9月27日はフランチェスコ・トッティさんの39回目の誕生日でした。ちょうど10年前にインタビューした時のテキストを。Buon compleanno France’!

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アズーリ”ことイタリア代表が、ユヴェントスの黄金時代を築いた名将マルチェッロ・リッピを指揮官に迎え、汚名挽回に向けて新たなスタートを切ってから1年あまり。ワールドカップ欧州予選では、2位ノルウェーに勝ち点4差をつけての単独首位と、危なげない足取りでドイツへの道を歩んでいる。9月8日のベラルーシ戦に4-1の勝利を収めたことで、グループ首位の座は実質的に決まったといえる状況だ。

とはいえ、強敵のいない楽なグループに入ったおかげで、ここまでは格下相手の対戦がほとんど。その本当の実力はまだ見えてこない。

半年後に迫ったドイツ大会に向けたアズーリの現状を、背番号10を背負い攻撃の中核を担う不動のエース、フランチェスコ・トッティにきいた。

「順調だよ。僕たちはすごく強力な攻撃陣を持っているし、ディフェンスだって世界最高と言っていいほど堅い。チームとしてもすごく結束している」

ローマ郊外、トリゴリアにあるASローマの練習場。ミラノやトリノはすっかり秋の風情だが、ここローマの日差しはまだ、夏の香りが尾を引いている。Tシャツ、ジーンズ、スニーカーという気取らない格好で現れ、クラブハウスの中庭にあるプールサイド、オリーヴの樹の下に置いた椅子に腰掛けたトッティは、それが当然といわんばかりの口調でこう続けた。

「イタリアの実力は、世界の上位4カ国には入ってるね。優勝候補はブラジルだとみんなが言う。僕もそう思うよ。アルゼンチンやオランダも強い。でも、イタリアだってまったくひけをとらないさ」
 
リッピ監督は昨年夏の就任以来、最初の1年間を人材発掘とテストの時期と位置づけ、アテネオリンピック代表の世代からセリエA下位の中小クラブにまで網を広げて60人を越える選手を代表に召集、ドイツとその先を視野に入れた若手・中堅の人材発掘とそのテストに取り組んできた。

しかしそれも昨シーズン一杯で一段落。欧州予選が再開し、本大会に向けたチームづくりが仕上げの段階に入ったこの9月初めには、「相手が誰であろうと、常に3人のアタッカーを前線に置く。世界中の強豪国は、どこもそういう布陣で戦っている。イタリアがそれをしない理由はどこにもない」と宣言して、攻撃的なチーム作りをはっきりと打ち出してきた。

それまでの欧州予選では、相手や状況に応じて4ー4ー2と4ー3ー1ー2を使い分けてきたことを考えれば、これは大きな決断である。

以前から、「チームの攻撃力を最大限に引き出す戦い方をするのがイタリアには合っている」と言い続けてきたトッティにも、監督のこの方針に異論があろうはずはない。

「もちろん僕もリッピの考え方には賛成だよ。そういう戦い方が好きだからね。これだけのメンバーが揃っているんだから、3人のアタッカーをピッチに送って戦うのがベストだと思う。誰を起用するかよりも誰を外すかの方が、監督にとってはよっぽど大きな問題なんじゃないかな」

その3人の中核となるのはもちろん彼、トッティである。リッピ監督は「トッティはイタリア最高のプレーヤー。主力として計算するのは当然のこと」と期待を隠さない。

3人のアタッカーの配置は、いわゆる3トップではなく、2トップをトッティが支える形(4ー3ー1ー2)が基本となる。2トップは、ポストプレーヤータイプのセンターフォワードと、テクニカルなセカンドストライカーの組み合わせが標準だろう。

センターフォワードには、リッピ監督が就任直後からレギュラー級の扱いをしてきたジラルディーノ、昨季パレルモで20ゴールを挙げ、今シーズンもフィオレンティーナでゴールを量産中のトーニ、ウディネーゼがチャンピオンズリーグに進出する原動力となったイアクインタ、そしてベテランのヴィエーリと、これまでになく豊富な駒が揃った。

2トップのパートナーとなるセカンドストライカーにも、デル・ピエーロ、カッサーノというビッグネームが並ぶ。この2人が共に召集できなかった9月の欧州予選では、ヴィエーリとイアクインタ(スコットランド戦)、トーニとジラルディーノ(ベラルーシ戦)という大型2トップも試された。

2トップがどんな組み合わせでも、中盤と前線を結び、攻撃の最終局面を演出する仕事を担うのがトッティであることに変わりはない。

「前線に似たようなタイプの、フィジカルが強いセンターフォワードを2人置くと、僕は下がり気味のポジションでプレーすることが多くなるね。2人とも高さがあるから、遠目から預けて攻め上がることができる。カッサーノやデル・ピエーロが2トップの一角に入る場合は、やや上がり目のゴールに近い位置にいることが多くなる。これだとシュートを打つチャンスが増える。でも、どっちが好きということはないね。トップ下というのは、守備の時は中盤まで戻らないといけないし、自己犠牲が必要な仕事だよ。でもチームのためなら僕は喜んでやる。何も問題はない」

イタリア代表が、攻撃的なサッカーへの転換を宣言したのは、実を言えばこれが初めてではない。トラパットーニ前監督も、日韓ワールドカップの早期敗退でマスコミや世論の非難を浴びると、ユーロ2004ではより攻撃的な姿勢を打ち出したものだった。だが結局、重要な試合になると、1点のリードを守り切ろうと自陣に引きこもり、守り切れずに力尽きるという結末は、変わることがなかった。

しかしトッティは、「今の代表はユーロの時とは違うチームだ」という。

「今は前線がたくさんゴールを決めるようになったから、1点ぐらい取られても大した事はない。そういう戦い方をしようとしているんだ。攻撃力のあるピルロやデ・ロッシが中盤に入ったし、前線もジラルディーノ、トーニといった、トラパットーニの時代にはいなかった選手が加わった。カッサーノもいるし。これまでのイタリアのサッカーが守備的だった、受け身だったとは思わないけど、今の代表が自分たちのサッカーをしようという気持ちをより強く持って戦っていることは間違いないよ。リッピがそういう意欲をチームに植え付けようとしてきたからね」

トラパットーニ時代と比べて最大の違いは、中盤を守備的な選手で固めようとしていないところだろう。前線に3人のアタッカーを配し、最終ラインを最もオーソドックスでバランスのいい4バックとすると、必然的に中盤は3人で構成されることになる。

その中央に陣取るのは、守備に不安があるという理由でトラパットーニが起用に踏み切れなかったミランのゲームメーカー、ピルロである。広い視野と卓越したテクニックを生かした長短のパスワークで攻撃を組み立てるピルロのレギュラー定着によって、中盤の質は大きく高まった。

「ピルロが中盤の底にいると、我々前線のプレーヤーはとてもやりやすいんだ。常に前を見て縦にボールを通そうとするので、たくさんのボールを供給してくれる」

そう語るトッティにとって半年ぶりの代表復帰となった9月3日のスコットランド戦では、そのピルロとの呼吸がいまひとつ合わず、なかなかいい形でチャンスが作れなかった。しかし4日後のベラルーシ戦では早くもコンビネーションが改善されて、2人のホットラインが機能。ピルロを起点としてトッティと2トップが絡む展開から、何度も決定機を作り出し、トーニのハットトリックを含む4ー1で大勝した。

「ピルロからいいタイミングで縦パスが入ってくれば、ゴール前まで攻め込んで行くチャンスも大きく増えるからね」

その言葉通り、前線と中盤の間を自在に行き来して質の高いボールを2トップに供給し、自らも積極的にフィニッシュに絡んだトッティのプレーは、翌日の新聞各紙が軒並み7点から7.5点の採点をつける、素晴らしいものだった。翌日の『ラ・レプブリカ』紙は、「トッティ、トーニのハットトリックを演出。イタリア、ベラルーシを一蹴」という見出しで活躍を讚えている。

ドイツ大会は、トッティにとっては日韓大会に次いで二度目のワールドカップ。二度のヨーロッパ選手権も含めれば、通算4度目のビッグイベントということになる。国際舞台への実質的なデビューとなったユーロ2000でこそ、イタリアの準優勝に大きな貢献を果たしたものの、前回のワールドカップではコンディション不良で精彩を欠き、2004年のポルトガルでは、絶対的な主役として期待されながら、スウェーデン戦での“つば吐き事件”ですべてを台無しにした。プレッシャーに弱い、ローマでは王様だが国際的な大舞台で力を発揮できない内弁慶、という評価は、もはや定着した感すらある。

そろそろ練習開始の時間が近づき、そわそわし始めたトッティに、ちょっと意地の悪い質問を投げかけてみる。

——今度もまた、代表のエースとして巨大なプレッシャーを背負うことになることでしょうが、その重荷につぶされるのではないかという不安を抱いたりはしませんか?

しかし、イタリア報道陣の無遠慮で辛辣な質問に慣れているトッティは、表情を変えることすらない。相変わらずの朴訥なローマ訛りで、こんな答えが帰ってきた。

「イタリアのような強豪国の中心選手としてプレーする以上、責任やプレッシャーを受け止め、それを背負うのは当然だと思うし、背負うのを躊躇したことは一度もないよ。ユーロでは、小さな間違いを犯してチームに迷惑をかけてしまったけれど、それはプレッシャーに押しつぶされたからというわけじゃない。そんなやわな性格じゃないよ。あの事件だって自分の中ではもう乗り越えた。僕は常にプレッシャーの中で生きているし、プレッシャーを背負って生きるというのがどういうことかも、よくわかってる。その中で育ったようなものだからね。僕にとってはこれが日常であり、これがカルチョなんだ。だからプレッシャーは負担じゃない」

——でも、ローマというある意味で閉ざされた環境でのプレッシャーと、世界的な注目が集まるワールドカップやユーロのそれは、重さの面でも質的にもだいぶ違うということはありませんか?

「代表への興味は、ローマだけじゃなくイタリア中のものだから、プレッシャーもそれだけ大きいよね。マスコミも、地元ローマだけじゃなく、北イタリアのメディアもやって来る。連中はローマを敵視しているから、ほんの少しのミスも見逃さずに叩こうとする。そういうのはあるね。僕はマスコミの言うことはまったく気にしないから、それがどうというわけじゃないけど。一旦ピッチに立ってしまえば、いいプレーをすること以外は考えないから」

——29歳というキャリアのピークで迎えるワールドカップには、色々な意味で期するものがあると思いますが。

「大きな雪辱の機会であることは間違いないよ。繰り返すけど、イタリアはベスト4に入れる実力はあると思う。ライバルは、やはりブラジル、アルゼンチン、オランダ、ドイツといったところだろうね。でも、ベスト8、ベスト4まで行ったら、そこから先、どこが勝つかは誰にもわからない。でも、イタリアが持てる力を発揮していい試合をすれば、結果は自ずとついてくるはずだから」

——イタリアが勝つために必要なものは?

「グループの結束。みんなが最後まで一丸となって勝利を目指すこと。それとフィジカルコンディション。要は頭と身体だね。もうひとつは、偉大な試合を戦うこと。正しいスピリットで戦って結果を出し、勝ち進む勢いをつけてくれるような試合。グループリーグで格下が相手だと思うと、油断してしまうことがある。でも実はそういう試合が躓きの元になるんだ。過去の経験でそれがわかった」

——じゃあ、FIFAランキング13位のイタリアが、第1シードから外れてグループリーグから強い相手と当たるのは、逆にいいことかもしれませんね。

「そうかもしれない。大事なのは、自分たちの強さを信じて戦うことだよ。イタリアはどんな相手とも互角かそれ以上に戦うことができるチームなんだから」■

(2005年9月25日/初出:『SPORTS Yeah!』)

By Michio Katano

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。