前回お伝えした中田のローマ移籍問題は、今週に入って急展開。第二幕が開いたと思ったら、あっという間にグラン・フィナーレになだれ込んでしまった。

この原稿を書いている時点では、契約書へのサインはまだ済んでいないが(肖像権絡みのビジネスに関する複雑な利害関係を整理しなければならないためらしい)、いずれにせよ「ナカタ・ジャッロロッソ」誕生はもはや時間の問題でしかない。

この話題については、これから数日間、ありとあらゆる視点から語られることになるに違いないので、今回は、このところ中田の移籍以上に世間を騒がせた、ローマ絡みのもうひとつの問題を取り上げることにしたい。
 
事の発端は、ミラン―ローマ戦を翌日に控えた1月8日にGazzetta dello Sport紙が掲載したスクープ記事だった。その内容は、ローマがクリスマス・プレゼントとして、セリエA、Bの審判全員(と2人の指名責任者)に「時計」を贈ったというもの。

これがスウォッチやG-Shockのたぐいなら、話題にもならなかったに違いないのだが、贈られたのがそれより何十倍も高価なロレックスだとなれば話は違ってくる。しかもご丁寧に、時計のグレードもクラスによって3段階に分けられていた。

2人の審判指名責任者(審判部の現場統括責任者)に贈られたのは時価2500万リラ(約140万円)のゴールド製、37人の主審には300-750万リラ(約16-41万円)のステンレス製、80人の副審にはロレックスではなくフィリップ・ウォッチ社のクロノグラフ(50万リラ=約2万7000円)。かなり露骨な「差別化」である。

イタリアでは、家族や友人間はもちろん、ビジネスでつき合いのある相手にクリスマス・プレゼントを贈るのはごく一般的な習慣であり(日本でいう「盆暮れの付け届け」みたいなもの)、プレゼントを通じて「日頃からお世話になっている人に感謝の気持ちを表す」こと自体は、モラル的にいってもひとつの美徳であると考えられている。

しかし、Gazzetta紙によれば、ローマがこの「プレゼント」に費やした金額は約3億5000万リラ(2000万円弱)。いくら「日頃お世話になっている」からとはいえ、何らかの見返りを「期待」しなければ、これほどの金額を費やすことはない、と考えるのが常識的な感覚だろう。
 
このスクープに対するローマの反論は次のようなものだった。「ロレックスを選んだのは、たまたまストック品のオファーがあって、大幅な値引きが受けられたから。プレゼントに使った金額はマスコミが書いた3億5000万リラではなく1億2000万リラ(約650万円)で、これは例年と変わらない。

主審に贈ったステンレス製のロレックスは1個160万リラ(10万円弱)で購入した。昨年、審判全員に贈ったシャンパーニュ1ケース(6本)と同じ値段だ。このくらいのプレゼントなら、他のクラブもみんな贈っている。

特別なことをしたとは思っていないし、もちろん買収しようという意図など毛頭なかった。その証拠に、この支出はクラブの決算書にもきちんと記載されている。すべては善意でやったこと。やましいことは何もない」。

とはいうものの、実のところ、クラブから審判へのクリスマス・プレゼントは、80年代半ば、グイッツォーニ審判部長の下で「綱紀粛正」が行われた際に、一度は全面的に禁止されたという経緯がある。

そのかわり、サッカー協会とリーグがそれぞれ、すべてのクラブを代表してプレゼントを贈ることで審判への感謝の気持ちを表す、ということになったのだ。ちなみに今年は、協会が300万リラ(約16万円)相当のコンポーネントステレオ、リーグが250万リラ(約14万円)相当のDVDプレーヤーをセリエA、Bの全審判に贈っている。

しかし、「他のクラブもみんな贈っている」というローマの「言い訳」を見てもわかる通り、このルールは近年ほとんど有名無実化していたようである。スクープの翌日にGazzetta紙が掲載した続報によれば、ローマ以外にも、インテルが超低周波治療器(筋肉強化に使われる/約300万リラ)を贈っていたほか、ラツィオ、トリノ、ミラン、ペルージャ、バーリ、エンポリ、トレヴィーゾ、ピストイエーゼがそれぞれ数万円相当の品(食品や菓子の詰め合わせ、シャンパーニュなど)をプレゼントしていた。
 
さて、それでは、プレゼントを受け取った審判の方はどう振る舞ったのだろうか。

スクープの翌日マスコミに詰め寄られた審判指名責任者のひとり、パイレットは「ロレックスが届いた直後、すぐにリーグのマルケッティ事務局長に連絡した。

あまりに高価な品だったので返却することも考えたが、その後リーグからは何の返答もなかったし、我々の一方的な判断で返却すればかえって問題になるだろうとも思ったので、とりあえずは受け取っておくことにした。

審判たちも、内規に従って1人残らず受け取ったすべてのプレゼントの内容を我々に報告してきている。この事実は彼らのモラリティを証明している」と語っている。

もうひとりの指名責任者、ベルガモに至っては「この程度の贈り物で買収されるような審判はいない。私は他にもゴールドの腕時計を持っているので、ゴールドのロレックスを見ても別段何とも思わなかった」とほとんど開き直った発言。

要するに彼らは、この「常識的に見れば」明らかに「法外」なクリスマス・プレゼントを、少々の後ろめたさを感じながらも、結局は受け取ったというわけである(後日の報道によれば、年末に行われたリーグ主催の夕食会では、ローマのセンシ会長の前に「素晴らしいプレゼント」へのお礼を言う審判たちが列をなしていたとさえ伝えられる)。

しかしもちろん、常に公正・中立でありまた「清潔」であることを厳しく求められる審判が、直接の利害を左右しうる相手であるクラブから「法外」なクリスマス・プレゼントを喜んで受け取るなど、許されていいはずがない。

ビジネスの相手からのプレゼントは原則として買収行為と見なし、極端に低い限度額を法律で定めているアメリカのような国とイタリアでは、もともとの文化が違うのは事実。いただいたプレゼントは感謝の気持ちと共に喜んで受け取るのが礼儀というものではある。

とはいえ、審判という立場を考えれば、贈られた品物の「法外」さに鈍感であったことそれ自体、パイレットとベルガモの重大な過誤だったといわざるを得ないだろう。たとえローマが「善意から」贈ったものであり、実際に「この程度の贈り物で審判が買収されることはない」としても(この点については世論もある程度理解を示している)、やはり丁重に受け取りをご辞退申し上げるのが筋というものだ。
 
当然のごとく問題は「スキャンダル」に発展した。事態の進展と共に、さらにいくつかの事実が明らかになる。ひとつは、ロレックスを受け取ったことをすぐにリーグに報告したパイレットとベルガモが、自らの直属のボスであるゴネッラ審判部長、ニッツォーラサッカー協会会長にはまったく報告していなかったこと。

以前、審判のプロ化問題を取り上げたときにも触れたように(本連載の第68-69回参照)、リーグはセリエA、Bのクラブ役員によって構成される組織であり、クラブ側の利害を代表する団体。中立的な立場にある審判は、もちろんリーグではなくサッカー協会に所属している。

にもかかわらずパイレットとベルガモが報告する相手としてリーグを選んだという事実は、実際にサッカー界を「支配」しているのが誰かを図らずも立証することになった。
 
Gazzetta紙のスクープまで全くのつんぼ桟敷に置かれていたゴネッラとニッツォーラは、当然のことながら激怒。パイレットとベルガモを協会本部に呼びつけ、即座に時計をローマに返却するよう命令する。

影響力の低さをさらけ出すことになったニッツォーラ会長は、2人に辞表を出させてそれを受理しない、という茶番を演出し、何とか体面を保つことで精一杯だった。

できることならば本当に首を切りたいところだろうが、シーズン途中に審判部の人事改革を行うなど、自ら審判の中立性・独立性を否定し、カンピオナートの信頼性そのものを損なうことにもつながりかねない。とにかくシーズン終了までは、何事もなかったように振る舞うしかないのである。いかにもイタリア的な収拾のつけ方ではあるが…。
 
蛇足になるが、この「ロレックス・スキャンダル」で最も割を食ったのは、2人の審判指名責任者でもニッツォーラ会長でもなく、パルマのディノ・バッジョだろう。

Gazzetta紙がスクープを打った翌日のユヴェントス戦でザンブロッタに酷いバックチャージを喰らわせ、一発退場を命じられた彼は、思わずファリーナ主審に向かって、右手の指先で「お前一体いくらもらったんだ!?」というジェスチャーをかまし、おまけに唾まで吐いてしまったのだ(イタリア語はボディランゲージが非常に豊富な言語である)。

不味いことに、TVカメラはイタリアの世論を代弁する(?)このジェスチャーをばっちり捉えており、その日の夜のスポーツニュースでその映像が繰り返し流されてしまった。

ニッツォーラ会長は、権力を誇示する絶好の機会を得たとばかりに、来月に予定されているイタリア代表親善試合の召集メンバーからディノ・バッジョを外すという決定を下す。もちろん、カンピオナートでも審判侮辱行為で数試合の出場停止は避けられないだろう。踏んだり蹴ったりとはこのことである。

蛇足ついでにもうひとつ。返却されたロレックスは、アフリカの貧しい子供たちを援助する資金を調達するためのチャリティ競売にかけられることになったらしい。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。