「問題は、首位を走っているときには、たった1試合落としただけで、心理状態ががらっと変わってしまう可能性があるということだ。もうほとんど手に入れていたはずのタイトルが逃げてしまうかもしれない、という不安が心の中で膨らんで、これまで支えになってきた自信と確信を失ってしまう。よく言われる“勝利への怖れ”が、本当に恐ろしいプレッシャーになって襲ってくる。2年前のぼくたちがそうだったからよくわかる」
 
これはラツィオの斬り込み隊長、パヴェル・ネドヴェド(チェコ代表)が、10日(火)の記者会見で語った言葉である。念頭にあるのはもちろん、前日、アウェイのフィオレンティーナ戦でほぼ3ヶ月ぶりの黒星を喫した首位ローマ。

ローマは、前節までの24試合を、18勝4分2敗(58ポイント)という爆発的なペースで駆け抜けて来た。前節、2位ユヴェントスがブレシアと引き分け、ポイント差が7から9に広がった時点で、マスコミの間には“これでローマの優勝は決まりか…”という空気が、何となく漂ったものだ。

しかし、この敗戦で1-2位のポイント差は一気に6まで縮まった。残り試合はあと9、しかもまだユーヴェ、ラツィオとの直接対決が残っている。マスコミもさっそく“優勝争いが再燃”などと盛り上がっているが、この手の振幅の大きい報道にいちいち振り回されていては身が持たない。

ミランが最後の6試合でラツィオとの7ポイント差をひっくり返した2年前、そのラツィオが残り8試合の時点で9ポイント先にいたユーヴェを最終戦で逆転した昨シーズンと、終盤戦の大どんでんがえしは半ば恒例。

イタリアにも「二度あることは三度あるNon c’e’ due senza tre」という諺があることだし、少なくとも、日本のゴールデンウィークにぴったり重なるローマ・ダービー(4/29)、ユーヴェ-ローマ(5/6)という天王山を越えないうちは、スクデットの行方は見えてこないだろう。
 
ところで、このフィオレンティーナ-ローマが行われたのは、当初予定されていた土曜日の午後ではなく、月曜日の午後3時からだった。理由は“公的秩序”つまり警備上の安全確保のためである。

通常、アウェイで戦うクラブは、チームを追って試合に“遠征”するサポーターグループのリクエストに基づき、ホームで試合を主催する対戦相手のクラブからチケットを確保して、直接サポーターに販売する。このチケットは、各スタジアムに必ず設置されているアウェイ・サポーター専用セクションのものである。

フィレンツェのスタディオ・アルテミオ・フランキの収容人員は約4万7000人。そのうち、アウェイ・サポーター用のセクションは2500席にも満たない。ところが、このフィオレンティーナ戦のチケットに対するローマ・サポーターからのリクエストは、1万5000枚にも上っていた。

こうした場合、ホーム側のクラブが、年間予約席以外のセクション(バックスタンドの一角など)を一部空けて、多少なりともアウェイ・サポーターのために融通することも少なくない。しかしフィオレンティーナがローマのために用意したチケットは3000枚だけ。敵に塩を贈るつもりはまったくない、という意志表示である。

この背景にはおそらく、ローマサポーターに便宜を図ることで、こじれた関係にある自らのサポーターに批判と糾弾の新たな材料を与えるのを避けたいというクラブの事情もあっただろう。

ローマ・フィレンツェ間は直線距離で300km弱。車なら3時間を切る距離だ。もしこの状況のまま土曜日に試合を行えば、チケットを持たない1万人以上のローマサポーターがフィレンツェを“侵略”し、スタジアムへの入場を求めて騒ぎを起こす危険がある、というのが、警備当局の判断だった。

日本では考えられないことだが、ウルトラスと呼ばれる過激なサポーターグループは、そもそもその倫理において、暴力・破壊行為を否定していない。それどころか“敵”、つまり相手のウルトラスや警官隊に対しては、相手から挑発されたら“力”で応えるのが当然だとすら考えられている。それをしないのは“敵前逃亡”、つまり戦う者(彼らは自分たちはチームと共に戦っていると考えている)にとっての最大の恥辱と見なされる。

そんな彼らがチケットを持たずにフィレンツェに行くということは、スタジアムに無理矢理押し入ろうとするということだ。そうなれば、スタジアムの周辺で暴動に近い騒ぎが起きる可能性も大いにある。

ウルトラスが一旦暴徒と化せば、人的・物的被害は当事者だけでなくスタジアム周辺の商店や住民にまでも及びかねない。それを避けるためには、試合を平日に移動し、少なくとも学校や仕事がある連中のフィレンツェ行きだけでも、不可能にするしかない…。

警備当局は、この試合のためにフィレンツェはもちろん、ジェノヴァ、ボローニャ、アンコーナなどからの“援軍”も含めて1500人もの警官隊を駆り出すことを計画していた。スタジアムでの警備はもちろん、ローマからの列車が到着する駅、高速道路の出口などでローマ・サポーターをチェックし、チケットを持っていない場合はフィレンツェに入れないようにするなどの予防措置も必要だからだ。

試合を月曜日に順延するという最終的な判断は、それだけの人員を以てしても、ローマ・サポーターの“侵略”に伴う危険を回避することができないという結論に達したことを意味している。これはつまり、サポーターが巻き起こすかもしれない暴動を回避し、市民の安全と社会の秩序を守ることはできないと、警備当局自らが認め、匙を投げてしまったということだ。

本来、人々にとって楽しい“祝祭”の場であるべきサッカーの試合は、イタリアでは今や、警察の手にすら負えないほどの、危険な無法地帯になってしまった。

さて、試合当日の月曜日、スタジアムがあるフィレンツェのカンポ・ディ・マルテ地区では、商店はすべてシャッターを固く閉ざして臨時休業、小学校は午前中一杯で授業を切り上げ、子供たちを家に帰した。ほとんど戒厳令に近い騒ぎである。

一方、ローマでは、スタディオ・オリンピコを一般に無料開放して、場内の大スクリーンで試合の実況中継(本来は有料の衛星チャンネルでのみ視聴できる)を流すことで、サポーターの“流出”を抑えることが試みられた。

結果的に、フィレンツェに“襲来”したローマ・サポーターは5500人。全員が駅、あるいは高速道路出口から、警官隊に守られてスタジアムに“連行”される。チケットを持っていなかった2500人も、警備当局がフィオレンティーナとかけあって空けておいた、バックスタンドの一角に押し込まれた(もちろん有料)。

試合は、フィオレンティーナが3-1で勝利を収め、懸念されたローマ・サポーターも暴れることなく、大人しくフィレンツェを後にした。ローマのオリンピコには、学校をサボった子供たちも含めて3万人を超えるサポーターが集まり、いつものクルヴァ・スッド(南側ゴール裏席)に陣取って、スクリーンに映し出される試合を観ながら一喜一憂。キエーザの3点目で試合の行方が決まると、試合終了を待たずに家路についた者も多かったようだ。
 
こうして、この長い1日は、とりあえず大きな騒ぎが起きることなく、幕を閉じた。しかし、それは単に運が良かったからでしかない。日曜日のスタジアムが常に抱える潜在的な危険性は、何の解決もされないまま放置されている。

南アフリカ・ヨハネスブルグのエリス・パーク・スタジアムで、50人の犠牲者が出る大惨事が起こったばかりだが、イタリアでもいつどんな事故/事件が起こるかわかったものではない。

日本からセリエAを観戦に来る皆さんには、少々高くとも、メインスタンドかバックスタンドのチケットを買うことをお勧めしたい。少なくとも、アウェイのサポーターには近づかない方が無難である。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。