イタリアに帰国した2日後、早速噂のペルージャを観た。場所はジェノヴァのスタディオ・ルイジ・フェラリス、サンプドリア(とBのジェノア)のホームスタジアムである。

ジェノヴァの駅からスタジアムに向かう間も、スタジアムの中でも、やはり日本人の姿が目につく。ぼくも含めて、その目的はもちろん中田なのだが、生憎ここはアウェイである。地元のティフォージ(サポーター)たちは、日本人と見るや「ナカータ」とからかうように声をかけてくる。

もちろん彼らに悪意はない(同じジェノヴァでも、”ドリアーニ” は “ジェノアーニ” と比べるとお行儀がいいのだ)。開幕戦での活躍もあって、最初は「その他大勢」の外国人選手だった中田にも、それなりに注目が集まり始めているのだろう。まったく相手にされないよりはずっとよい兆候である。

もちろん、彼らのお目当ては「ナカータ」ではなく、イタリア人のラニエーリ監督と衝突しヴァレンシア(スペイン)からサンプに移ってきたアルゼンチンの気紛れな天才児、オルテガであり、今やチームを背負って立つ選手に成長した若きストライカー、モンテッラなのだが。

サンプにとってはこれがホーム開幕戦とあって、弱小チーム相手にもかかわらず、スタジアムはまずまずの入り。試合開始の時間が近づくにつれて、ゴール裏はウルトラスの連中で一杯に埋まっていく。ピッチに入ってくるペルージャの選手の中に、昨年はサンプで活躍したトヴァリエーリの姿が見えると、そのサンプ側のゴール裏から大きな拍手が湧いた。

トヴァリエーリは、小柄ながらも鋭いゴールへの嗅覚を持つ好ストライカーであるにもかかわらず、どこに行ってもなかなかレギュラーを獲れず、毎年のように(ときには年に3度も)A、Bのチームを転々としている運の悪い選手である。

しかし、常にベストコンディションを保ち、出場すると大事なところでいい働きをするので、在籍したどのクラブのティフォージからも愛されている(例外はトリノくらいだろうか)。外国人選手の大量流入は、将来性豊かな若い選手ばかりでなく、彼のような渋いベテラン(この日もサブだった)からも活躍の場を奪っているのだ。

さて、試合開始直前のトスでサイドが決まると、突然、一群の人々がサイドライン際を疾走しはじめた。2-30人はいただろうか。あれあれ、と思ってよく見るとみんなカメラマンである。重い機材を抱えてサンプ側ゴールの後ろの撮影ポイントを目指し、先を争っている。もちろん、全員がわが同胞であることは容易に察しがつく。「中田のゴールシーン」が欲しいのだ(前週のユヴェントス戦では、2度のゴールシーンを結局誰も捉えられなかったという話も耳にした)。

しかし、これはやはりちょっと異様な光景である。事情を理解したサンプのウルトラスたちも、ここぞとばかりに彼らにブーイングの口笛を浴びせ、試合開始のホイッスルを前に、スタジアムは一瞬、不思議な雰囲気に包まれたのだった。

試合の方は、TVでごらんになった方も多いだろう。結果は1-1。ひとことでいえば、シーズン開幕当初にありがちな、双方ともにチームとしてのまとまりを欠いた凡戦であった。

ミハイロヴィッチ、ボゴシアンといった中核選手を放出して戦力が落ちたとはいえ、それでも個々の選手の質からいえばサンプの方が明らかに一枚上手である。最初から押し気味に試合を進め、前半20分過ぎには左サイドからパルミエーリとのワンツーで抜け出したレイグルが決めて1-0。中田は、フランチェスケッティにきっちりコントロールされ、ほとんど機能できないまま前半を終える。

さて後半もこのままのペースかと思いきや、開始直後にペルージャのMF・オリーヴェがサンプのGK・フェロンの虚をつくミドルシュートを決めて、やや棚ボタという感じで1-1に。その後は、完全に引いてカウンター狙いのペルージャ(アウェイで引き分ければ御の字である)を、サイドを上手く使えずオルテガに頼った中央突破に固執するサンプが、押し込みながらも攻めあぐねるという展開になった。

しかし、オルテガはさすがにただ者ではない。両FWと呼吸が合わず、持ち過ぎてはパスの出しどころがなくなるという「らしい」プレーを繰り返しながらも、一度だけ前を向いて抜け出したところでオリーヴェのタックルを誘い、芸術的なダイヴ(!)を見せてPKをゲット。しかし、このPKをモンテッラ(足首を痛めていた)が外し、サンプに傾きかけていた試合の流れはまたニュートラルな状態に戻ってしまう。

ホームで、しかも格下のペルージャ戦を引き分けで終わらせるわけにはいかないサンプはその後も攻め続けるが、それで空いたスペースを逆にペルージャのカウンターに突かれ、何度か危ない場面を迎えることになった。中田も、マークが甘くなり使えるスペースができたことで、後半は何度か鋭いプレーを見せてチャンスを作り出した。翌日の各紙の採点は、5.5から6。妥当な評価である。

結局そのまま引き分けで終わった試合後、ウルトラスたちは、故障を押して出場しながらPKを失敗し2ポイントをどぶに捨てる原因となったモンテッラを、しかし口笛ではなく暖かい拍手で見送った。

ヴィアッリやセレーゾの時代から、ドリアーニは自分たちのアイドルを決して裏切らないことで有名なのだ。トヴァリエーリへの拍手とともに、この日最も印象に残ったシーンだった。こういうスタジアムの空気を吸うと、イタリアに戻ってきたことが実感できる。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。