読者の皆さんもすでにご存じのことと思うが、4月9日、イギリスのステファン・バイヤーズ通産大臣は、アンチトラスト委員会の報告を受ける形で、メディア王ルパート・マードックが所有する衛星ペイTV局、BSkyBによるマンチェスター・ユナイテッドの買収を禁じる裁定を下した。

これによって、6億2300万ポンド(約1270億円)という史上例を見ない巨額のプロサッカークラブ買収劇は一旦暗礁に乗り上げる形となったが、BSkyB側は、この裁定を不服として、EU裁判所に提訴する意向を明らかにしており、最終的な結論が出るまでにはまだしばらく時間がかかりそうである。

とはいえ、ロンドンの株式市場では、この裁定が出た途端、マンチェスター・ユナイテッドの株式が217ペンスから186ペンスまで急落、わずか1日にして14.65%もの価値を失った。買収計画が発表された時には240ペンスまで値上がりしていたから、それと比較すれば22.5%もの値下がりということになる。

この事実ひとつをとって見ても、ヨーロッパにおいては、プロサッカーというビジネスにとって衛星ペイTVの存在がいかに大きなものであるかをうかがうことができる。もちろん、その逆もまた然りである。

事実、90年代初頭にスタートしたマードックの衛星ペイTV局が大きな成功を収めたのは、まさにプレミアシップ・リーグの試合放映権を獲得したことによってだった。そして、イングランドにおけるこの新しいメディアの成功が、それまでTVを観客動員の敵として遠ざけてきたヨーロッパのプロサッカー界に、TVマネーが流入するきっかけとなったのである。

それからわずか7-8年の間に、衛星ペイTVとプロサッカー(各国の1部リーグ、とりわけビッグクラブ)は、それぞれのビジネス規模を飛躍的に拡大してきた。その相互依存関係は、もはやお互いの存在なしには経営が成り立たないほど密接なものになっている、と言っても決して大げさではない。

英国アンチトラスト委員会が買収を認めない第一の理由として挙げた「M.ユナイテッドを買収すれば、BSkyBはプレミアシップ・リーグのTV放映権売買において極度に有利な立場に立つことになる。これはTV局間の自由な競争を妨げることにつながる」という判断も、まさにその一点に関わっている。

当初は衛星TV局も各国に1局、多くとも2局しか存在しなかったため、これまでTV放映権の売買はリーグ単位で行われてきた。

しかし、TV局の数が増えて競争が生まれ、またTVプログラムとしての「商品性」において優位にあるビッグクラブが、リーグによる放映権料の「平等な」(あるいは傾斜的ではあっても中小クラブに厚い)分配に異議を唱えだしたことで、今後、TV放映権の売買はクラブ単位の「バラ売り」に移行していくことが確実視されている(イタリアでは来シーズンから、イングランドはBSkyBとプレミアリーグの契約が切れる2001年から)。

マードックは、この「バラ売り時代」への移行に一応の抵抗は試みてきた。しかし、新設されたばかりの第二の衛星TV局・ストリームを通じてセリエA全チームの放映権を一括して手に入れようとしたイタリアでは、政府がやはりアンチトラスト絡みでそれを認めず失敗、フランスでもキャナル・プリュとの提携が暗礁に乗り上げてフランスリーグの放映権取得を諦めている。

M.ユナイテッドの買収は、「バラ売り時代」への本格的な対応の一環であることは間違いない。BSkyBにとって、イングランドで最も多くのファンを持つM.ユナイテッドの放映権は、競争の激化する衛星TVマーケットの中で優位を保ち続けるために、どうしても確保しておかなければならない「目玉商品」なのである。

さらに、300億円規模のビジネスを展開し100億円以上の利益を誇っている「世界で最も裕福なプロサッカークラブ」(最近もジダンに50億円、中田にさえ40億円近い移籍金を提示している)を傘下に収めれば、マードックは、イギリスのプロサッカービジネスと衛星TVビジネスの双方を、自らの影響力の下に置く可能性を手にすることになる。

場合によっては、それこそ日本テレビと読売ジャイアンツのような形で、文字通りプレミアシップ・リーグの「盟主」となることも決して不可能とはいえないだろう。
 
その点で注目されるのは、英国アンチトラスト委員会の判断が、衛星TV局間の競争だけではなく、プロサッカービジネス、さらにはサッカー界全体の利害をも視野に収めたものであるという点。

「BSkyBおよびM.ユナイテッドがプレミアシップ・リーグに対して過大な影響力を持つことになりかねず、また、資金力のあるビッグ・クラブとそうでない中小クラブとの格差をさらに拡大して、英国のサッカー全体に悪影響をもたらす可能性がある」という第二の理由が、それをはっきりと物語っている。

その意味でこの判断は、サッカーという「スポーツ」がTVという「ビジネス」に従属し、その利害によってスポーツとしての平等性が蹂躙されつつあることに対するひとつの警鐘であると受け取ることもできるかもしれない。

バイヤーズ通産大臣は、この問題に続いて、アメリカのケーブルTV局、Ntlによるニューカッスル・ユナイテッドの買収に関しても、アンチトラスト委員会の審査にかけると表明している。買収の規模としてはM.ユナイテッドのそれとは比較にならないほど小さいが、逆にそれゆえに、この件に関する同委員会の判断は重要である。

というのも、もしニューカッスルの買収も認められないということになれば、少なくともイングランドでは、マスメディア(TV)がプロサッカークラブを持つことそのものが、公正な競争を妨げる故に認められない、ということになるからだ。

もちろん、イングランドでの裁定が、他の国々に直接的な影響を与えることはないだろう。しかし問題は、マードックが、M.ユナイテッドの買収問題をEU裁判所に持ち込む意向を明らかにしていること。ボスマン裁定がそうだったように、EU裁判所の裁定は加盟国全てに適用される。

ご承知の通りイタリアでは、民放最大のTV局・メディアセットとACミランが共にベルルスコーニ元首相の支配下にあり、それに次ぐ民放局・テレモンテカルロとフィオレンティーナもひとりのオーナー(チェッキ・ゴーリ)の下にある。

また、フランスでも、パリSGには衛星ペイTV局のキャナル・プリュが資本参加している。したがって、仮にEU裁判所で英国アンチトラスト委員会の判断が支持されることになれば、ベルルスコーニも、チェッキ・ゴーリも、クラブを手放すことを強いられかねない。イタリアサッカー界にとっては、ボスマン裁定以上の激震である。

一方、逆に買収を認める裁定が下れば、プロサッカーに対するマスメディア(TV)の影響力が増大し、弱者切り捨てを伴うビジネス化がさらに進展することが予想される。いずれにしてもこの問題は、欧州プロサッカー界の未来を大きく左右する可能性を秘めていることは間違いない。今後の展開を注意深く見守る必要があるだろう。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。