日本ではセントラルミッドフィールダーのことをボランチと呼ぶのがすっかり定着しましたが、イタリアでは……、という話です。WSDでおなじみの日本スポーツ企画出版社が出している『ボランチ30』というムックに寄稿した原稿。

最近はイタリアでも、攻守の分業化から統合へというのが中盤の戦術的トレンドで、いわゆる「壊し屋」的な守備的MFよりも、テクニックを備えた万能型のセントラルMFが増えてきています。イタリア代表も数年後には、アクイラーニ、デ・ロッシ、モントリーヴォという超弩級の中盤(彼らが順調にさらなる成長を遂げれば)が実現する見通し。将来に向けての不安はむしろ最終ラインとGKだったりします。イタリアだというのに。

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イタリアには「ボランチ」という言葉は存在しない。日本でいう「ボランチ」にあたるポジションを表すのに使われる最もニュートラルな呼称は「チェントロカンピスタ・チェントラーレ centrocampista centrale」。英語に直せば、なんのことはない「セントラル・ミッドフィールダー」である。

しかし、ピッチ上のポジションを表すだけで、それ以外に何の色もついていない無味乾燥なこの呼称は、戦術用語としては使われても、日常会話やマスコミ報道ではあまり目にすることはない。一般的に最もよく使われるのは「メディアーノmediano」という呼び方だろう。直訳すれば「真ん中の人」。無味乾燥な言い方には変わりないのだが、サッカー用語として使われる時には、「中盤の底で走り回る守備専業のMF」という明確なニュアンスを帯びる。

イタリアでは1950年代末から1980年代後半まで、ほとんどのチームが同じひとつのシステム、つまりリベロを置きマンマークで守る「カテナッチョ」を採用してきた。その中で背番号4を背負ったのが「メディアーノ」。仕事は、敵の攻撃的MF(10番)をマークしつつ、中盤の底を走り回ってボールを奪う、地味な汗かき仕事に徹することだった。大事なのはテクニックよりもスタミナと精神力。82年のスペイン・ワールドカップで優勝したチームでは、ガブリエーレ・オリアーリがこのポジションを務めていた。

ゾーンディフェンスが一般化し、戦術も多様化した現代のセリエAにおいては、この「メディアーノ」のイメージは、実際にセントラルMFが担う役割、果たす仕事とは必ずしも一致しなくなっている。しかし、ブラジルの「ボランチ」、スペインの「ピヴォーテ」、ポルトガルの「トリンコ」などと同様に、その国が歴史的に培ってきたサッカースタイルの中でセントラルMFが担う独特のニュアンスを、象徴的に表現する呼称であることは間違いない。

一口に「チェントロカンピスタ・チェントラーレ」、あるいは「メディアーノ」といっても、選手のキャラクターやプレースタイル、あるいは与えられた戦術的役割によって、いくつかのタイプに分けることができる。

戦術志向が強く個々の選手の役割が分業化される傾向が強いイタリアでは、そのタイプに関する呼称がごまんとあるのだが、もっともすっきりして分かりやすいのは、本書でも採用されたように「インコントリスタ」、「クルソーレ」、「レジスタ」という3つのタイプに分けることだろう。

「インコントリスタincontrisita」は、直訳すると「出会う人、ぶつかる人」。出会ったりぶつかったりする相手はもちろん敵のボールホルダーだ。攻撃にはほとんど貢献しないボール奪取専業、文字通りの「ディフェンシブ・ハーフ」である。

守備の能力は一級品でもテクニック的には凡庸、「メディアーノ」という言葉のイメージに最も近いのがこのタイプだ。具体的な名前を挙げれば、C.ザネッティ、アルメイダ(インテル)、アンブロジーニ(ミラン)、ジャンニケッダ(ラツィオ)、ブラージ、バローネ(パルマ)、パロンボ(サンプドリア)といったあたり。

「クルソーレcursore」は、直訳すると「飛脚、使者」。守備の局面では積極的なプレッシングから最初に当たりに行き、攻撃の局面ではドリブルによる持ち上りやスペースへの走り込みを得意とする、運動量が売り物のセントラルMF。ダーヴィッツ(ユヴェントス)、ペッロッタ(キエーヴォ)、ピンツィ(ウディネーゼ)などはこのタイプに分類できるだろう。

「レジスタregista」は、ディフェンスの能力に加え、正確なパスワークと視野の広さも併せ持った、いわゆるゲームメーカー。ピルロ、レドンド(ミラン)、アルベルティーニ、リヴェラーニ(ラツィオ)、タッキナルディ(ユヴェントス)、ダクール(ローマ)、ピザーロ(ウディネーゼ)、ヴォルピ(サンプドリア)といったあたりがこれに当てはまる。

もちろん、セリエAでもトップレベルのセントラルMFは、ここに挙げたうち複数のキャラクターを併せ持っている。エメルソン(ローマ)、スタンコヴィッチ(ラツィオ)、そしてアッピア(ユヴェントス)は、すべてを備えた万能セントラルMFと呼んでいいほどだし、今ローマで売出し中の19歳、デ・ロッシも、数年後にはそのレベルに達する可能性が高い。

つい数年前まで単に粗雑なインコントリスタでしかなかったガットゥーゾ(ミラン)は、アンチェロッティ監督の下で戦術感覚とテクニックに磨きをかけて、クルソーレとしても大きく成長した。

セリエAでは90年代を通して、セントラルMFにまず守備能力の高さ、つまり「インコントリスタ」としての能力を要求する傾向が非常に強かった。しかしここ1、2年、運動量やボール奪取能力だけでなく、パスワークや展開力、あるいは攻撃参加の能力を求める傾向が強まっている。元々はファンタジスタのピルロを中盤の底に置き「レジスタ」として再生させたミランは、そのシンボルといっていいだろう。

ミランに限らず、セリエA上位の多くのチームでも、中盤を攻撃的な構成にしようという気運は年々強まっている。つい数年前までは、中盤の底に守備専業の純粋な「インコントリスタ」を2人並べるチームも少なくなかったが、今では逆にラツィオ(アルベルティーニ、スタンコヴィッチ)、ローマ(エメルソン、デ・ロッシ)、ウディネーゼ(ピザーロ、ピンツィ)のように、「レジスタ」と「クルソーレ」という組み合せも珍しくなくなっている。

“量”から“質”へ、守備専業のフィジカルな「メディアーノ」から、攻守両面に長けたテクニカルな「チェントロカンピスタ・チェントラーレ」へ、というのがイタリアにおけるこのポジションのトレンドということができるだろう。■

(2003年11月06日/初出:ムック『ボランチ30』・日本スポーツ企画出版社)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。