
実際、この試合でファン・バステンがピッチに送ったメンバーが、勝ち負けよりもテスト、若手に大舞台の経験を踏ませることに重点を置いたものであることは、誰の目にも明らかだった。
ファン・ニステルローイ、ファン・ペルシ、ロッベンという主力を軒並み欠いた3トップの前線は、通常はウイングとして起用しているカイトを中央に据え、右に22歳のカステレン、左に19歳のバベルを配した若い、かつ実験的な布陣。予選を通じて守備陣のリーダーだったオプダムを欠く最終ラインにも、所属するAZですらレギュラーとはいえないマタイセンとフラールをあえて抜擢している。
「20歳のフラールは、トーニという偉大なストライカーによってこれ以上ない困難に直面させられたが、彼にとってはいい経験になったはずだ。世界トップレベルのFWを相手にするのがどういうことか、肌身でわかっただろう」
この日のスタメン11人のうち、つい1年半前に行われたユーロ2004からの生き残りは、わずか3人(ファン・デル・サール、ファン・ブロンクホルスト、コクー)のみ。監督就任以来、強い意志をもって推進してきた世代交代路線には、本大会を前にさらに拍車がかかっている。
ネームバリューや過去の実績には一切拘泥しない。ファン・バステンは、個性と自己主張の強いベテランよりも、モティベーションが高く自己犠牲を厭わないチームスピリットを備えた若手、中堅を優先するという明確な基準のもとに選手を選び、結束が強いコレクティブなチームを作り上げてきた。
今のオランダには、マカーイもクライフェルトもいなければ、ダーヴィッツもセードルフもいない。国際的には無名の「国内組」を中心としながら、予選を無敗で勝ち抜くことができたのは、チームとしての戦術的完成度の高さゆえだろう。
この試合で目立ったのも、個の力ではなくむしろ組織としての秩序の方だった。システムは、オランダサッカー伝統の4ー3ー3。見る者を驚かせる華麗なテクニックの持ち主は誰ひとりいないが、ディフェンダーから前線まで、止める、蹴るという基本技術は非常に正確だ。
ピッチを広く使ってシンプルなグラウンダーのパスを足下につなぐ幾何学的なボールポゼッションで試合の主導権を握り、相手の守備が最も手薄な両サイドからウイングが1対1の突破を仕掛けて、クロスで決定機を作る――。育成段階から選手たちの身体にDNAのように刻み込まれている理詰めのスタイルを徹底して展開するこのチームには、オランダという国の豊かな「サッカー的国力」が、正しく反映されている。
内容的に見れば、攻撃の鍵を握る両ウイング、そしてセンターフォワードがいずれも本来のレギュラーではなく、イタリア守備陣相手に違いを作り出せるほどの実力を備えていなかったため、最終局面には物足りなさが残ったことは事実。
しかし本番ではここに、ファン・ニステルローイ、ロッベン、ファン・ペルシといった、独力で局面を打開し決定的な仕事ができるアタッカーが戻ってくる。そうなれば、ブラジル、アルゼンチンという優勝候補に欧州から対抗する一番手、という現在の評価にふさわしいチームになることは間違いない。
アウェーのイタリアもシステムは4ー3ー3。しかしこちらはまったく逆に、伝統的なイタリアサッカーといかに決別するかが大きな課題である。
マルチェッロ・リッピ監督は「どんな相手に対しても3人のアタッカーを起用する」と宣言、“脱カテナッチョ路線”を強く打ち出してきた。はたしてアズーリは、強敵オランダに敵地で戦いを挑むこの試合でも、攻撃的な姿勢を貫き結果を残すことができるのか。その戦いぶりには大きな注目が集まっていた。
唾吐き事件で面目を潰したユーロ2004の雪辱を期する攻撃の要トッティを直前の怪我で、不動の守護神ブッフォンを肩の怪我による長期欠場で欠くとはいえ、それ以外は現時点でのベストメンバー。現在売り出し中のトーニとジラルディーノに、今やベテランの域に達したデル・ピエーロを加えた3トップの前線に加え、グロッソ、ザンブロッタという攻撃的なサイドバックを左右に配した布陣である。
「結果よりも、自分たちのサッカーを貫き、主導権を握って戦えるかどうかが重要。ボールを観客席に蹴り出しながらリードを守り切って勝つことに意味はない。負けても、強敵に正面からぶつかって最後まで渡り合う方がいい」
前日会見でリッピはこう断言していた。
4ー3ー3同士のぶつかり合いは、立ち上がりからサイドでの攻防が焦点になった。 前半10分、オランダが右ウイング・カステレンの突破からチャンスを作り、カイトがこぼれ球を押し込むが、これはオフサイド。29分、今度はイタリアが、右サイドを攻め上がったザンブロッタのクロスを、ジラルディーノが頭で決める。しかしこれも、クロスを上げる前にボールがゴールラインを割ったという判定でノーゴール。
38分にやはりカステレンの突破からオランダが先制するまで、試合の流れはまったくの互角といってよかった。これまでのイタリアなら、オランダのように安定したボールポゼッションで主導権を握りに来る強豪に対しては、引き気味に位置して受けに回り、攻撃はもっぱらカウンター狙いというサッカーで対応したはずだ。しかしこの日のアズーリは違った。
中盤の底でタクトを振るうピルロを軸にリズムよくパスをつなぎ、それに合わせてサイドバックが敵陣に攻め上がって、サイドで数的優位を作り出す。前半だけに限れば、ボールポゼッションではむしろ上回っていたほどだった。
トーニ、ジラルディーノという新世代の看板2トップに、左にオフセットしたデル・ピエーロが絡む変則3トップも、呼吸の合った動きを見せる。
先制されてからわずか3分後の41分、ショートコーナーからデル・ピエーロが入れたクロスを、ジラルディーノが頭で押し込んで同点にすると、ロスタイムにはコーナーキックからオウンゴールを誘って逆転に成功。後半が始まってすぐ、トーニがパワーにモノを言わせた個人技で3点目を決めて畳みかけ、勝負を決めた。
キャプテンのカンナヴァーロは、満足そうな表情で試合を振り返る。
「今僕たちは、カテナッチョというレッテルを返上しようと戦っている。この1年半、どこに行っても相手に合わせることなく、自分たちのサッカーをしてきた。今日だってそうだ。前半の終わり、先制された前後の10分か15分は、ずっとこっちが主導権を握って、ほとんどオランダ陣内で戦った。あれは本当に気持ちよかったね」
試合後のプレスルームに上気した顔で現れたリッピの舌も滑らかだった。
「オランダは手強い相手だった。しかし我々は、攻め込まれてもすぐに押し返し、最後まで防戦一方になることなく戦い切ることができた。勝ったことはもちろんだが、それ以上に、どんな相手とでも攻撃的なスピリットを持って戦うことができるという自信を手に入れたことに満足している。もちろん、過信は禁物だがね」
ワールドカップまであと半年あまり。まだ時間があるように見えるかもしれないが、欧州サッカーシーンの過密日程の中、今から本番までの間に、各国の代表監督がテストのために使うことのできる国際Aマッチデーは、あと1回(3月最終週)だけだ。顔ぶれが多少入れ替わることはあっても、チームとしての基本路線と戦術を変更する時間は、もはや残されていない。
その意味でも、3トップの攻撃的なサッカーが、強豪相手に本当に通用するのか、という疑問に答えを出し、“脱カテナッチョ路線”にさらに弾みをつけるこの勝利が、イタリアにとって大きな意味を持つことは間違いない。リッピにも選手にも、そしてマスコミや世論にも、もはや迷いはまったくなくなった。
カンナヴァーロは言う。
「ただ前線に突っ立ってる3トップでは、チームは機能しない。でもイタリアの3トップはよく動くし、守備になればしっかり中盤に戻って協力してくれる。そして何より、攻撃になればゴールを決めてくれる」
攻撃陣の中でも、ここに来て大きく株を上げたのがトーニだ。バスケット選手並みの恵まれた体格を生かしたフィジカルの強さと、それに似合わぬ繊細な足下のテクニックが融合した、これまでのイタリアにはいないタイプのセンターフォワード。
セリエAでここまで12試合15ゴール、代表でも今シーズンすでに4ゴールと、28歳にして遅咲きの大ブレイクを果たした。この好調をシーズンの終わりまで維持できれば、ワールドカップ本番の前線は、トーニとジラルディーノの2トップ+トップ下にトッティという顔ぶれで決まりだろう。
本番ではそのトッティに加えて守護神ブッフォンも復帰し、チーム力はさらに向上するはず。6月のドイツでは、アズーリらしからぬ吹っ切れた戦いで強豪と正面から渡り合う姿を期待してもよさそうだ。■
(2005年11月21日/初出:『SPORTS Yeah!』)