ミハイロヴィッチ新監督率いるトリノが先週のローマに続いてフィオレンティーナも下し、6位浮上を果たした試合(裏のミラン4-3サッスオーロもすごい試合だったようですが)を観ていて思い出したのが、この14-15のトリノダービー。体裁はマッチレポートですが、描きたかったのはトリノが4年間を費やしてきた復活の歩みでした。当時の指揮官ヴェントゥーラは昨シーズン限りでトリノを去りイタリア代表監督に転身、主将グリクもモナコに移籍するなど、チームはひとつの時代にピリオドを打って新たなサイクルをスタートしていますが、このクラブを根底のところから支えるカルチャーとしての「古きエンジ色の魂」は今も変わることがありません。

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トリノの本拠地であるスタディオ・オリンピコ、トリニスタたちが陣取るクルヴァ・マラトーナの上段には、チームカラーであるグラナータ(エンジ色)の下地に「フォルツァ・ヴェッキオ・クオーレ・グラナータ FORZA VECCHIO CUORE GRANATA」と白く抜かれた大きな横断幕が常に掲げられている。

日本語に訳すと「闘え、古きエンジ色の魂よ」となるだろうか。「古きエンジ色の魂」とは、このクラブの長い伝統である、たとえ劣勢に立たされても最後まで決して諦めることなく、極限的な疲労の中にも力を見出し、持てる力を最後の一滴まで絞り出して闘い抜く熱いハートを表わすスローガンだ。

フィアットという大企業、アニエッリ家という大富豪を後ろ盾に持つ宿敵ユヴェントスとは異なり、庶民のクラブであるトリノは、常に限られたリソースでこの巨大なライバルと戦うことを強いられてきた。そのギャップを埋めて1940年代の「グランデ・トリノ」の5連覇をはじめ、何度かの栄光をもたらす力となった(と信じられている)のが、この「古きエンジ色の魂」だったのだ。この横断幕がいつから掲げられるようになったのかは定かではない。確かなのは、最後にスクデットを勝ち取った1975-76シーズンにはすでに、スタディオ・コムナーレ(現在のオリンピコの前身)のゴール裏に踊っていたということだ。

この日のトリノに、1995年以来20年ぶりとなるダービーの勝利をもたらしたのも、まさにこの「古きエンジ色の魂」だった。 

対戦相手のユヴェントスにとって、この試合はダービーとはいえ、それほど「特別な」試合」ではない。カンピオナートを勝ち抜く上で落とすわけにはいかない格下相手の1試合、という以上の位置づけではないからだ。彼らにとってはこの4日前、10年以上遠ざかっていた欧州四強の座を賭けてモナコと闘い、苦戦しながら0-0の引き分けをもぎ取って勝ち上がりを決めたCL準々決勝第2レグの方が、ずっと「特別な」試合だった。実際、この日のユーヴェは、テヴェス、マルキジオ、キエッリーニという主力をベンチに置くターンオーバーを敷いている。

一方のトリノにとっては、ダービーこそがシーズンで最も「特別」な試合である。ユヴェントスが強者としてイタリア、そしてヨーロッパで存在感を高めれば高めるほど、トリノの対抗心もまた大きくなる。ここ20年間、勝利から遠ざかってきたという事実が示す通り、彼我の格差は明らかだ。しかし、昨シーズンに続き安定して一桁順位をキープする好調をぶりを見せているトリノは、このダービーこそ20年ぶりの勝利をもぎ取るチャンスだと、はっきり自覚していた。ピッチに立つ11人は今シーズンのベストメンバー。そして、少なくともフィジカルコンディション、そして勝利に対するモティベーションという点では、宿敵を上回っていることが明らかだったからだ。

果たしてトリノは、立ち上がりから積極的にボールを支配して押し込み、最初の30分に何度か危険な場面を作り、相手にはほとんどチャンスを与えなかった。にもかかわらず、先制したのはユヴェントス。小さなミスで与えた好位置でのFKを、ピルロが壁を越えたとたんに鋭く落ちる縦回転の美しいシュートでゴール右隅にねじ込んだのだ。激戦の疲れを引きずり思わぬ劣勢に立たされながらも、圧倒的な個人能力で状況を打開するところは、富める者ならではの強さである。

しかしトリノは、そこから逆に力を奮い立たせて反撃に出る。前半終了間際には、左サイドから斜めに走り込んでクアリアレッラのクロスを受けたダルミアンが、ファーストタッチをミスしながらも勢いに任せてそのままシュート、見事にゴールネットを揺らす。そして56分には、エル・カドゥーリとダルミアンのコンビネーションで左サイドを突破、折り返しのクロスをクアリアレッラが押し込んで逆転に成功した。

もちろん、ユヴェントスが簡単に敗北を受け入れることなどあり得ない。リードを許したことでやっとそのプライドに火が点いたかのように、リズムを上げて反撃に転じたのは当然のことだった。アッレーグリ監督は、マトリに替えてテヴェス、さらにはぺぺ、ジョレンテとアタッカーを次々投入、力ずくで攻め立てる。

「古きエンジ色の魂」が燃え上がったのは、まさにそこからだった。後半も半ばを過ぎると、力を振り絞って走り続けたベナッシ、ダルミアンが足を攣って交代を強いられ、最終ラインを支えるモレッティ、マクシモヴィッチも、最後の5分は足首を傷めて立っているのがやっとと、満身創痍の状況に追い込まれて防戦一方。スタンドを埋めた2万5000人を超えるサポーターも、応援の声を上げることも忘れ固唾を呑んで見守るばかりになった。しかし主将グリクが激しい当たりでジョレンテに競り勝てば、GKパデッリはヴィダル、ストゥラーロのシュートを必死のセーブではじき返す。グラナータの牙城は、ビアンコネーロの猛攻の前にも最後まで崩れ落ちることがなかった。

この1週間前に行われたミラノダービーが、内容・結果ともまったく見どころに欠ける寒い試合だったのとは対照的に、このトリノダービーは最後まで手に汗握るスリリングで熱い戦いだった。

試合後、ヴェントゥーラ監督は「就任以来4年間のサイクルを締めくくる上で画竜点睛とも言える勝利だ」と胸を張った。4年前の就任当時、セリエBに低迷していたトリノは、毎年毎年チームを作っては壊しを繰り返すばかりで、サポーターからも見放されるような混迷の極みにあった。ヴェントゥーラはそこから、レンガをひとつひとつ積み上げるようにチームを築き、2年連続でEL出場権をうかがうところまでその完成度を高めてきた。

この日1ゴール1アシストのダルミアンは、主将グリク、この日途中出場でアンカーに入ったヴィーヴェスと並んで、4年前からヴェントゥーラと共に歩んできた3人の主役の1人。当時は何の実績もないセリエBの若手プレーヤーに過ぎなかったが、この指揮官の下でめきめきと成長し、今ではイタリア代表でレギュラーを張るまでになった。

ヴェントゥーラは続ける。「今日のスタジアムはグラナータ一色に染まっていた。彼らは単にダービーを見に来たんじゃない。トリノがダービーに勝つのを見に来たんだ。我々はトリノのイメージとメンタリティを変革した」。

4年前「FORZA VECCHIO CUORE GRANATA」という横断幕は、ふがいないチームに対して失われてしまった伝統のメンタリティ復活を要求するサポーターの絶望的な叫びでしかなかった。しかし今は違う。再びそれを見出したチームを讃えさらなる力を注入する誇り高き雄叫びとなったのだ。□

<マッチデータ>
セリエA2014-15・第32節:トリノ 2-1 ユヴェントス
2015年4月26日(日)15:00、トリノ(Stadio Olimpico di Torino)

得点:35′ ピルロ(J)、45′ ダルミアン(T)、57′ クアリアレッラ(T)
警告:60′ ガッツィ(T)、70′ モレッティ(T)、77′ ボヌッチ(J)、88′ ヴィーヴェス(T)

トリノ(3-5-2)
GK:パデッリ
DF:マクシモヴィッチ、グリク、モレッティ
MF:ブルーノ・ペレス、ベナッシ(72′ ベナッシ)、ガッツィ、エル・カドゥーリ、ダルミアン(82′ モリナーロ)
FW:マキシ・ロペス(61′ J.マルティネス)、クアリアレッラ

ユヴェントス(4-3-1-2)
GK:ブッフォン
DF:リヒトシュタイナー、ボヌッチ、オグボンナ、パドイン(86′ ジョレンテ)
MF:ヴィダル、ピルロ、ストゥラーロ
OMF:ペレイラ(78′ ペペ)
FW:マトリ、モラータ(65′ テヴェス)

(2015年4月27日/初出:『footballista』)

By Michio Katano

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。