「シモーニは幸運だ。彼にはあと8日間、2試合のチャンスが残されている。今すぐに監督を替えるのはどう考えても得策でないことはわかりきったこと。もしこの12時間のうちにもっとドラスティックな対応が取れるのなら、そしてその方がベターだという確信があるなら私もそうするだろうが…」

日曜日にホームでのバーリ戦に2-3で敗れた直後のインテル、マッシモ・モラッティ会長のコメントである。

最後までユヴェントスとスクデットを争った昨シーズンのチームに、R.バッジョ、ヴェントラ、ピルロといった強力な新戦力を加えた今シーズンのインテルが、優勝候補の筆頭に挙げられていたことは読者の皆さんも御存じの通り。

しかし、蓋を開けてみれば、「格下」相手の最初の4試合(カリアリ、エンポリ、ペルージャ、ピアチェンツァ)は何とか3勝1分でしのいだものの、その後のラツィオ戦、ユヴェントス戦を立て続けに落として大きく後退。

問題は勝敗以上に内容が悪かったことで、先週水曜日のコッパ・イタリア(カステル・ディ・サングロ戦)の試合前には、怒ったサポーターがチームバスに生卵を投げ付け抗議するという事件まで起こっていた。

こうした背景とプレッシャーの下、どうしても勝たなければならなかったバーリ戦も、しかし、まったく試合の主導権を握れないままずるずると失点を重ねてついに3連敗。順位もトップに立ったユヴェントスと6ポイント差の6位まで落ちた。サポーターはもちろんモラッティ会長の失望は大きく、ついにシモーニ監督の責任問題に言及したのが上記のコメントというわけである。

発言の中の「2試合」は、もちろん11月5日のスパルタク・モスクワ戦(チャンピオンズ・リーグ)、そして11月8日のミラノ・ダービーのこと。この2試合で内容、結果ともに説得力のある戦いが見られない限り、モラッティ会長はシモーニ監督を切らざるを得なくなりそうだ。

インテルにとって、今シーズンはまさに勝負の年である。昨シーズン2位という成績からして、今年求められるものは優勝以外にはない。そのためにクラブはさらなる補強を行い、マスコミは今年こそインテルの年、とはやし立てる。シーズン開幕を前にして、期待は高まる一方だった。

年間予約チケット販売キャンペーンのキャッチ・コピーは「WE HAVE A DREAM」。マーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説の一一節をもじったこのコピーは、10年間もスクデットから遠ざかっているインテル(とそのサポーター)の今シーズンにかける夢と希望を端的に表現していた。

しかし、この期待の大きさは同時に、シモーニ監督とチームに対するプレッシャーをも増大させることになった。冷静に見れば、まだシーズン序盤のこの時点ではある程度の試行錯誤や取りこぼしは不可避であり、インテルだけが苦しんでいるわけでは決してない。

にもかかわらず、モラッティ会長を初めとするクラブ首脳陣は勝っても試合の内容が悪いと不満を露にするし、サポーターもちょっと連敗しただけで過剰に反応して抗議に出る。期待の大きさゆえの不寛容。「今年こそは」という思いつめた空気が、インテルの周囲に必要以上の焦りと苛立ちを生み出し、募らせているかのようだ。

そして、この数試合のインテルの戦いぶりを支配しているのは、まさにその焦りと苛立ちである。周囲の空気がチームにまで「伝染」したかのように、ちょっとしたことで過剰にナーヴァスになっては自滅する、というゲームを繰り返しているのだ。

その象徴ともいえるのが、ラツィオ戦でのシメオネ(報復行為)、バーリ戦でのパウロ・ソウザ(審判への抗議)の退場。いずれも無用な苛立ちを抑え切れず、相手選手や審判に突っかかってのレッドカード。10人になったチームは更に焦りを深め、そこをさらに相手につけ込まれる。プレッシャーをはねかえすどころか、逆に自分で自分の首を絞めているようなものである。

現在のインテルが戦力的、戦術的に問題を抱えていることは事実だろうが、より深刻なのは、むしろこのメンタルな問題の方ではないか。

夢を持つことは決して悪いことではない。しかし、現実の戦いに必要なものは、夢とは対極にある冷徹なリアリズムである。なんとなれば、現実は決して夢の通りには運ばないからだ。しかし、今のインテルは、クラブ、サポーターはもちろんチームまでが、夢に翻弄されてそのリアリズムを失っているように見える。

ユヴェントスでスクデット獲得に貢献し、B.ドルトムントを経て現在はインテルでプレーするパウロ・ソウザは、あるインタビューでユヴェントスとインテルの違いは、と聞かれてこう答えた。「インテルは、そして他の多くのチームは、しばしば夢を見る。ユーヴェは現実しか見ない。決して夢を見ることはない」。

そのユヴェントスは、ドーピング問題をはじめとする凄まじいプレッシャーにもかかわらず、7節を終えたところでいつのまにか首位に立っている。

モラッティ会長の発言以来、すでにインテルの周辺では次の監督人事が取りざたされている。しかし、カペッロ(前ミラン)、アンチェッロッティ(前パルマ)、パッサレッラ(前アルゼンチン代表)といったモラッティ会長が望むビッグネームは、シーズン途中の混乱した状況でチームを引き継ぐというリスクを冒そうとはしないだろうから、選び得る選択肢はそう多くない。

可能性があるとして挙がっているのは、ボスコフ(元サンプドリア)、スカーラ(前ボルシア・ドルトムント)、ガレオーネ(元ナポリ)といった名前。さもなければ、コルシ(コーチ)、スアレス(テクニカル・ディレクター)といった内部の人材の昇格ということになるだろう。いずれにしても、監督を替えざるを得ないから替える、という以上の意味を持たない、後ろ向きの選択になることは避けられない。

皮肉なことだが、モラッティ会長は、できることならばシモーニ監督が残された2試合のチャンスをものにして、首を切らずに済むことを祈っているに違いない。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。