先週行われたコッパ・イタリアの1/8ファイナルから、かねてから話題になっていた「主審2人制」がスタートした。トップレベルの試合では世界で始めての実施である。

今年の2月に国際サッカー評議会で試験導入が認められたこの試みは、当初、ノルウェー1部リーグ、フランス2部リーグなどでテストを行うとされていた。それを、コッパ・イタリア限定とはいえ、イタリアが率先して導入することになった背景には、イタリアプロサッカーリーグ(以下リーグと略記)のFIFAに対する強い自薦の働きかけがあった。

執拗なまでに判定ミスを追求するマスコミ・世論が象徴するように、イタリアは審判に対する注目度が過剰なほどに高い。

そのせいか、協会やリーグも審判問題への取り組みには以前から積極的で、オフサイドの新しい判定基準(”in doubt, no flag”)、時計通りのロスタイムの実施、電子表示板によるロスタイムの表示など、イタリアが世界で最初に導入した試みも少なくない。技術的に見ても、イタリアの審判が世界でトップレベルにあることは広く認められている。

にもかかわらず、このところのリーグの主な関心事は、レフェリングの質の(更なる)向上。スクデットや欧州カップ出場権が獲得できるかどうかでクラブの収益に10億円単位の差が出るというのに、審判の判定ひとつで「ビジネス」が左右されてはたまらない、判定ミスを減らすための試みは何であっても積極的に導入すべきだ―というのがその言い分である。

しかし、審判指名のシステム変更、果ては審判委員会の人事にまで介入するなど、最近のリーグの姿勢には行き過ぎも目立つ。審判報酬の負担まで申し出たことで“審判の独立性と中立性”が骨抜きになりかねないプロ化の方向性などは、その最たるものだろう。
 
とはいえ、この2人制に限っていえば、後で述べる実現上の困難はさておき、レフェリングの質向上という点から見て評価すべき取り組みといえる。FIFAに試験導入を働きかけたリーグは、主審2人の分担や動き方といった技術的な問題についても、当初のブラッター案とは異なる考え方を打ち出し(もちろん、今やツーカーの仲である審判委員会との連携による)、むしろこちらがイニシアティブをとる形で実現にこぎつけた。その基本的なガイドラインは以下のようなもの。

1) 2人の主審はそれぞれピッチの半分を受け持ち、ラインズマンの反対側のサイドをホームポジションとする。担当エリアが前後半で入れ替わることはない。

2) それぞれの主審は、自分の担当エリア内でプレーが行われている時には、その展開を予測しながら、常に適切なポジションを維持する。ピッチの中央付近でプレーが行われている場合は、相互の位置関係を勘案しながら適切なポジションを取ることを心がける。必要ならば、約10mまで反対側のエリアに入ることも可能。

3) FK、CKなど、特殊なケースでは、2人ともプレーが行われているサイドにポジションを取る。FKの場合は、反対エリアの審判が壁の距離をチェックする。

4) 2人の主審の間に序列はない。原則的にはそれぞれの担当エリアで笛を吹くが、反対エリアでのプレー中にファウルや不正行為を認めた場合は介入も許される。両者の判断が食い違った場合は、短い協議によって解決する(その間、試合が中断することも許容される)。

※ちなみに、ブラッターが2人制を提唱したときのガイドラインは、2人の主審がそれぞれ全ピッチをカバーし、先に笛を吹いた方の判断を優先する、という不思議なものだった。

さて、10/12-14に行われたコッパ・イタリアでの「初テスト」だが、結果からいえば、非常に肯定的な評価を受けている。翌日の新聞に掲載された何人かの選手のコメントを紹介しよう。

「2人ともいつもより落ち着いて、自信を持って判定しているように見えた。一度だけ、1人がファウルの判定を間違った時も、もう1人がすぐに介入して修正し、笛を吹いた方もその判断を納得して受け入れていた。いいシステムだと思う」(マテラッツィ/ペルージャ)

「2人が重なることもなく、常にシンクロしながらいいポジションをとっていた。一度2人が違う判定を下したことがあったが、すぐに調整していた。実験は成功したと思う」(マニゲッティ/ピアチェンツァ)

「ひとりは必ずボールの近くにいることになるので判定ミスも少なくなると思う。チームメイトがファウルをした時、2人が同時にイエローカードを出そうとしたが、すぐに目配せし合って、どちらが判定を下すか決めていたのを見ても、十分機能していたように思う」(パヴァン/ヴェネツィア)

「主審が2人いると、より安心してプレーできるような気がする。カウンターなどでボールが大きく動くときも、常に1人はボールの近くにいるから、ファウルの判定も正確だろうと思える」(カンマラータ/ヴェローナ)

マスコミの評価も上々。審判委員会の2人の責任者、パイレットとベルガモも結果には満足しており「うまくいくという確信はあったが、実際にやってみると予想以上にメリットが大きい」と自画自賛している。

ぼくも2試合ほどTVで観たのだが、技術的な側面はもちろん、精神的な側面でも効果が大きいという印象を受けた。

走らなければならない距離が短く、常にいいポジションからプレーを追える、仮に自分の判断に不安があってもピッチの上にはもう1人のパートナーがいる、といった主審2人制の環境は、両チームの選手はもちろんスタジアムの観客全員を敵に回し、たった1人、孤立無援で笛を吹かなければならないいつもの環境と比べて、主審に大きな精神的余裕と安心感をもたらしていたように思える。

事実、どの主審にも、笛を吹く態度にいつも以上の自信と落ち着きが見えたし、通常しばしば見られるナーヴァスな表情もまったく目につかず、選手から抗議されても穏やかかつ冷静に対応していた。

審判の態度や精神状態は、ピッチという「場」の空気をかなり直接的に左右するものだ。その意味で、後味の悪い荒れた試合が少なくなることは間違いないだろうし、ダイヴィングや肘打ち、報復といった不正行為への予防効果も期待できそうだ。これは、レフェリングの質向上と同じくらい歓迎すべきことである。
 
しかしこの主審2人制、本格導入には課題も多い。何よりもまず、FIFAが「ルール」として導入するとなれば、プロから子供の試合まで、世界中の公式戦すべてに適用されなければならなくなる。

これはかなり非現実的な話だろう。可能性があるとすれば、代表マッチや実施できる環境が整った国のプロリーグなど一部のコンペティションにのみ、特例として2人制を導入する、という措置だろうか。

だが、仮にイタリア(セリエA、B)が導入することを考えても、乗り越えなければならない問題は少なくない。毎週行われる19試合に37人の審判団で対応している現状から、数年の間にさらに2-30人の質の高い審判を育成するのは簡単なことではない。

プロ化への流れの中で大きく膨らむコストを誰が負担できるのか、という議論も避けられないだろう。今回、コッパ・イタリアで試して、結果が良かったからすぐに実施しましょう、というわけにはいかないのだ。

とはいえ、テストの第一段階の結果を見る限り、本格導入の可能性を模索するだけの価値は十分にありそうだ。個人的には、レフェリングの問題に対する解決策としてこれまで議論されてきた方法(VTRの導入、ゴール・センサーの設置、プロ化など)の中でも、今のところ最も妥当な回答ではないかという気がしている。

今シーズンは、コッパ・イタリア決勝まで残り22試合、2人制の「テスト」が続くことになる。ケースが増えるに連れて、ネガティブな側面も見えてくるだろう。とりあえずは、その成り行きを見守ることにしよう。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。