日曜日のユヴェントス-ローマでの中田の活躍は素晴らしかった。いうまでもないことだが、あれだけ難しい局面で途中出場し、試合の流れを180度変える決定的な働きをみせるというのは、並大抵のことではない。

イタリアの新聞も、それから2日間は中田づくし。スポーツ紙はもちろん、一般紙のスポーツ欄の見出しにも、軒並みNakataという文字が踊っていた。
 
さてこのユーヴェ-ローマ戦。後半15分に中田がトッティと、アッスンソンがザネッティと交代で出場したとき、ピッチの上にはすでに、バティストゥータ、サムエル、カフーと、すでに3人の「EU外選手」が立っていた。ということは、先週までならば、中田もアッスンソンもベンチにすら入れず、観客席(あるいは自宅のTVの前)でチームメイトの戦いを見守るしかなかったはずだ。

それがそうならなかったのは、もうご存じの通り、選手登録5人まで、1試合にメンバー登録できるのは3人までと決められていた、EU加盟国の国籍を持たない選手(以下、EU外選手)に対する制限が、5月3日に突如撤廃されたためである。

セリエA18クラブが抱えているEU外選手は67人に及ぶ。ローマをはじめ、ミラン、ラツィオ、パルマ、レッチェといったクラブは、制限一杯の5人を抱えており、毎試合誰かが“観客席送り”になっていた。それが先週の金曜日から、何の制限もなく外国人選手を起用することができるようになったというわけだ。

中田にとって、これ以上の朗報はなかっただろう。巡ってきた最初のチャンスを最高の形でものにしたことは心から喜ぶべきことだが、それはそれ。問題は、どうしてこれほど突然に、こんなに重要な決定が下されたのかということである。
 
この決定を下したのは、イタリアサッカー協会(FIGC)が諮問のために任命・召集した特別裁定委員会。緊急時にしか組織されないこの委員会がこの時期に招集されたのは、先月半ば、ミラン、インテル、ラツィオ、サンプドリア、ヴィチェンツァ、ウディネーゼの6クラブと、そこに所属する計25名のEU外選手が、FIGCが定めたEU外選手規制枠を不当なものだとして、同委員会の裁定を仰ぐよう訴え出たからである。

その根拠となっているのは、98年に公布された、次のような内容の大統領令。
「合法的にイタリアに滞在している外国人労働者は、労働上はもちろん、社会生活のあらゆる局面で、その国籍、人種、宗教によるいかなる種類の差別や不利益を受けることがあってはならない」

正規の労働ヴィザの発給を受けてイタリアに入国している以上、EU加盟国国籍を持つ労働者(サッカー選手)と持たない労働者(サッカー選手)が異なる扱いを受けることは、上の法律に反する、というわけである。
 
すでに3年前にこのような法律が公布されていたにもかかわらず、なぜカルチョの世界でこれがすぐに話題に上らなかったのかはわからない。しかしここ1~2年、ヨーロッパと南米の移籍市場がますます流動化し、トップクラスの外国人選手がイタリア、スペイン、イングランドに集中するようになると、当然ながら、スター選手を買いあさる資金力を持ったビッグクラブにとって、EU外選手規制枠の存在は大きな関心事になっていった。

大きな焦点となったのは、南米(ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、チリなど)とEU非加盟(未加盟)のヨーロッパ諸国。

南米の場合、国民のマジョリティがスペイン、ポルトガル、イタリアからの移民の子孫で構成されており、これら“旧輸出国”は、自国からの移民の血を引く2世、3世とその家族にはほぼ無条件で二重国籍を与える政策を採っている。

祖先の出生証明書をねつ造したり、領事館から盗み出したまっさらのパスポートを使って偽造したり、といった問題が続出した、いわゆる“パスポート疑惑”はここから発生しているわけだが、その根が、 EU外選手規制枠の存在にあることは明らかだろう。

一方、EU非加盟のヨーロッパ諸国には、旧ユーゴ、旧ロシアを初めとする東欧諸国をはじめ、トルコ、スイス、ノルウェーなどがある。

しかしこれらのうちいくつかの国(チェコ、トルコなど)は、イタリアと労働市場の解放に関する相互協約を結んでおり、これに準じて今シーズンから、これらの国籍があればEU加盟国国籍保持者と同じ扱いを受けられることになった。ネドヴェド、ポボルスキー、ハカン・シュクルといった選手がEU外選手になっていないのはそのためである。

今シーズンの開幕前、ミランがシェフチェンコ(ウクライナ国籍)がこの扱いを受けられないのはおかしいとして、騒ぎ立てたことがある。

この時には、イタリアとウクライナの協約が発効していなかったため、ミランの訴えは退けられたが、12月になってこの協約が発効するとすぐに、シェフチェンコは「労働者としてはEU加盟国国籍保持者と同じ扱いを受ける権利」、つまりEU内選手として認められることになった。ミランはこれでEU外選手枠がひとつ空いたため、グルジア代表のカラッツェを獲得することができた。

金のあるビッグクラブにとっては不都合きわまりない、しかしイタリア代表やイタリアサッカーの未来にとっては最後の砦(外国人選手の完全自由化がイタリア人の若手から活躍の場を奪うことは避けられない)ともいえるこの規制が、撤廃の方向に向かわざるを得ないことがはっきりしたのは、昨年秋のことである。

2000年11月2日、セリエC1のクラブ・レッジャーナの契約下にあるナイジェリア人選手、プリンス・エコング・イクペが、「セリエC1のクラブにEU外選手の登録を認めないのは、外国人労働者の差別を禁じた98年の大統領令に反する」とし、FIGCを相手取って起こしていた訴訟に、レッジョ・エミーリア裁判所(エミーリア=ロマーニャ州)が原告の訴えを全面的に認める判決を下したのだ。

この裁判でエコング・イクペの弁護を務めたのは、ミランの顧問弁護士を永年勤めるレアンドロ・カンタメッサ。EU外選手規制枠の撤廃を狙うビッグクラブの利害を代表し、ミランが背後でこの裁判の糸を引いていたことは明らかだった。
 
(後編につづく)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。