かつては金満クラブの代表格だったミランが、オーナーであるベルルスコーニ家の懐事情から自前の選手育成に力を入れ始めたのは、ここ5〜6年のこと。資金不足も極まってほとんど補強ができなかった今シーズンは、ドンナルンマ、ロカテッリ、デ・シーリオからアバーテまで、生え抜きのイタリア人が主力としてプレーし、なおかつ目先の結果も出るという皮肉な結果になっています。これはその路線転換をインテルと比較しながら論じた4年ほど前のテキスト。

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シルヴィオ・ベルルスコーニ(ミラン)とマッシモ・モラッティ(インテル)といえば、カネにあかせて即戦力を買い集めてチームを補強し、目先の勝利を追求する金満オーナーの代名詞のような存在だった。

両チームのホームスタジアムであるミラノのサン・シーロは、ファン・バステンやグーリット、ロベルト・バッジョやロナウドから、ヴィエーリ、シェフチェンコ、そしてカカ、スナイデル、イブラヒモヴィッチまで、世界最高レベルのトッププレーヤーが競演する夢の舞台だった。

しかし今、セリエAを代表するこの2つのクラブは、揃って大きな路線転換を図りつつある。

移籍マーケットへの資金投入を極力手控え、「買い」よりも「売り」に力を入れることによって移籍金収支をプラスにしようと努めるだけでなく、たとえ主力クラスであっても、年俸が高額でクラブの財政にとって負担になると判断したベテランは思い切って売却、場合によっては契約解除することで、人件費を大幅に削減してクラブの財政健全化を一挙に進めようとしているのだ。わかりやすくいえば「リストラ」である。

ミランは、ネスタ、セードルフ、ガットゥーゾなど、00年代の黄金期を築いたベテランたちが揃って退団したのに加えて、新チームの攻守を中核として担うはずだった2人の大黒柱、イブラヒモヴィッチとティアーゴ・シルヴァをPSGにセットで売却するという、大胆きわまりない「ショック療法」に踏み切った。大幅な戦力ダウンになることを承知しながら、それでもなおクラブの支出カット、財政健全化を優先させるという姿勢を、誰の目にも明らかな形で打ち出したのだ。

もちろん、サポーターからは大きな非難が集まった。それに対してベルルスコーニ会長は7月31日、オフィシャルTVの「ミラン・チャンネル」に出演して、次のように訴えかけた。

「ティアーゴ・シルヴァもイブラも売りたくはなかった。実際一度は断るという決断を下した。しかしPSGのオファーは、クラブの収支を数年間に渡って安定させるものであり、経済的な観点から見て断ることは不可能だった。大きな痛みと涙を伴う、しかし財政的に見れば不可避の選択だった」

「イタリアを襲っているこの不況と経済危機の影響から、カルチョだけが逃れることは不可能だ。我々を取り巻く経済状況は、90年代や00年代前半のような投資をもはや許容してくれない。しかしそれでも、育成部門を充実させ偉大なカンピオーネを自ら作り出すことによって、勝利を勝ち取ることはできる。サポーターにはこう言いたい。巨額の投資をしなくとも楽しくスペクタクルなミランを築くことは可能だ。私たちは勇気と、そしておそらくほんの少しの忍耐を持たなければならないだろう。しかしその結果、新たな勝利のサイクルに道をつける、若く魅力的なチームを築くことができると信じている」

ここでベルルスコーニが言おうとしているのは、つまるところただひとつ、もうこれ以上ミランのために自らの財布を開いてスター選手獲得のために(そして彼らに高額の年俸を払うために)私財を投じることはできない、だから自前で選手を育てる路線に転換せざるを得ない――ということだけである。

その事情はインテルもまったく変わらない。ミランほど派手な「売り」に出てはいないが、フォルラン、ルシオとの契約を解除しただけでなく、00年代後半の黄金時代を築いた功労者であるジュリオ・セーザル、将来的に攻撃の中心を担うと期待されていたパッツィーニを戦力外扱いにしてチームから外し、移籍先探しを強いるという、かなり強引なやり方で高年俸の中堅・ベテラン「切り捨て」を進めている。「ページをめくって新たな時代を記すべき時期に来ている」(モラッティ)と、会長自らが路線転換を明言しているところもライバルと同様だ。

金満クラブの代表格だったミラン、インテルが、切羽詰まったようにリストラを進める背景材料は2つある。ひとつは、ベルルスコーニも触れている欧州の不況と経済危機。2008年秋のリーマンショック以降、ヨーロッパは慢性的な不況に陥っており、今年に入って顕在化したユーロの通貨危機がそれに拍車をかけている。ベルルスコーニやモラッティの莫大な個人資産も株式・債券相場や不動産価格の下落によって大幅に目減りしつつある。もはや年間数千万ユーロ、時には1億ユーロ以上のカネをサッカークラブ経営という「道楽」のために投じる余裕はなくなってきているのだ。

もうひとつの材料は、UEFAが昨シーズンから導入した「ファイナンシャル・フェアプレー」の理念に基づく新たなクラブライセンス制度。オーナーによる赤字補填は、11-12、12-13の2シーズン合計で4500万ユーロが上限とされているのだが、ミラン、インテルは共に年間6000万ユーロから1億ユーロを超える赤字経営が常態化しており、人件費カットによる支出削減は、FFP基準をクリアする上で絶対不可欠な条件となっている。

ミラン、インテルの売上高は、バルセロナ、レアル・マドリーの半分程度に過ぎない。単純に考えても、同じレベルの人件費を投じて世界のトッププレーヤーを抱え続けることはもはや不可能。ドラスティックな形でリストラを進め、「カネの力」に頼らない強化戦略に路線転換して競争力のあるチームを築き上げない限り、生き残りは不可能なのである。
 
とはいえ、金満クラブの代名詞のような存在だったミランとインテルが、そう簡単に育成重視への路線転換を果たすことができるのだろうか。以下、両チームの現状を具体的に見てみることにしよう。

ミラン

ミランは、イタリアはもちろんヨーロッパのメガクラブの中で、育成部門を最も「軽視」してきた中のひとつだった。トップチームの強化は、すでにでき上がった即戦力、可能ならばビッグネームを大金を積んで獲得するのが基本であり、育成部門を戦力の供給源とはまったく考えてこなかった。

90年代の栄光を築いたチームにはマルディーニ、コスタクルタ、アルベルティーニというバンディエーラがいたが、彼らを最後に、トップチームに定着する生え抜きは、アバーテとアントニーニまで15年以上も現われなかった。しかもアバーテは5シーズン、アントニーニは7シーズンもの間プロヴィンチャーレを渡り歩いた末、20代半ばを過ぎてやっとミランに復帰・定着を果たした選手である。ミランで育ち他のクラブで代表レベルまで成長を遂げた選手も、近年はマトリ(ユヴェントス)、アストーリ(カリアリ)、ボリエッロ(ローマ)くらいしか見当たらない。

そんなミランが育成「軽視」を改めて少しずつ力を入れ始めたのは、緊縮財政路線に少しずつ舵を切り始めた数年前から。しかし、一から自前の選手を育て上げようとするわけではなく、国内外から10代後半のタレントを「青田買い」してアッリエーヴィ(U-17)やプリマヴェーラ(U-19)に組み込み、そこからトップチームに引き上げようというのが基本的な姿勢だ。

近年獲得した主な若手は以下の通り。

<08-09シーズン>
○ミケランジェロ・アルベルタッツィ(DF93年生まれ・ボローニャ)→今季はヴェローナ(B)にレンタル
○アレクサンデル・メルケル(MF92年生まれ・シュツットガルト)→今夏ジェノアに売却
<09-10シーズン>
○シモーネ・カルヴァーノ(MF93年生まれ・アタランタ)→今季はヴェローナ(B)にレンタル
○エドムンド・ホッター(MF93年生まれ・トリエスティーナ)→今季はランチャーノ(B)にレンタル
○ジャンマルコ・ジゴーニ(FW91年生まれ・トレヴィーゾ)→今季はプロ・ヴェルチェッリ(B)にレンタル
○ジャコモ・ベレッタ(FW92年生まれ・アルビノレッフェ)→昨夏ジェノアに売却
<10-11シーズン>
○マルコ・フォッサーティ(MF92年生まれ・インテル)→今季はアスコリ(B)にレンタル
<11-12シーズン>
○ペレ(MF91年生まれ・ベレネンセス)→今季はアーセナル・キエフ(ウクライナ)にレンタル
 
上記からもわかるように、現時点でトップチームの戦力になる選手は、これら「青田買い」した若手の中からは出ていない。今シーズンのトップチームで、育成部門からの生え抜きは右SBの控えでデ・シーリオ(92年生まれ・10歳からミランの下部組織で育った)、ほとんど出場機会のないMFストラッセル(90年生まれ)の2人のみ。上で触れたアルベルタッツィ、カルヴァーノ、フォッサーティはいずれもU-21代表歴を持つこの世代ではトップレベルのタレントだが、今シーズンはまだセリエBで「武者修行」を積む段階であり、ミランに戻って活躍できるレベルのプレーヤーに育つかどうかは、この1~2年が勝負だ。

ベルルスコーニは「育成部門を充実させ偉大なカンピオーネを自ら作り出すことによっても勝利は勝ち取れる。私たちは勇気と、そしておそらくほんの少しの忍耐を持たなければならないだろう」と語る。しかし、これまでの20年間、ミランの育成部門に欠けていたのは、まさにその勇気と忍耐だった。たとえ会長が声高にアナウンスしたところで、クラブとして「時間をかけて選手を育てる」カルチャーを持たないミランに、それが根付くのは簡単なことではないだろう。

とはいえ、現状ではそれ以外の選択肢が残されていないことも明らかだ。6月にはイブラヒモヴィッチとティアーゴ・シルヴァを柱にチームを築くとアナウンスしていたところが、7月に突然の方針転換を打ち出しただけに、現時点では育成重視に向けた具体的な取り組みが形になっているわけではない。すべてはこれから始まることなのだ。

育成部門の強化は、目に見える成果が出るまでには少なくとも4~5年、時には10年単位の時間を必要とする。カネの力で即戦力を買ってくるのとは正反対の仕事であり、 一朝一夕に生え抜きのカンピオーネを輩出することは不可能だ。今後は、国内外のタレント発掘網強化から、育成部門そのものへの投資による人や施設の充実まで、様々な角度から動きが出始めるはず。ミランがこの新路線にどのように取り組んでいくのかは、大きな注目点である。

インテル

育成部門の充実度という点から見れば、ライバルのインテルはミランを大きくリードしている。00年代に入り、ジュゼッペ・バレージ(現トップチーム助監督)が育成部門の総責任者となって以来、積極的に育成部門の強化に取り組み、近年はプリマヴェーラ(U-19)、アッリエーヴィ(U-17)、ジョヴァニッシミ(U-15)の各カテゴリーでスクデットやコッパ・イタリアを勝ち取るなど、イタリア屈指の実績を残している。マルティンス(現ルビン・カザン)、バロテッリ(現マンチェスター・シティ)、サントン(現ニューカッスル)など、トップチームの主力として活躍した生え抜き選手も何人か輩出してきた。

しかしインテルも従来は、育成部門の充実をトップチームの強化戦略とリンクさせてきたわけではなかった。これはミランやユヴェントスのようなビッグクラブにも共通する問題だが、イタリアはもちろんヨーロッパの頂点にターゲットを定めて戦おうとすれば、プリマヴェーラを終えたばかりの19-20歳をトップチームに引き上げ、少しずつ使いながら時間をかけて育てて行く余地はきわめて少ない。目先の結果を追求するならば、トップチームの強化はあくまで、実績のある即戦力を他のクラブから獲得するのが基本路線とならざるを得ず、育成はあくまで二次的な位置づけにとどまるしかないからだ。

その結果として、育成年代ではトップレベルだった選手たちも、プロヴィンチャーレや下部リーグにレンタルされ、そのまま即戦力獲得のための交換要員として手放されてきた。20代前半でA代表に招集されるほどの潜在能力を持っていたボヌッチ(現ユヴェントス)やデストロ(現ローマ)ですら、その運命を逃れることはできなかった。

育成部門に大きな投資をして自ら育てた20歳のタレント(デストロ)を、30歳の即戦力(ミリート)獲得のため、あるいは目先の財政収支を合わせるため(こちらはバロテッリのケース)に手放すのが、これまでのインテルのやり方だったのだ。

しかしそのインテルも今シーズンは、ベテランを切る一方で育成部門で育った生え抜きを6人もトップチームに上げるなど、はっきりと育成重視の方向に舵を切った。ミランとは育成部門の充実度が異なるだけに、その気になれば「使える」タレントの数も違う。本稿執筆時点で育成部門からトップチームに昇格したのは以下の6人。
DF
マッテオ・ビアンケッティ(93年生まれ)
イブラヒマ・ムバイエ(94年生まれ・セネガル)
MF
アルフレッド・ダンカン(93年生まれ・ガーナ)
マルコ・ベナッシ(94年生まれ)←11年1月モデナより獲得
FW
サムエレ・ロンゴ(92年生まれ)←09年7月トレヴィーゾより獲得
マルコ・リヴァヤ(93年生まれ・クロアチア)←10年7月ハイドゥク・スプリトより獲得

加えて、MFジョエル・オビも生え抜きなので、今シーズンのインテルは7人のホームグロウンプレーヤーを擁していることになる。とはいえ、その一方でダヴィデ・ファラオーニをウディネーゼに、カスタイニョスをトウェンテに、それぞれトップチームに1年置いただけで売却している事実が示す通り、上の7人も戦力として実質的な貢献を果たせる存在に成長できるかどうかは未知数だ。

いずれにせよ、インテルもミラン同様に財政的な事情から、当面は育成重視へのシフトを強いられることになる。昨季プリマヴェーラを率いて、各国のトップクラブのユースチームが参加するNextGenSeriesで優勝を勝ち取ったストラマッチョーニ監督が、今度はトップチームでどのように若手を起用し育てていくのかは興味深い。□

(2012年8月/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

By Michio Katano

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。