(前編より続く)

果たしてミランは、「セリエC1のクラブにEU外選手の登録を認めないのは、外国人労働者の差別を禁じた98年の大統領令に反する」と認めたレッジョ・エミーリア裁判所の判決の出た翌日、「この判決が出た以上、セリエA、BのEU外選手規制枠も、法律違反であることは明らか。すぐに規制枠を撤廃しないのなら、我々もFIGCを相手に裁判に訴える」(ガッリアーニ副会長)というコメントを出し、協会に規制枠撤廃を迫った。

ところがこれには、起用3人枠を見越してEU外選手の数を3~4人に抑えてきたユヴェントス、フィオレンティーナなどが反発。FIGCのニッツォーラ会長は「シーズン中にルールを変更するのは好ましくないし不公平」というコメントを出し、規制枠の凍結を宣言する。

この時点で、今シーズンに関しては規制枠を温存、来シーズンからは原則撤廃の上、イタリア人選手の育成を妨げないための何らかのルールを導入する、という暗黙の了解が成立したように見えた(プロ選手協会は、ピッチ上の11人中外国人は国籍を問わず5人まで、過半数の6人はイタリア代表に選出可能な選手とする、というルールを提案した)。
 
ところがそこに降って湧いたのが“パスポート疑惑”である。事態が進み、様々な事実が明らかになった結果、次の7つのクラブが、パスポートを不正取得した疑いのある下記()内の選手をEU内選手として登録・起用した責任を追求され、FIGCの懲罰委員会の審問にかけられることになった。サンプドリアの3人がアフリカ人であることを除けば、全員が南米人である。

ミラン(ディーダ)、インテル(レコーバ)、ラツィオ(ヴェロン)、ヴィチェンツァ(ジェーダ、デデ)、ウディネーゼ(ヴァルレイ、アルベルト、ジョルジーニョ、ダ・シルバ)、サンプドリア(メコンゴ、フランシス、ジョブ)、ローマ(カフー)。

もうお気づきの方もいると思うが、この7つのクラブのうちローマを除く6つは、FIGCに規制枠を撤廃させるため、4月になって特別裁定委員会の開催を訴え出た顔ぶれとまったく同じだ。

彼らの利害を最もよく代弁しているのは、インテルの名物副会長(役員歴は60年以上に及ぶ)にして顧問弁護士でもあるペッピーノ・プリスコ翁の次のようなコメント。
「昔、姦通罪という法律があって、不倫をした者は罰せられたものです。でもこの法律が廃止されてからは、他人の奥さんに手を出したからといって罰せられることはなくなった。ま、これと同じことですな」。

EU外選手規制枠が撤廃されれば、その規制をくぐりぬけるために行ったと疑われる行為を罰することにも意味がなくなるではないか、というわけだ。いかにもイタリアらしい逆転の発想(!)である。要するに、現在懲罰委員会で進められているパスポート疑惑にかかわる審査を骨抜きにして、ポイント剥奪や出場停止といった処分を免れようというのが彼らの狙いだったのだ。
 
特別裁定委員会の結論を待っていたビッグクラブの首脳陣は、おそらく、規制枠の非合法性が認められ、来シーズンから撤廃、という決定を、一番妥当な“落としどころ”と見ていたに違いない。そしてもしそうであれば、全員の利害は文句なく一致していたであろう。ところが委員会が下した決定は、規制枠は非合法、したがって即時撤廃すべし、というものだった。

規制枠が非合法、という結論については、誰にも文句はない。しかし問題は、即時撤廃という実施時期の方である。

11月にレッジョ・エミーリア裁判所の判決を拠りどころに、即時撤廃を迫りながらこれを拒否されたミランや、もともとシーズン中にルールを変更することは不公平だと主張してきたユーヴェ(イタリアサッカーリーグを牛耳っているのはこの2つのクラブだ)は、この決定に不満を露わにした。しかし、特別裁定委員会は最も権威ある外部の諮問機関であり、その決定を覆すことはできないとFIGCの憲章に定められている。

ミランのガッリアーニ副会長は、早速イタリアサッカーリーグに諮り、今シーズン終了までは(旧)EU外選手の起用を3人までにとどめる“紳士協定”を締結しようと提案する。週明けの8日(火)に、そのための会合が召集されることになった。
 
しかし、規制枠の撤廃という決定そのものは、3日にそれが発表された時点ですぐに効力を発している。こうなってしまえば早い者勝ちである。24年ぶりのスクデットに片手がかかり、まさに天王山というべきユーヴェ戦に直面しているローマにとっては、紳士協定などというきれいごとに構っている場合ではなかった。

週半ばまではトリノ遠征に参加する予定すらなかった中田とアッスンソンは、こうしてスクデットの行方を左右する試合で堂々とベンチに入り、4人目、5人目の(旧)EU外選手としてピッチに立つことになった。その中田が、0-2で敗色濃厚だった試合を2-2の引き分けに持ち込む決定的な仕事をして見せたのだから、運命とは皮肉なものである。
 
こうなっては、ガッリアーニが提案した“紳士協定”など、もはや何の意味も持たないことは明白。予定通り8日に開かれたリーグの会合は、議決に必要な出席数にさえ達しない始末だった。ローマ、ラツィオはもちろん不賛成、ユーヴェ、パルマ、レッチェ、ナポリは5人のEU外選手をピッチに送ったローマに抗議して欠席。ガッリアーニは「(紳士協定を)提案したこと自体を後悔している」と匙を投げた。
 
今シーズンのイタリアサッカー界は、過去に例がないほどのスキャンダル続きである。コッパ・イタリアでの八百長疑惑(アタランタ―ピストイエーゼ)に始まり、パスポート疑惑、ドーピング問題、サポーターの暴力と人種差別、そしてEU規制枠撤廃。

おまけに、肝心のFIGC(サッカー協会)は、昨年12月以来会長が不在で、CONI(イタリアオリンピック連盟)会長を委員長とする管理委員会によって暫定的に運営されている。サッカー界を統べる権力が空洞化しているために、対立する利害を調整し収束させることができず、ただただ混乱ばかりが広がっているのだ。中田の放った2本の美しいシュートをお膳立てしたのは、カルチョの世界に渦巻くカオスだったのである。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。