好評の用語集第3弾は、ちょっと長いですが「スペースを攻撃する」という言い回しについて。文中で例として出てくるローマは、トッティを1トップに置き、2列目にタッデイ、ペロッタ、マンシーニを並べたスパレッティ監督時代の「ゼロトップ」型4-2-3-1。センターフォワードが中盤まで引いてきてそのスペースを2列目からアタックするというスキーム(スペインで言う「ファルソ・ヌエベ」ですね)は今や当たり前になりましたが、当時は革新的でした。まあ元を辿ると1950年代のハンガリーとかまで遡るわけですが。

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アタッカーレ・ロ・スパツィオattaccare lo spazio:スペースを攻撃する

アタッカーレattaccareは「攻撃する」という動詞。スパツィオlo spazioは、「スペース」という名詞に定冠詞がついた形だから、英語に直訳すると(to) attack the spaceになる。

「スペースを攻撃する」と言われてもピンと来ないかもしれないが、これは、「ボールを持たない選手が前方のスペースに走り込む」動きを指す表現だ。

例えば「中盤で味方がパスを回している時に、マンシーニが突然スタートを切ってサイド深くにロングパスを引き出す」、「ライン際でボールをキープしているタッデイの背後をシシーニョがオーバーラップする」、「トッティがポストに引いてきてできた前線のスペースにペロッタが猛然と走り込む」とか、そういった場面をイメージしてもらえばいいだろう。

単なる「走り込み」や「動き出し」ではなく、「スペースをアタックする」という表現を使うと、アグレッシヴでダイナミックなニュアンスが加わる。一度に3人、4人が前線に走り込むローマのカウンターアタックなんかは、まさに「スペースを攻撃」している感じがしませんか?

実際、最も「スペースを攻撃」しやすい戦術的シチュエーションは、ボールを奪った直後である。まだ相手の守備陣形が整っていないので、ピッチ上にはいくつもの「穴」ができている。ボールを持たない選手がそこに走り込んで(=スペースを攻撃して)パスを呼び込めば、局面を一気に進めるチャンスが生まれるわけだ。

一旦相手が守備陣形を整えてしまうと、攻撃すべき「穴」を見出すのは難しくなる。足元に安全なパスをつないでボールポゼッションしているだけでは、局面を打開することはできないから、何らかの「仕掛け」が必要になる。

そのひとつは、1対1の突破やコンビネーションで、敵の守備網を「こじ開ける」やり方。そしてもうひとつが、パスワークと戦術的な動きの組み合わせでピッチ上に「スペースを創り出し」そこを「攻撃」するやり方である。前者は個人技、後者は組織力による「仕掛け」だ。

本稿の最初に挙げた3つの場面はいずれも後者の典型。ローマのサッカーはほとんどこれで出来上がっていると言ってもいい。□

(2007年9月27日/初出:『footballista』)

By Michio Katano

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。